【京都・老舗の継承】スポーツ新聞社から5代目へ…芥川龍之介も称賛した「西陣織」で海外へ挑戦

2時間前

龍村美術織物の代表取締役社長・5代『龍村平藏』の龍村育さん(2026年7月撮影)

(写真11枚)

1894年に創業し、今年で132年を迎える「龍村美術織物」(京都市右京区)。着物を愛する人にとって憧れである最高峰の帯、歌舞伎座の緞帳、皇室の正装用正絹(シルク)ドレス地、祇園祭の山鉾を豪華に飾る懸装品などを制作しています。

芥川龍之介が「恐るべき芸術的完成」と称賛したと言われているほど、高い芸術性で知られるのが「龍村の帯」。文豪をうならせた初代・龍村平藏(1876~1962年)から数えて5代目の「龍村平藏」を襲名した龍村育さんに、織機が並ぶ烏丸工場でお話を聞きました。

初代・龍村平藏の代表作とされる威毛錦(おどしげにしき)の帯。武士の鎧の威(おどし)をモチーフにしており、「矢も通さず万難を排す」という縁起の良い吉祥文様です
初代・龍村平藏の代表作とされる威毛錦(おどしげにしき)の帯。武士の鎧の威(おどし)をモチーフにしており、「矢も通さず万難を排す」という縁起の良い吉祥文様です

■「龍村の帯」が芸術品となった理由とは……

織り方が12種類ある西陣織のうち、ジャカード織機(しょっき)を使う品種と綴織(つづれおり)をメインに制作をおこなう同社。現在も緻密な柄を手織りで生み出す、数少ないメーカーです。

初代『龍村平藏』は、経糸(たていと)を1人で効率よく上げ下げでき、細かい柄の制作が可能になるジャカード織機が日本に持ち込まれたのを機に「これからは図案が重要になる」と、早くから美術学校生を雇い、オリジナル柄の考案に注力しました。

ジャカード織機がフランスから日本へ入ってくる前は、経糸を持ち上げる作業は織機の上にいる人が担当し、二人がかりで制作していました。経糸は細く約5000本もあるため、当時は緻密な柄を織ることが叶いませんでした

正倉院や法隆寺などの名物裂(めいぶつぎれ)の研究・復元を行い、そのモチーフを使いオリジナル柄をデザイン。これらの柄は大変な人気となり、偽物が出回るほどに。

そこで初代は「誰にも作れない、美という概念の糸を織り込む唯一のものをつくる」という思いと、当時「美術」に比べて立場の低かった「工芸」を「美術」の域にまで高める織物をつくってやるという意気込みで「美術織物」を社名に掲げました。その精神は現在も社員全員に引き継がれていて、「美の糸」を織り込んでいるという気持ちで制作していると龍村さんは話します。

作品の表面が傷つかないように、裏側で織ります。こちらは「威毛錦」を織っています
作品の表面保護と裏側から糸の通り具合を調整するために、裏織りをします。こちらは「威毛錦」を織っています

「同社の織物は、なぜこれほど評価されているのか?」。不躾な質問を投げかけてみると、龍村さんは「柄をイチから考えて、素材を厳選して、手間暇をかけているという作品の裏側にあるストーリーに、お客さまが魅力を感じてくださっているのかもしれないですね。そして私たち作り手側が、『美術品だ』と思って制作している点ですね。やっぱり、違いはひと目でわかるんです」と答えてくれました。

「引箔」も手作業でおこなう
細い金銀箔を織り込む「引箔」(ひきばく)も手作業でおこなう

■スポーツ新聞社から一転、西陣織の世界へ

龍村育さんは、「川崎重工業」で働く父のもと、神戸市で育ちました。父は三男だったこともあり、親子ともに同社を継ぐ予定ではありませんでした。大学を卒業後、「東京スポーツ新聞社」で広告営業やイベントを担当し、約10年働いて責任ある仕事もできるようになりおもしろさを感じていた時期に、突然父が同社を継ぐことになり「手伝ってもらえないか」と声がかかります。

「新聞社でずっと働くつもりだったので、かなり悩みました。父親は普段そういったことを一切口にしない人間なので、そんな話が出るということはよほど大変なのだろうと感じたのです。東京に行かせてくれたりとそれまで自由にさせてもらってきた分、腹をくくり2007年に入社を決めました。結果的に、他業種や平社員を経験したことは、すべて今の仕事に活きています」。

ジャガード織機が「龍村美術織物 烏丸工場」には36台あります
ジャカード織機が「龍村美術織物 烏丸工場」には35台あります

「入社してからは、もちろん大変だった」と、振り返る龍村さん。最初はデザインされたものをどのように織物にするか、織物のつくり方を学べる技術部で設計に取り組みました。勉強のために織り上がった裂地を全て解いてみたこともあるそうです。

その後2019年に代表取締役社長になり、父が4代「龍村平藏」の名跡を継ぎ、二人で長く同社を続けていく予定でした。ところが父が亡くなり、2024年に社長の龍村育さんが5代「龍村平藏」を襲名しました。

下絵に沿って緯糸を入れていく「綴織」は、職人の感性が試される
下絵に沿って緯糸を入れていく「綴織」は、職人の感性が試される

西陣織は分業で制作されます。初代以降、襲名という形で代々継がれている『龍村平藏』の名には、分業で制作される西陣織の事業全体の統括者という意味が込められています。同社のデザイナーや織り手は美大卒が多く、入社後も同社で学び、高い技術を持つプロとして成長します。どのように織物を作るか設計する人、ジャカード織機に使用する紋紙の元になる指図を制作する人、織機で使えるように糸や紋紙を準備する人もいます。それらの人々をまとめ、織物を完成へと導いていきます。

新ブランド「CASA TATSUMURA(カーザ タツムラ)」をミラノで発表。「CASA TATSUMURA」衝立
新ブランド「CASA TATSUMURA(カーサ タツムラ)」をミラノで発表。「The Tsui-Tate」1980万円〜(2026年8月現在の価格)

5代目となった龍村さんのスローガンは「和の躍動 和の解放」。「織りの技術は世界に誇るものがあるので、それをもう一度躍動させて、世の中に解放していく、美術織物の良さを広く伝えたい」と力を込めます。そのためにも、イタリアで開催される国際的なイベント『ミラノサローネ国際家具見本市』出展などを含めた新事業を今後も立てて、「龍村美術織物」の名前を前面に打ち出していきたいとのこと。

龍村さんと、同社の経理を担う弟さんにはそれぞれお子様がいます。自分が父親から言われていなかったように継承について、彼らに話すことはないそうですが、「次世代がいるので、継承は大丈夫だと思います」と笑顔を見せます。

木製道具「杼」を作れる職人が減っています
木製道具「杼」を作れる職人も減っています

一方で、緯糸(よこいと)を通すための木製の道具「杼(ひ)」や、織機そのものをつくれる職人は年々減っています。「『龍村平藏』の継承は大丈夫だと信じていますが、道具づくりからお客様の手元に届くまでのサプライチェーンを途切れさせない仕組みづくりなど、社内外の基盤をちゃんと整備した上で引き継ぎたいのです」と、伝統的な国内産業が抱える切実な問題に対しても、自ら積極的に取り組んでいきたいと語ってくれました。

■「龍村の帯」を見たら、一体どう感じる……!?

帯の知識がない筆者でもその違いが分かるのか、実際に実物を見せていただくことにしました。同社を代表する帯の一つ「龍村錦帯(たつむらきんたい)」は、昭和2年(1927年)から高島屋のオリジナルブランドとして制作されています。

初代・龍村平藏の代表作とされる、鎧から着想を得た「威毛錦」(おどしげにしき)と、法隆寺宝物裂を復元したものから着想を得た「円文白虎錦」(えんもんびゃっこにしき)。100年近く作り続けられている本袋帯です。そのほかにも、「龍村錦帯」ブランドとして多くの柄の帯が販売されています。

円文白虎錦(えんもんびゃっこにしき)の帯。ササン朝ペルシャ式の円文の中には、四神文の一つである白虎と朱雀が描かれています。原品は法隆寺伝来の錦で飛鳥時代の作品で、これを現代版に織り出した作品。121000円〜(2026年8月現在の価格)が目安となっています
円文白虎錦(えんもんびゃっこにしき)の帯。ササン朝ペルシャ式の円文の中には、四神文の一つである白虎と朱雀が描かれています。原品は法隆寺伝来の飛鳥時代の錦で、これを現代版に織り出した作品。121000円〜(2026年8月現在の価格)が目安となっています

実物を目の前にすると、まずその色彩の豊かさに驚かされます。それは単に多くの色が使われた柄というだけでなく、一見同じ色に見える部分であっても、光の当たり方や角度によってさまざまな色が見え隠れする“千変万化の色彩”を備えているからです。これは、複雑に糸を織り込む高度な技術によって生み出されているといいます。高島屋大阪店の呉服売場でさまざまな着物に帯をのせていただきましたが、どんな着物とも見事に調和します。極端な話ですが、一般的なレンタル着物にのせるだけでその着物に一気に高級感が宿るほど、着物を引き立ててくれる帯でした。

売場の担当者の方にお話を伺うと、「『龍村錦帯が1本あればどんな着物にもぴったり合うので、ほかの帯を買わずに済む。大変高価だけれど、いくつも帯をそろえる必要がなくなるので、実は一番お得なのかもしれません』とおっしゃるお客様の声をよく耳にします」とのこと。なかには、長年愛用して締め潰してしまったため、全く同じ柄の帯を買い直した方もいるのだそうです。

■和という概念がない海外だからこそ生まれる、新しい価値

「CASA TATSUMURA 行灯」
「CASA TATSUMURA The An-Don Low」429万円〜、「CASA TATSUMURA The An-Don High」440万円〜(共に2026年8月現在の価格)

それだけ根強い人気の帯ですが、和装そのものが減ってきている今、龍村さんは新たな挑戦を始めています。そのひとつが、イタリアで開催される世界最大の家具見本市『ミラノサローネ国際家具見本市』に、高島屋とともに今年初めて帯を利用した家具「CASA TATSUMURA(カーサ タツムラ)」を出展したことです(3年連続出展の予定)。現地で大きな関心が寄せられ、商談も進んでいるそうです。

約100年前、初代・龍村平藏が「威毛錦(おどしげにしき)」を発表した際、当初は「日本では鎧(よろい)の柄を女性の帯にしても売れない」と否定的な反応が大半でした。しかし、ベルリンの国際手工業博覧会で金賞を受賞すると、その評価が逆輸入される形で日本国内でも一気に流行したという歴史があります。

「海外の人々には『和装』という先入観や概念がない分、純粋なテキスタイルとして作品をとてもフラットに評価してくれます。海外へ発信し、それが再び逆輸入のような形で日本での新たな評価や流行に繋がれば――」サローネへの出展には、新たな可能性への強い思いが込められていました。

9月23日から29日の7日間、高島屋大阪店1階フロントステージ、6階POP UPスペースの2カ所にて、「CASA TATSUMURA」が展示されることに。美しい手仕事が生み出した新しい世界をぜひ、その目で確かめてみて。

取材・撮影・文/太田 浩子



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