白石和彌「田中裕子さんと仕事、それを望まない作家はいない」
2018年『孤狼の血』で多くの映画賞を獲得し、いまや日本映画界を代表する監督として確かな存在となった白石和彌監督。斎藤工主演の『麻雀放浪記2020』、香取慎吾主演の『凪待ち』に続く、今年3本目となる映画『ひとよ』が、11月8日から公開される。15年前のある夜、母親が決行した事件によって心に傷を抱えた3兄妹。佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、そして、田中裕子という演技巧者が揃ったキャスティングも注目の家族葛藤劇だ。
取材・文/春岡勇二
「絶対に裕子さんにやってもらいたかった」(白石監督)
──原作は、劇作家・桑原裕子が率いる劇団「KAKUTA」による演劇ですが、映画化までの経緯を教えてください。
制作プロダクション「ロボット」のプロデューサー・長谷川さんが、舞台を観て「生まれてこのかた、こんなに魂を撃ち抜かれたことありません」って連絡してきたんですよ。それで、上演は終わっていたので戯曲とDVDを送ってもらって。確かに素晴らしい舞台で、映画化するなら僕にやらせてくださいと伝えたんです。
──監督が、惹かれたのはどういったところだったのでしょうか?
ひとつは、ある事件の加害者と被害者の双方が家族にいるという、なんというか、シンプルではない構造ですね。そこで「罪とはなにか?」という問いかけがまずできること。あとは、親からの気持ちに応えられないこどもたちの葛藤も興味深かったです。また、主人公の家族とは別に登場する父と子と、主人公の家族とが、魂の部分でクロスする仕掛けも見事でしたね。
──これまでも作品のなかで「疑似家族」を描くことが多かった白石監督が、初めて血縁で結ばれた家族の葛藤を描いた作品となったわけですが、それについてはどうですか?
そうですね。本物の家族の話をいつか撮らなくては、とはずっと思っていました。
──資料に書かれていたり、監督ご本人もどこかで話されていたのですが、この物語に監督ご自身の家族のドラマをフィードバックしていると。
そうなんです。実は3.11の震災の直前に、僕の母親が交通事故で亡くなって。弟とは長らく音信不通になっていたんですが、そのときに探したら見つかって、7年ぶりぐらいに会いに行ったんです。その久しぶりに会う感じとかが、今回の作品と被ったりしてました。そういう自身の家族の話もいつか表現に取り込めたらとは思っていたのですが、やはりすぐには無理で、8年近く経ってできるようになったということですね。
──実際に、家族の物語を撮られてみてどうでしたか? なにか心境の変化みたいなものはありましたか?
改めて、なかなか簡単にはいかないなと思いましたね。家族への思いをこじらせている原因はいろいろあるんですが、映画として撮ることで、そういった思いを清算することができるかなって考えていたんですが、なかなかそうはいかず。やっぱり家族ってめんどくさい部分があるなって改めて思いました。答えは出なかったですね。
──物語のなかでも、疑似家族はどこかフィクションとして捉えられるけど、血縁関係の家族はなにかリアルなものが求められてしんどいのかもしれませんね。
リアルにせざるを得ないところがありますよね。関係を清算できないですから。疑似家族と言っても、そのつながりには利益関係だったり、こいつといたら面白いって気持ちがあったり、何らかの説明できる理由があるけど、家族とはそういうこととは無縁で、有無を言わさず付き合わざるを得ないものですものね。
──ただ、両親が加害者と被害者という特殊な家族関係のなか、佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優が演じる3兄妹を呪縛しているものは、そんな家族の関係だけでなく、それぞれが抱いていた「夢」で、むしろそちらの方が大きいように思いました。
夢を実現できないでいる自分への苛立ちですよね。それで言うと、過去の事件とかのあるなしに関わらず、問題は親の期待に応えることとか、一方で、親が子に抱く期待とかですよね。つまり、「夢の実現」もまた家族の問題に帰結していく。また、それはいつの時代にもあった問題でしょうから、そういう意味で普遍的でもある。ただ、どういった話であろうとも、僕が描きたいのは結局のところ人間なので、人間を描く上で、その話にいちばん相応しい題材、家族でもいいし、警察組織でもいいし、それを選ぶだけですね。
──兄妹を演じた3人も素晴らしい演技ですが、やはりスゴいと思ったのは、母親役の田中裕子さんでした。監督も、この企画が起こり、母親役を田中さんが演じてくれるかもしれないとなって、彼女のスケジュールが空くまで待つ決意をされたとか・・・。
だって、それはそうでしょう。田中裕子さんと仕事ができるかもしれない、そんな機会があって、それを望まない日本の映画作家はいないでしょう。裕子さんが演じてこられた、強い情念を打ち出す女性像を、僕らはずっと観てきてますから。近年では青山(真治)監督の『共喰い』(2013年)で菅田将暉くんの母親を演じていらして、あれも素晴らしかった。これはもう絶対に裕子さんにやってもらいたかったです。
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