サイン本が10倍の2万円で高額転売→それならどんどん書いてやる! 価値を自ら暴落させて気づいた事実…直木賞作家本人に聞いた

閉店する予定だった木下ブックセンターを引き継ぎ、お客にサインする今村翔吾さん(提供:今村翔吾事務所)
「『塞王の楯』が直木賞を受賞した時、サイン本は最高で10倍の2万円近くまで跳ね上がりました。憤りを覚え「暴落させよう!」と、集英社と共に最終1万冊以上のサイン本を作った訳です。実際、これで落ち着きましたが、私はあることに着目しました。実は…(続く」
転売対策へと自ら乗り出した、歴史小説・時代小説家の今村翔吾さん(@zusyu_kki)に取材しました。
ダンスインスタラクターから転身し、2017年にデビュー。代表作「羽州ぼろ鳶組」(祥伝社刊)シリーズや『じんかん』(講談社刊)、『童の神』(角川春樹事務所刊)など次々とヒットを生み出し、時代小説『塞王の楯』が第166回直木三十五賞を受賞。2021年には、縁もゆかりないのに、閉店の危機にあった大阪・箕面の書店「きのしたブックセンター」を事業継承したことでも話題に。
そんな今村さんが行動するきっかけとなったのは、ある出版社社員の「作家のサイン本が高額転売されている」という悲しいつぶやき。そんな状況に対して、「某フリマサイトでサイン本をよく見かけます。とても悲しくなります」「サイン本を売る、という発想に驚き」「サイン本は作家さんの限界もとい、書店買い取り方式なので田舎はどうしてもサイン本は巡りづらい」という意見や、「サイン、印刷にしちゃえばいいんですよ。 表2か、表3に。そして直筆サイン本は作らない」などの対策案のコメントが寄せられました。

自身の高騰したサイン本の価値を「暴落させよう!」と、どんどんとサインを書くことを決意した今村さん。しかし、ある不思議な現象が…宣言することで、転売価格が減額。「米や金の相場と同様「まだまだあるぞ!」と示すだけでも、価格は下がり得るということです。実際に無かったとしても」と気づいたのだそう。
これは解決策か? と思ってしまいますが「サイン本を大量に作れるかといえば様々な事情で困難なこと、転売を予防するにはコストがかかりすぎること」と憂います。小説家として、また書店のオーナーとしての思いを聞きました。
「転売側は“多くの地域に届けている”と言いますが…」
――作家にとってサイン本とは?
「僕らは、たいていの作家は作品の中身がウリだと思っているので、実はそこまでサイン本に付加価値を持っていません。サイン本を求めてくれるのは熱狂的なファンだと思います。
2万円でもファンの皆さんは買ってくださると言い換えられるけど、そのことに負担をかけてしまう申し訳なさがありますね」
――編集部側にとってのサイン本の意義は?
「サイン本が売れるということは人気の指標でもあるので、サインを書いてくれる分にはありがたいと感じているのではないでしょうか。ただ作家は本を書くことが本業なので、サイン本を大量に書かせて良いものか、という編集部の考えもあると思います。
僕は昨年、直木賞受賞のお礼に47都道府県の書店をめぐる “まつり旅”を行ったのですが、その際に書いたサイン本は7000冊以上。講演会やほかのサイン会と合わせると1年で2万冊ぐらいは書きましたが、売れている作家さんでもサイン本はせいぜい300~500冊ぐらいだと思います」
――ご自身の書店「きのしたブックセンター」でもサイン会を開催されてますね。書店にとってサイン本の転売について思うことは?
「本屋としては“やめてくれや”やと思います。本や雑誌は薄利多売なのに、本屋より儲けてしまうとは…。
本には再販制度と言って、仕入れた雑誌や書籍を限られた期間内に同じ値段で出版元へ返品できますが、サイン本は汚れや破損とみなされ、返品ができません。
返品がきかないサイン本を売るということは、書店さんがその作家を推したいという気持ちの表れであり、売り切る覚悟が必要です。不良在庫にはできませんから、転売に関しては苦々しく思っているでしょうね」

――転売サイトやフリマアプリが本を転売していることについては?
「感情論になってしまいますが、やはり気持ちのいいものではないですよね。転売する側は“多くの地域に届けている”とよく言いますが、それが真意なら(転売価格は)高すぎますよ。
僕たちが現場で販売価格を上げるほうがいいのか、下げたほうがいいのかを50円単位で悩んでいるというのに、一方では高額転売がまかりとおっている。僕たちの業界がこの状態を許してしまっていることが大きな問題だと思います。
サイン本が転売されている現状は、裏を返せば(サイン本の)需要があるのにコミットできていないとも言えます。そこが悔しい。本当にサイン本を欲しいと思ってくださっているファンの皆さんへ平等にお届けできる仕組みを考えていかないと。
ちなみに大垣書店さんはキャンペーンでサイン本を全国一律の送料(一部の地域を除く)で販売するサービスを行っています。このような活動を、出版や作家、書店みんながしていくべきで、手を打っていかないといけないですね」
――サイン会ではどのような気持ちでサインを?
「僕は特に多く書いてるから、数字だけみれば1万分の1冊かもしれませんが、出会いは一期一会。せっかく時間を使ってお越しいただいているので、作業にならないように気をつけています。
“変わった名字ですね、このお名前はどこそこの出身ですか”“何から読んでくれたん?”といったように会話をして皆さんの思い出に残るようにしています。
名前を書く時は漢字を間違わないように気をつけています。稀に間違った時は相手がそのままでいいと言ってくれれば、座右の銘をおまけすることもありますね。神戸の小学生の子にサインを求められた時は完全に間違えてしまったので、僕が自腹で本を買って新しく書きました(笑)」
◇ ◇

関心の無い人には、サインが施された、ただのサイン本でしかないかもしれません。しかし思い入れのある人にとっては、自分のためだけに憧れの作家がわざわざ直筆で書いてくれたことや、サインしてくれた時間そのものが、かけがえのない大切な価値となります。
高額転売する人の非はもちろんですが、サイン本欲しさに購入してしまう人も高騰する事態に加担しているのです。「なんとしてでもほしい」という切実な思いがあるかもしれませんが、買うことで価格の高騰に拍車をかけること。そして買わなければ、転売されないことを忘れてはいけません。
取材・文・写真(一部)/中河桃子
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