第87回 いかんせん、味覚がジャンク。

2015.09.28
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6月☆日 
エッセイの締め切りを1週間間違え事案が発生。まだ余裕、と思ってたら、担当者から締め切り過ぎてますとのメールが……。大変申し訳ありません。どうも、スケジュール帳に1段間違えて書き込んでたようです。内容はだいたい決めてたので、翌朝までに書いて送れてなんとかだいじょうぶやったのやけど、慌てました。
スケジュール管理って、人によって手帳、カレンダー、スマホでアラームとか、いろんなタイプがいてはるけど、これで絶対みたいなものがないから、手帳活用術特集があったり、手帳もやたら売ってるのやろな。文房具売場でも、4月始まり、9月始まり、1月始まりと最近は年がら年中手帳売ってて、リセットして今度こそって思ってる人ようさんいてるのやな、とちょっとほっとしたり……。

6月☆日
最近知ったことなんですが、アスパラありますよね、野菜のアスパラガス。アスパラガスを食べるとそのあとのおしっこのにおいが変わるそうなんです。それを知ると、確かに。全然ちゃう。3本くらい食べただけでも、明らかにわかる。そうやったのか、これ、アスパラのせいなんか、と。ところがですね、このにおいがわかる人、2割ぐらいらしい。昔は、人によってなんらかの物質を分解できる人と分解できへん人がおって差があると考えられてたそうなんやけど、実際は、そのにおいを感じるレセプターがあるか、ないか、の違いやねんて。わかるわたしにとっては、え、これがわからへんの? マジで? っていうくらいはっきりしてるねんけど、試しに周りの人にリサーチしてみると、たぶん「そうそう!」っていう人と「なにそれ?」という人でくっきりわかれると思います。

6月☆日
それでですね、ある特定の嗅覚や味覚を感じるか感じないかって、人によって細かく違うらしいんですわ。あの野菜の苦み、においを感じる・感じない、って、その人の遺伝子で決まってて、だからちょっと前にパクチーを食べられる人と食べられない人が遺伝ていうのもそういうことなんやね。それはつまり、自分と誰かは同じ食べ物を食べても、味が同じとは限らへんてことやん。ある食べ物を嫌いって言うと、それを好きな人は「こんなにおいしいのになんで?」とつい思うわけやけど、おいしいその味とちゃう味やから、しかも相当ちゃう味やから、しゃあない。子供の頃、自分が見てる「赤」と人が見てる「赤」は同じじゃないかもしらへんとか考え込んだりするけど、自分以外の人の色も痛みも経験することはできへんくて、味もにおいもそうなのやなあ、とアスパラでつくづく思った次第です。

7月☆日
日記帳を買ってみた。この連載は「日記」とタイトルがついてますが、もうわかったっちゅうねん、て言われそうなほど度々書いてるように、「日記風エッセイ」であって、「日記」ではないのです。わたしは「日記」が、登山・マラソンと並ぶ人生3大苦手な行動でして、日記を書けたためしがない。それがなんでここに来て日記を書こうかと、40回目くらいで思ったかというと、記憶が曖昧になってきたからですね。『よう知らんけど日記』を書くのに、えーっと7月前半はなにしてたっけ?てなるからですね。それで、普通の日記は無理なのはわかりすぎてるので、「5年日記」というのにしてみました。3年とか10年とかあるねんけど、同じ日づけの1ページに毎年書いていくタイプですね。これやと、1日分の行数少ないし、去年、一昨年と比べながらていう楽しみがあるかな、と思って。そして案の定、1週間分まとめ書き状態やねんけど、不精、三日坊主という以前に、「日記を書く」自体が苦手なんがようわかった。基本的に、日記って誰に見せるもんでもないのやけど、わたしは日記を自分で読んであとでいやなこと、はずかしく思いそうなことは書きたくないみたいなのがあって、自分に対して見栄はってしまうらしい。なんでやろ。むしろこの『よう知らんけど日記』のほうが、開放状態かも。

「コンビニのもんばっかり食べてたらあかんよ」て心配されるほど、そのまま書いてたりするのやけどね。

7月☆日
『文學界』10月号の「酒とつまみと小説と」特集のため、以前から日本酒会を開いている島本理生さん、村田沙耶香さんと鼎談。お酒飲みながらの対談て初めてでしたが、酔っぱらい話も、お酒にまつわるおすすめ小説の話も楽しかった。その次の週には、銀座の[エノテカ]で、「文学ワイン会」。これは作家の朗読とトークを聞きながら、お客さんはワイン赤、白とおつまみ付き、というイベント。ワインは作家や小説にあわせて選んでくれてる。さすがにワイン専門店なので、選定の理由やら楽しいし、当然おいしかったです。酒飲みな1週間でございました。

お酒飲むか飲まへんかと言われたら、それは飲むほうで、好きか嫌いかと聞かれたら、好きなんですが、 そこまで強くはないです。そしてせっかくやからすてきなお酒小説、エッセイなど書いてみたいのですが、 いかんせん、味覚がジャンク。おいしい、とか、これとこれはなんかちゃう、くらいはわかっても、繊細なことはようわからない。
でも、ジャンクな舌もいいこともあるのやで。たいていのものは、おいしい。おいしないものが、あんまりない。だって、山岡士郎やったら普段食べるの大変そうやん? 本人というか栗田さん大変そうやん? わたしはたいていのものはよろこんでいただきます。

6月☆日 
ドキュメンタリー『ディオールと私』を観た。2012年にクリスチャン・ディオールのオートクチュールのクリエイティブディレクターに就任したラフ・シモンズの初コレクションに密着。ラフ・シモンズ、洋服のイメージからシャープなタイプの人かと思ったら、ちょっと田島貴男や関根勤系の顔のシャイな感じなんが意外やった。パートナーのジャックとの信頼しあってる雰囲気とか(たぶん、この人が通訳的な役割をして二人三脚なんやろなー)、時間がない中で洋服ができあがっていく緊張感とか、ショーの超絶ラグジュアリーなデコレーションとか、みどころはようさんあるのやけど、わたしはなんといっても、メゾンで実際に洋服を作り上げていくスタッフたちに目が釘付けやった。お針子さん、というよりは、最高峰の職人。30年、40年と勤め上げた恰幅のいいおばちゃん(誉め言葉、尊敬の念を込めて使ってます)たちの、迫力とプライドとすばらしい技術。スポットライトを浴びたり、名前が残るのはデザイナーやけど、ほんまにメゾンを支えてるのは、実際にデザイナーのイメージを形にして、顧客に対応する職人たちなんやなあ。しかも、ディオールはスタッフがみんな常に白衣着てるのがかっこいい。コレクション前の重要な時期やのにスタッフ長(かな?)の人が顧客に呼ばれてニューヨークに行ってて、その力関係も見所やった。こんなときに呼びつける顧客てなんぼほど買うてはるのやろ、オートクチュールやし1着なん百万の世界やからなー、と思って観てたら、なんとワンシーズンに5,000万円! 桁が違い過ぎて、どんな服か想像できへん……。
今度はぜひ、この職人さんたちのドキュメンタリーをお願いします!