よう知らんけど日記

第121回 あー! これや! このセロリとスパイスの味!

2020.1.29 16:13

10月☆日 

10年以上前にお仕事をいっしょにした編集者さんとごはん会。その仕事がスタートしたときはわたしはまだ大阪に住んでて、編集者さん二人も大阪に住んではってんけど、仕事の異動や結婚などでどちらも今は東京に住んではる。 

東京に引っ越して、最初は毎月ぐらい仕事もあったので大阪に帰ってたし、東京で仕事以外で会うのは関西出身の友人ばっかりやったので、東京に住んでてもあんまり変わらへん気がしてたけど、4、5年経ってからかなあ、東京に住んでるって感じしてきたのは。正確に言うと、あー、わたしは大阪に住んでへんねんな、って思った。帰る度に、大阪駅前は激変してるし、お店とかどんどん変わっていくし。どこか、新しく別の場所に住み始めるっていうのは、そんなにたいしたことではなくて、どこかから離れるってことのほうが大きいのかもしれへん、とも思う。新しい場所には、なんとなく慣れていくしね。生活環境が激変するような場所、外国とか、わたしの場合やと移動に車が必要になるとか、知ってる人が誰もいないとか、そういうとこなら、別のところに住んだ!って感じが強くなるのやろうけど、大阪から東京って、生活上はあんまり違わないし、仕事もそのままやったしね。それでも、15年目に突入する今になると、普段会うのも東京で知り合った人のほうが多くなってきたし、東京で生活してることにすっかりなじんでしまったなと思う。 

が、自分としては、東京の話もたくさん書いてるし、仕事では大阪弁でもないし、そないに大阪を強調したことばっかり書いてるわけではないと思うのですが(この『よう知らんけど日記』がいちばん大阪人感ある)、取材や仕事で会った人に、いまだに「今日は新幹線で?」「どちらにお泊まりですか?」と言われる。5割以上言われる。なんでや。 

ともかくも、大阪で知り合った人も東京で元気にがんばってはって、ほんまなによりです。 

10月☆日 

映画『嵐電』をやっと観れた。しかも、舞台挨拶を最前列で! 

京都には一時期めっちゃ行ってたけど、なじみがあるのは叡電のほうで、嵐電には数えるほどしか乗ったことないんやけど、街の暮らしに根付いた、住宅街のあいだを小さい電車が走って行く感じ、路地を歩いてたらひょこっと電車や線路が見える感じが、ああ、京都やなあ、と思う。嵐電をめぐる、地元の人、遠くからやって来た人、修学旅行生など、いろんな人の思いが出会ったり、すれ違ったり、過去を思ったり、未来が不安になったり、それは嵐電が行ったり来たり、すれ違ったりするのと重なって、胸にしみてくる。ちょっと不思議なつながりかたも、あのへんやったらあるかもな、みたいにすんなり入り込んでしまう。最後のほうで、昔の8ミリ映像が出てくるシーンがあって、ほんとうにこういう過去の映像は、なんてことない、ただ人がそこにいて、動いてるっていうだけやのに、なんでこんなに泣きそうになるんやろうなあ。わたしの小説『その街の今は』も、テレビでふと見た昔の8ミリを上映してはる会の映像が書くきっかけの一つやったし、関西テレビでドラマ化されたときは実際に8ミリ上映会をしてはる方たちのところで撮影したシーンもあったんよね。なんか街と街、人と街、人と人と、つながってるなあ、と思った。 

10月☆日 

つづき。思い起こしてみると、京都はちょっと前(ってだいぶ前やけど)まで三条から京津線出てて、高校のときに京都に遊びに行くのはだいたい岡崎の国立近代美術館やったから、あの緑の電車に追い越されながら歩くのが京都って感じやった。嵐電、叡電と、路面電車的(正確には路面電車は車道走るやつなので、「的」)な街なんやなあ。わたしは路面電車的なものが好きで、東京でも引っ越してくるとき東急世田谷線の近くに住もうと思ったし、このところ行く外国でも路面電車あるところが多いからうれしい(行った中では、サンフランシスコ、チューリッヒ、マンチェスター、モスクワ、サンクトペテルブルク、ダブリンが、路面電車ええ感じやった。ヨーロッパは多いよね)。嵐電、乗りに行きたいなあ。 

ところで、舞台挨拶で、井浦新さんがなんか変わった生き物が描いてあるスカジャン着てはるなあ、とめっちゃ気になってて、あとのサイン会のときに近くで見たら、土偶でした! 土偶! しかも家帰って検索したら、ご自分でやってはるブランドのオリジナルと判明。かっこええなあ。 

11月☆日 

「味仙」が歌舞伎町にあるらしい、と知ったのは1年近く前。え、マジで? 歌舞伎町?? 

味仙、というのは、あじせん、と読みまして、心斎橋にあった台湾ラーメン屋さんです(名古屋の有名なお店は同じ漢字やけど、みせん、です)。 

勤めてた会社から徒歩1分ということもあったし、わたしは味仙の台湾麺がこの世でいちばん好きなラーメンであって、水餃子とともに何回食べたことか。挽肉と、ねぎじゃなくてセロリがたっぷり乗ってて、透明なあっさりスープがほんまおいしかった。路地の奥で、台湾のおっちゃんとおばちゃんがやってはって、朝方まで開いてるのもよかった(夜中の3時に食べに行ったことあったなあ)。2年前に閉店と聞いたときはめっちゃショックで、間際に1回食べに行けたけど、あんな感じのラーメンはほかになくて悲しかった。 

それが、歌舞伎町。ようやっと行けました。歌舞伎町、といってもだいぶ北側、新大久保と間くらいのとこです。大きい道路に面してて、心斎橋のお店よりだいぶ広い。メニューも、魯肉飯(ルーローハン)とか、台湾な食べ物が増えてる。そして、数年ぶりの台湾麺。心斎橋とまったく同じではないけど、あー! これや! このセロリとスパイスの味! と涙しそうになりながら食べました。 

帰りにお店のおにいさん(若くて愛想のいいにいちゃんで、たぶん台湾の人)に、心斎橋によく行ってて、と言うと、実は表の看板は心斎橋店のやし、ドアも持ってきてくっつけてあるのを教えてくれた。よう見たらほんまや! 

実は、心斎橋のお店やってはったマスターが事故に遭って、人生を見つめ直したい、とのことで閉店しはったんよね(この経緯は、お店のホームページに書かれてます)。40年もあそこでお店やってはったそうで、それはずっと働きづめやったやろうな、って思う。マスターはお元気やって、おにいさんが写真も見せてくれました。 

それで、おにいさんたち、味仙ファンの有志がどうしてもあの味を忘れられないと、マスターのとこに通って修業して、オープンしたのが歌舞伎町というわけです。 

SNSに書いたら、通ってた!!  閉店で泣いた!! というメッセージがたくさん来て、みんな味仙大好きやってんなあ、と感慨深かった。そのなかに、辛いのを頼んだら心配してくれるおばちゃん、と書いて人がいて、そうそう、四川麺ていう「ケツと血圧に注意!」てメニューに書いてある激辛麺があって、頼むと、「ほんまにだいじょうぶ?」って確認してくれるんよね。わたしは辛いの苦手なんで、いつも辛さゼロの台湾麺ですが、四川麺とはいかずとも、炸醤麺(ザーチャーメン)、担仔麺(タンツーメン)もおいしいので、ぜひ行ってみてください! 

11月☆日 

夕日がきれいな季節になってきた。 

引っ越した理由の一つが、夕焼けが見たい!! やったので目的は達成した。 

東京の西側は建物の高さ規制がかなり厳しいので、そんなに高層階じゃなくても見晴らしよかったりするのよね。地面から富士山見える場所もあってびっくりする。 

毎日毎日、日が沈む時間も、位置も、色も全然違う。毎日これが見られるって、それだけでもういいくらいの幸福やな。 

11月☆日 

鳥取に行きました。 

大阪府立大学で人文地理学を勉強してたときの先生が今は鳥取大学にいてはって、それで地域学のイベントに呼んでくださったのです。鳥取県、米子側は行ったことあるけど、鳥取市は初めて。羽田から飛行機に乗ったら、ものすごい秋晴れで(3年ぐらい前からびっくりするくらいの晴れ女になったらしい)、北アルプスやらダムやらめちゃくちゃきれいに見えて、上空から鳥取砂丘もよう見えた。 

鳥取大学は鳥取空港から歩いて行けるらしいのですが、地域学部の若手の先生たちにまずは市内を案内していただく。城跡や大正天皇(当時は皇太子)が来るために建てた洋館・仁風閣(映画『るろうに剣心』のロケ地でもあるそうです)、戦前の洋風アパート、漁港と、さすが地理の専門家なので短時間で要所を押さえてあちこち連れてってもらいました。漁港の店で海鮮丼を食べて(なぜかうっかり鳥取関係なさそうなサーモンいくら丼を頼んでしまった……。おいしかったけど)、隣の市場へ行くと蟹、蟹、蟹。水槽に1匹だけ飾られた10万円の蟹・五輝星(いつきぼし)がいたのやけど、そこには「5,000,000円の五輝星は東京へ行きました」との張り紙が。5ひゃくまん円! ぐぐったら東京の社長が接待で食べはったみたいです……。 

そして、鳥取と言えば、鳥取砂丘! ここも初めてやったやけど、想像以上! っていうか正直なめてました、砂丘。でかい砂浜ぐらいに思ってて、飛行機から見ても意外に小さい? となっててんけど、すいませんでした! 人間がそれ以上にめちゃめちゃちっぽけな存在でした!! ほんまにSF映画の惑星というか(英語の看板も「DUNE」て書いてたし)、異世界に来た感すごかった! 行ったことない人は1回行ったほうがいいですよ。びっくりする。インスタ映えなので、外国からの観光客でいっぱいでしたが、周りの売店の梨推しも楽しいです(ついでやけど、東京だと茶色い梨ばっかりなので、緑の梨が食べたくなります)。 

10月☆日 

地域学の発表会。基調講演などという重大な任務をいただいてしまって、しかも、ちょっと前に書いたけど夏の講演60分で息切れして倒れそうになったのに、今回は90分。先生のアドバイスで、写真やら図を多めに用意して、休み休みしゃべったら、なんとか無事にいけました。テーマは、小説で街をどう描くか、で、わたしが大学の先生の授業で大阪の街の成り立ちを知って感銘を受け、街に関わる人々、人が交わる場所としての街を、具体的な作品ごとにどう書いてきたか、お話ししました。最初の、大阪の街の成り立ちを説明し始めたところで、あれ? 先生本人の前でこんな解説するってかなりのチャレンジャー!? ってなって焦りましたが、一般参加の市民の方も地域文化に興味ある方ばかりなので、熱心に聞いてくださってほっとしました。そのあと、図書館の方や、ゲストハウスを営んでる若い女性(大阪の同世代の人でめっちゃおもしろかった)、鳥取市中心部の文化を見つめ守る活動を続けてきた地元企業の三代目の方などなど、いろんな角度から街と人と文化の話を聞いてると心底楽しくて、やっぱりわたしは人文地理学に出会えてよかったなあとつくづく思いました。 

ところで、このときに講演された方のお話で初めて知ったのですが、大阪・千日前の「丸福珈琲店」は、鳥取市の方が創業されて、その後凱旋して鳥取にも丸福珈琲店があって、そこが鳥取の文化人のサロン的な場所やったそうです。大阪と鳥取にそんなつながりがあったとは……。丸福珈琲店、おいしいよね。コーヒーゼリー大好き。

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柴崎友香(しばさき・ともか) 1973年大阪生まれ。映画化された『きょうのできごと』で作家デビュー。2007年に『その街の今は』で第57回芸術選推奨科学大臣新人賞、第23回織田作之助賞大賞、第24回咲くやこの花賞受賞。2010年に『寝ても覚めても』で第32回野間文芸新人賞受賞。2014年に『春の庭』で第151回芥川龍之介賞受賞。著書に『青空感傷ツアー』『フルタイムライフ』『また会う日まで』『星のしるし』『ドリーマーズ』『よそ見津々』『ビリジアン』『虹色と幸運』『わたしがいなかった街で』等多数。
公式サイト:http://shiba-to.com/

権田直博(ごんだ・なおひろ) 1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
キレイ:https://naohirogonda.tumblr.com/
風呂ンティア:https://frontier-spiritus.blogspot.jp/

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権田直博(ごんだ・なおひろ) 1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
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