濱口竜介監督「見せたいのは言葉ではなく、身体そのもの」

映画『ドライブ・マイ・カー』でメガホンを取った濱口竜介監督
「リスクがあった方が、きちんと見えるようになる」(濱口竜介監督)
──主人公・家福(西島秀俊)の妻のキャラクターが謎めいていて魅力的ですが、彼女の名前を「音(おと)」にしたのは、先程うかがった「声の手ざわり」からの連想でしょうか。
劇中で声だけの存在になってしまう人物の名前としては、あまりにベタだということは自覚してます(笑)。でもまあ、思いついてしまったし、他にハマる名前が思いつかなかったので。
──ベタといってはなんですが、家福の職業が舞台俳優・演出家というのも題材に対し直接的ですよね。
原作では俳優ですが、映画では諸々の都合から演出家としました。家福は演出家としては問題ない人で、演出する舞台の出演俳優など周囲の者をきちんと観ている。他者を観る眼は確かなんです。
ところが自分自身や、自分ともっとも近いところにいたはずの妻にはしっかりと眼を向けることができなかった。そういう彼の人間性みたいなものがあぶり出されないだろうかと、こういう設定になっているのだと思います。
──家福役に西島秀俊さんというのは最初から想定されていたのですか。
はい、前に僕の『寝ても覚めても』(2018年)を西島さんが褒めてくれている記事を読んだことがあって。長い間ずっと好きな俳優さんだったのでうれしかったんです。プロデューサーに『ドライブ・マイ・カー』の企画を示したとき、「家福が西島さんだったらすごくいいと思います」と話していたので。
──実際に演じてもらっていかがでしたか。
原作とは少し容貌が違いますが、映画の家福は西島さんによって造り上げられたものです。また、西島さんは俳優としてはもちろんですが、人柄が何より素敵なんです。誰に対しても態度が変わらず、目の前のお芝居を楽しんでくれていて。おかげで共演者はみんなリラックスできていました。

──その共演者のみなさんですが今回、韓国・台湾・フィリピンなどからオーディションによって選ばれた各国の俳優さんたちが出演されているのも作品の特徴のひとつです。これにはどういった意図があったのでしょうか。
とにかく普通に演技してほしかった、ということです。今回もそうですが、撮影前のホン読み(脚本の読み合わせ)は繰り返し重点的におこないます。すると、言葉で容易に伝達することができ、さらに反復練習を重ねていくとかえってそのために奪われていってしまうものがあると感じるんです。決められた通りにやっているという感覚が大事なものを損なわせてしまう。とすると、そこに簡単には通じ合えないというリスクがあった方がその場で起っているものがきちんと見えるようになるし、それは演技にも役立つと考えていました。
──確かに。劇中の、手話を含む多くの言語が飛び交う舞台リハーサルを観ていると、その場その場での芝居にきちんとした反応が起っている感じがしました。特に屋外での稽古シーンなど新鮮で素敵でした。
あそこは脚本を書いた後で「大丈夫かな?」とドキドキしていたシーンだったんです。稽古を観ていた家福が「いま、なにかが起った」って手応えを感じたように言う、と書いたんですが、もし起こらなかったらどうしようかって(笑)。心配だったのですが、結果的に思っていた以上に登場人物に刺激を与える、展開の転換点にもなりうるシーンになってよかったです。
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