香取慎吾「主人公の苦悩は当時の僕自身」

「あの頃は先の展望がまったく見えていなかった」(香取慎吾)
──郁男は確かにギャンブルで墜ちていく男なんだけど、それでも芯の部分で汚れていないと言うか、ピュアなものがある。それはやはり香取さんが演じているからだし、白石監督が香取さんに演じてもらいたかった真の理由もそこにある気がします。
それは監督に訊いてください(笑)。ただ、演じている人間と役柄がどこかで重なるというのはありますよね。先ほど、郁男の苦悩は僕にもあると言いましたが、実は時期が重要で、この映画のお話をいただいたのは1年半前で、実際の撮影はちょうど1年前におこなっていたのですが、その時期、僕もエンタテイメント業界での大きな転換点を迎えていて、あの頃は先の展望がまったく見えていなかったんです。
──ちょうど事務所を独立されたあたりですね。
結局は、ここ1年半の間に、この映画もあり、また前からやりたかった絵の展覧会などもやらせてもらうなど、すごく充実した仕事をさせてもらったんですが、1年前はそのようになるとは思えなくて、孤独や不安を感じていたんです。それがちょうど撮影の時期と重なっている。だから、郁男にピュアなものがあるとすれば、それは監督がそのように郁男像を切り取ってくれたものですが、郁男の苦悩は当時の僕自身のもの、そう思います。

──いい映画ができるときというのは、何年も準備してきた作り手たちの思惑を越えて、さまざまなタイミングが奇跡のように重なることが多いですよね。
それで言うと、年齢に関してもいいタイミングだったかもしれません。ちょうど40歳を過ぎたところでこの役を演じたのですが、30代の自分では郁男をいまのようには演じられなかったと思います。役柄と実年齢が近いとかを越えて、40代になった自分だからこそ滲みだせたものがあったと思います。
──確かにそうですね。あと、リリー・フランキーさんとの共演を楽しみにされていたようですが、40代になって、実際に共演されてみていかがでしたか?
リリーさんはスゴかったです。ほとんどの俳優は、本番が掛かると、どうしたって多少心が揺れるのですが、リリーさんは本番になっても、リハーサルのときとか、もっと言うと撮影の合間に雑談しているときと、まったく変わらない心持ちで演技をすることができるんです。簡単な言葉で言うと、「自然に演技をしている」ということになるんでしょうけど。これってスゴいことですよ。よく考えたら、リリーさんの役は宮城・石巻市にずっと住んでいる人の役で、話すのはそちらの方言なんです。さっきまで僕らと標準語で話していて、本番になった途端に方言で話すのに少しも心の揺れがない。驚きました。

──実はリリーさんとは旧いおつきあいなんですよね。
ええ、僕が10代でラジオをやっている頃、リリーさんは放送作家として一緒にお仕事してくださっていたんです。僕は、リリーさんが俳優として活躍され始めてからもずっと注目していて、ステキだなあ、共演したいなあと思っていたんです。今回、リリーさんの方が、かつてラジオ番組で「慎吾ちゃん」と呼んでた僕と共演するのかって感慨を持っていらしたみたいだったのに、いざ撮影になったら全然動揺されてなかったです(笑)。
──もうひとり、郁男の恋人の娘で、郁男とは親子のような関係になる娘を演じた恒松祐里さんが印象的でした。
彼女は出演時にはまだ19歳だったのですが、とてもしっかりした演技をしていて、自分が19歳だったときと比べて、たいしたものだなあって思っていました。2人での絡みの芝居で、ふっと間が空くときがあるのですが、そのときも彼女がグイグイきてくれて間を埋めてくれるんです。2人での芝居は、彼女に引っ張られていました。

──でも、それは香取さんが「受けの芝居」に徹底しておられて、どんな演技も受けてくれるという安心感があってのことだと思いますよ。この映画での演技で、俳優・香取慎吾として、ますます求められる存在になられたように思います。
いや、どうなんでしょう。基本的に演技は苦手ですからね(笑)。ただ、映画を観るのは大好きで、観ていると自分も参加はしたくなるんだけど、演技は苦手だからなあと、その感情が行ったり来たりしてて(笑)。それでも、求めてくださる人があれば応えたいです。
──白石監督から、もう一度、と呼ばれたら。
もう、すぐやります(笑)。今回ご一緒して、大好きになりましたから。あ、でも、近頃監督は「劇中にもう少し、香取慎吾の笑顔を入れとけばよかった」みたいなことをおっしゃってるみたいなんですが、「今回は笑顔なしでいこう」って最初に2人で決めていたんですよね。それを今になって失敗したみたいに言うのは潔くないなあって、これは思ってます(笑)。
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