デビュー４０周年を迎えるジャズピアニスト・大江千里が、９月２日に「兵庫県立芸術文化センター ＫＯＢＥＬＣＯ大ホール」（兵庫県西宮市）にて、クラシックホールを舞台にしたピアノコンサートを開催する。

大江千里は１９８３年、関西学院大学在学中にシンガーソングライターとしてデビュー。８０年代半ばから９０年代前半にかけて、『十人十色』、『格好悪いふられ方』、『あいたい』、『ありがとう』などのヒット曲を量産。一時代を築いた。

８０年代に青春を過ごした人にとって、大江千里というアーティストは好き／嫌いに関わらず、インパクトのある存在だったのではないだろうか。まず、キャッチーな和製ＡＯＲサウンドに乗せて、男女の機微に触れたラブソングを甲高いキャンディボイスで歌う、まさに「男ユーミン」の異名を持つスタイルが画期的だった。当時すでに男性シンガーソングライターは数多く存在したが、彼のように男性の女々しい部分にもスポットを当てて歌う人はまだまだ少なかった。

また、音楽だけでなく、ルックスも衝撃的だった。つるんとした顔立ちに太い黒ぶちのメガネ。ひょろっとした細身のルックスでアイビーやカラフルなスーツをポップに着こなす。今で言うところの「草食系メガネ男子」の走り？ 当時としても、決してモテの主流ではなかったが、だからこそ新鮮で「カワイイ！」とアイドル的人気も集めた。

さらに、鈴木保奈美がブレイクするきっかけとなったトレンディドラマ『君が嘘をついた』に俳優として出演。その後、エッセイを執筆したり、ラジオパーソナリティやテレビ番組の司会を務めたり。ミュージシャンがマルチに活躍するのは、今では当たり前となったが、当時としてはかなりトレンディなことだった。そのあたりも含めて、今の星野源に近いスタンスかもしれない。

もっとも当時、より尖った音楽を求めていた筆者からすると、大江千里はちょっと軽いイメージもあった（今思えば、それも彼の戦略だったのだが･･･）。そんな筆者が大江千里と「再会」したのは、２０１１年公開の映画『モテキ』で使われた『格好悪いふられ方』。わ、めちゃくちゃいい曲やん！ バブルの魔法が解けても、いや、解けたからこそ、彼の楽曲の良さをニュートラルに楽しむことができた。２０１３年には、新海誠の映画『言の葉の庭』で秦基博がカバーした『Ｒａｉｎ』が使用され、再評価の波が勃発。４７歳で第二の人生に踏み切った彼の生き方もコロナ禍以降、急速に注目を集めている。

それらが追い風にもなったのだろうか。ストイックにジャズに没頭していた彼が「ポップスの大江千里」を少しずつ解禁。デビュー４０周年を迎えた２０２３年５月２４日にリリースされたアニバーサリー作品『Ｃｌａｓｓ ｏｆ ‘８８』では、ポップス時代の曲をジャズ的アプローチでセルフカバーした新世界を披露した。今回のピアノコンサートは、その『Ｃｌａｓｓ ｏｆ ‘８８』の収録曲を中心に構成されるという。大江千里の４０年の音楽の軌跡と未来が垣間見える、貴重な一夜となるはずだ。

「兵庫県立芸術文化センター ＫＯＢＥＬＣＯ大ホール」公演は、２０２３年９月２日・昼２時から。チケットは一般５５００円、ペア１万円（ともに全席指定／未就学児入場不可、６歳以上チケット必要）。各プレイガイドにて販売中。

文／井口啓子