トット「ツッコミもボケも僕、多田は『多田』で」

2020.4.1 08:00

写真左から、多田智佑、桑原雅人。トレードマークは、おそろいの緑のスーツ

(写真9枚)

4月から拠点を大阪から東京へ移したお笑いコンビ、トット。実力は早くから高く評価されており、その漫才は、登場人物の考え方が過剰化したり、表と裏のギャップがどんどん広がっていったり、日常的なシチュエーションのなかでキャラクターをユニークに転がして笑いをあつめている。

また、ツッコミ担当の多田智佑は天然キャラとして、ボケ担当の桑原雅人はボイスパーカッションなど、それぞれの持ち味もクローズアップされつつある。今回はそんなトットに、これまでたどってきた道のりを中心に話を訊いた。

取材・文/田辺ユウキ 写真/南平泰秀

「若手時代は先輩が怖くて劇場に近づきたくなかった」(多田)

──結成当初は『湊町リバープレイス』の広場や川沿いなどで漫才の練習をしていらっしゃったんですよね。

多田「2012年、2013年くらいまではあそこで練習をしていました。そういえばウーマンラッシュアワーさんも長い間あの場所でやっていらっしゃって、『このキャリアでもここで練習してはるんや』と印象に残っています」

桑原「劇場で漫才をするためのオーディションがあるんですけど、それに合格するまでは、当時はみんな『湊町リバープレイス』や『なんぱパークス』あたりでやっていたんですよね。合格してからも劇場にすぐ入り浸るのは無理。それに受かっても3カ月くらいで落ちるコンビが多いから。先輩も『こいつらはどうなんやろう』とこちらを伺ってくる雰囲気がありました」

多田「当時の劇場って緊張感もすごくあったし、怖かったもんね。『お前ら、誰やねん』って感じだった。出番がある日以外、極力は劇場に近づきたくなかったです」

湊町リバープレイス周辺でおこなっていた漫才の練習を再現してくれたトット
湊町リバープレイス周辺でおこなっていた漫才の練習を再現してくれたトット

──今だから言えると思いますけど、トットのおふたりから見て一番怖かった先輩芸人さんってどなたですか。

多田「モンスターエンジンの大林さんです! いや、大林さんは普通に振るまっていたんだと思うけど、僕らにはすごく怖く見えました」

桑原「でも、確かに大林さんも『締めていかないとだめだ』という感じを持っていらっしゃったはず。だって、若手っていろんなやつがいるし。礼儀も全然ダメで。ここはプロの場所だよ、という無言のメッセージが大林さんから流れていました。あと、スーパーマラドーナの武智さんはやっぱり最初は怖かった」

多田「それを言うなら、かまいたちの濱家さんも。この3人は怖かったですよ。でも、賞レースに出はじめたくらいから、周りの見る目が変わってきた。営業なども増えて、先輩のみなさんとお仕事をご一緒する機会も多くなり、自然と距離が近づいていきました」

桑原「ネタもちゃんと見てくれるから、そこで『あ、こいつらはちゃんと漫才ができるな』と認めてもらえたのかもしれません」

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