2021年上半期、注目の邦画は?評論家による映画鼎談

2021.9.4 18:15

左から、春岡勇二、ミルクマン斉藤、田辺ユウキ

(写真13枚)

「上半期は『もし人生が二度あれば』って話が多かった」(春岡)

田辺:あと、僕は『コントラ』をベストに推したい。「俳優の顔ぶれとして新しい幕が開いた」という意味では、主演の円井わんですよ! 終始、不機嫌な女性、そして劇中の行動が伴っている。序盤、こいでいる自転車を川原へと投げ捨てる。この自転車の使い方が素晴らしく、円井わんはスタンドを立てずにそのまま地面へ倒して置いて、家に入ったりする。自転車の車輪など円を描くもの、動作がこの映画は重要で。

※編集部注/『コントラ』・・・祖父が第二次世界大戦中に記した日記にある宝に関する記述を見つけ、宝探しをする女子高生・ソラ(円井)と、後ろを向いて歩く不可思議な男との交流を描く。

『コントラ』で主演をつとめた円井わん(C)Kowatanda Films

斉藤:そうそう。だから『猿楽町』の石川瑠華、金子大地、『街の上で』の穂志もえか、中田青渚、古川琴音、そして『コントラ』の円井わんだよね。

田辺:ずっと不機嫌なんだけど、飯を食べているときとかちょっと機嫌が良かったりして。その都度、顔つきが良い。インタビューしましたけど、過去の自分があんな感じだったそうで。あと監督と役についてかなり話を詰めていったみたいですね。

斉藤:インド出身のアンシュル・チョウハン監督ね。『東京不穏詩』(2020年)も抜群だった。今回は、間瀬英正演じる後ろ向きで歩く謎の男がヒロインに絡んできて。彼は第二次世界大戦の亡霊みたいなもの、つまりマジックリアリズムなんですよ。そして円井わんが祖父の遺品を見つけて、宝探しの要素も出てきて、しかし田舎のどうしようもない人たちの欲に振りまわされたり。

田辺:若手俳優では、『いとみち』の駒井蓮も外せません。横浜聡子監督は『ちえみちゃんとこっくんぱっちょ』(2005年)、『ジャーマン+雨』(2006年)、『ウルトラミラクルラブストーリー』(2009年)など怪物みたいな映画がありましたけど、ついに商業の代表作がついにできた感があります。

※編集部注/『いとみち』・・・津軽弁の強い訛りと人見知りで人と話すことが苦手な女子高生・いと(駒井)が、自分を変えるべくメイド喫茶で働きはじめ、離れていた津軽三味線とも再び向き合うようになる。

祖母(西川洋子)といと(駒井蓮)が一緒に三味線シーン (C)2021「いとみち」製作委員会

斉藤:駒井蓮が津軽弁を喋っているけど何を言っているか本当に分からなくて。大阪アジアン映画祭で観たときは、気がついたら英語字幕を読んでいた(笑)。

春岡:いや、あれが分かるのよ。最初は分からないけど、分かるようになってくる、それがすごいよね。

田辺:というか、間違いなく映画における言語について一石を投じた作品だと思います。

春岡:『ニッポン国、古屋敷村』(1982年・小川紳介監督)で山形弁に字幕が入っていて画期的だと言われていたことを思い出した。あの映画は傑作だと思うけど、『いとみち』を観たとき、ひょっとすると字幕は必要なかったかもしれないと思った。観ている方の耳が慣れてきて、音に慣れて、言葉の意味が分かってくることの凄み。

斉藤:つまり、映画に関して言語は実は大した問題ではないんですよ。イタリア映画のような感覚。僕はもともと、映画サイレント完成論を唱え続けているんだけどさ。

春岡:サイレントが1番完成された形なんだから。俺らが大阪芸大在学中、宮川一夫先生にどれだけ言われたことか。「モノクロ、サイレントこそが映画なんです。音や色のついているものはダメです」って(笑)。

田辺:駒井蓮が家で過ごしているとき、靴下が半分脱げながらダラダラしていたりして。そういうところからキャラクターの人柄を見せるところもうまい。横浜監督にそのことを尋ねたら、「あれは私が実際にやってることなんです」と。

斉藤:ジョナゴールド(ダンス&ボーカルグループ・りんご娘のメンバー)の家に駒井蓮が遊びに行く場面も、横浜さんの個性が爆発していたね。あのジョナゴールドもさ、「いつも何聴いている?」と聞かれて、「人間椅子」とかさ。で、人間椅子の曲のリフを三味線でやりはじめたり(笑)。

春岡:ジョナゴールドの部屋での長録りはワクワクしたな。あとさ、上半期は「もし人生が二度あれば」って話が多かったのも特徴。まず『夏への扉-キミのいる未来へ-』(三木孝浩監督)。時間軸はひとつしかなくて、同じ世界に、自分がふたりいてもかまわない。山崎賢人が清原果那を助けるために戻ってくるという、このストーリーだけが大事で、そこに多元性は必要ない。

※編集部注/『夏への扉-キミのいる未来へ-』・・・優秀な科学者である宗一郎が、30年の時を超えて謎の死を遂げた大切な人・璃子(清原果耶)を救おうと試みる、SFラブストーリー。

映画『夏への扉 ー君のいる未来へー』プレゼント

斉藤:原作は日本ではオールタイムベストSFの常連ではあるんだけど、さすがにタイム・パラドックスに関してはざっくりしすぎてる(笑)。でも恋愛にシフトするとこれくらいがちょうどイイというね。公開日の6月25日は芳根京子主演の『Ark アーク』(石川慶監督)もあって、日本のSF界にとって特記すべき日でもある。

田辺:僕は前衛演劇的で変態的な前半はすごく好きでした。あと石川慶監督は『愚行録』(2016年)、『蜜蜂と遠雷』(2019年)然り、人物を移す際の構図の空間の使い方がやはり異質。ただ物語としては、不老不死が実現して、「どうして子どもを産むのか」という意図がかなり変わってしまって、そこが腑に落ちなかったんです。それと、足音で年齢が分かるという風吹ジュンの重要な言葉も生かしきれていなくて。

春岡:せっかく円弧というタイトルなのに、それをもうちょっと感じさせてほしいところもあった。

斉藤:確かにそうだけど、でもうまく回収できていて泣いちゃったけどね。プラスティネーション化した死体を紐で動かしてポージングする、ってのはイサム・ノグチのバレエ作品ぽくもあるし。僕の大好きなケン・リュウの小説のなかでもこれを映画の原作にもってくるとは思わなかった。

ケン・リュウはエグゼクティブプロデューサーでクレジットも入っているけど、いろいろ納得ずくやったんやろなぁ。だって本当はあのプラスティネーションも、原作では皮を剥いで血管繊維だけになった、「人体の不思議展」みたいな博物学的なものだったから。それどうするのかなと思っていたんだけど、そこは映画としては避けた感じで。

『すばらしき世界』

『すばらしき世界』 監督:西川美和
Blu-ray & DVD 2021年10月6日発売 ※レンタルDVD同時リリース
発売・販売元:バンダイナムコアーツ
(c) 佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

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