第138回 1升ののし餅ってどのくらいの大きさ?
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12月☆日
12月!? 今年終わり!? まじで!? ……と毎年思うけども、今年ほど年末感まったくないというか、季節感も一年過ぎた感も全然感じられへんことはなかったなあ。イベントごともなかったし、時間の区切りがない感じで、日付だけ過ぎていくのにいつもに増して茫然としてしまう。
自分自身はそんなにイベントに参加しなくても、街で季節行事盛り上がってるとか、友達からどこ行ったとか聞くだけで、自分もそれを味わってるというか、なんとなくその一部のような気がしてたのやなあと思う。心なしか店とかのクリスマスの飾りも少ない。
12月☆日
『ブルースだってただの唄 黒人女性の仕事と生活』藤本和子(ちくま文庫)を読む。
リチャード・ブローティガン『アメリカの鱒釣り』などの翻訳で知られる藤本和子さんが、北アメリカで暮らす黒人女性たちに仕事や生活について話を聞いた聞き書き集で、1982年に出版された本の復刊やねんけど、今! 今やん、この言葉! ってなる。話を聞いたのは公共の仕事、役所や福祉の仕事に関わっている人が主なので、それぞれがどのような困難な状況にあって、差別や人種や性別による軋轢がどうだったか、そのなかでどう勉強して今の仕事についたか、結婚や子供は、ということについて的確に語っている。そこにある困難や状況に対する疑問や怒りには40年後の今に通じるものがたくさんあり、それは、普遍的なことやからなのか、いや、あまりにも変わらなすぎることが多すぎるせいなんやろな、と思う。それぞれの困難はその人のものであって、個別に違うものだし(「黒人」と言っても、どういうコミュニティで育ったかで認識も全然違う)、その人の苦しみや痛みはその人のものであって、「他の人も苦労してるよ」とかひとくくりにできるものではなく、一方で、だからこそこうして話を聞いて、言葉を伝えることで、ともに生きていくこともできるはず。ほんとうに、心の奥深いところに響いてくる言葉、そして生活の言葉、なんとか自分の人生を生きている人の言葉なので、たくさんの人に読んでほしい。
12月☆日
青山ブックセンターで石川直樹さんのエッセイ集『地上に星座をつくる』刊行記念でトークイベント。石川直樹さんは、今までにもちろん写真もたくさん見てきたし、文章も読んできたし、でもお会いするのもお話しするのもまったく初めて。トークイベントは、時間より早く来て打ち合わせとかでしゃべりすぎてしまうと本番がつまらなくなる可能性があり、打ち合わせスペースで微妙に関係ない世間話をしてたりしたのやけど、トークがスタートすると、石川さんが『百年と一日』を読んでくれてはってそこから小説についてたくさん質問してもらったのもあり、すごい楽しくお話できた。
『地上に星座をつくる』の中に、海抜ゼロメートルであるところの海岸からひたすら歩いて行って最後は富士山の頂上まで登る話があって、わたしは富士山登ったことないねんけど、移動って、距離の移動だけではなくて時間も感覚も記憶もいろんなことが絡まり合って移動することやと思ってて、その感じがとても極端な形で驚異的に表されてた。エベレストとかすごい山を登ってはるのに、長く歩くのにとても疲れた感覚も興味深かった(運動全般苦手で、登山とマラソンが人生の避けて通りたいことなわたしには未知の世界……)。写真を撮ることのお話も、特に石川さんが中判のフィルムカメラを使ってて、一度外国に行ったときにケースだけ持って行ってしまって、デジカメは持ってるんやけどそれは記録というかメモ代わりにしか使えなくて作品は全然撮れなかったというエピソードがとってもおもしろかった。
コロナで旅行が出来なくなってから渋谷のネズミを撮ってて、その写真集が今度出るというのがめっちゃ楽しみ。ネズミ、いてるよね……。わたしも心斎橋の会社に通勤してたころは朝に難波付近の道端で何回も遭遇したり、それから……ちょっと書くとグロいというか苦手な人もいると思うので遠慮しときます……。
12月☆日
『新潮』のリレーエッセイ「パサージュ」の5回目、サンクトペテルブルクに行った時の話を書くために、写真を見直したりグーグルマップを検索したり。行ったのは2年近く前で、そして今は海外に行けない状況になってることもあり、いろいろ見てると、また行きたいなあ、いつか行けることあるやろか、と考えてしまう。モスクワとサンクトペテルブルクで2日ずつ、しかも真冬であんまり街歩きとかできへんかったから、地図見てるとこんなとこもあったんや、ここも楽しそうていうとこがいっぱい。ロシアは、食べ物おいしかったし(意外に魚料理が多かった。塩漬け系。キャビアが有名やけど、「イクラ」がロシア語ていうのからもわかるようにそれ以外の魚卵がめちゃめちゃ充実してて、日本では見たことない種類の魚卵いろいろ盛り合わせみたいなやつがたいへんおいしかった)、建物も雑貨もめっちゃかわいいねんな。「パルナス」の国やもんな~、というのは、今何歳ぐらいの人まで通じるんやろか……。ロシアの真冬は寒くて街歩きには向いてないけど、エルミタージュ美術館とか観光地ががらがらという利点があります。防寒さえすればおすすめです。
12月☆日
ゲラ(原稿を印刷前の状態にプリントアウトして校閲をしたり修正したりチェックするためのもの)を渡すために新宿の高島屋のカフェに。コロナの感染者数が増えてきてるせいもあって、年末やけど百貨店も駅ビルも人少ない。特に飲食店は人口密度が低い。
担当編集さんが、こうしてゲラの受け取りに作家に会うのが久しぶりで、なんでもリモートでやるのが普通になってしまってたから手渡しするという選択があってそのときに話し合ったりできるということをすっかり忘れてた、て言うてたのが心に残った(わたしが宅配便の時間に間に合わずぎりぎりになったせいです……)。
なんかいつのまにか、コロナでの状況に慣れてしまって、わたしもちょっと前にタクシー乗ったとき「うわ!タクシー乗ったん何か月ぶりやろ!?」ってなったし、去年は当たり前にやってた行動でやらなくなってることがようさんあると思う。
人って、どんなことにもすぐ慣れてしまうなあ、と思う。慣れてるつもりなくても、ほんまは慣れてなくても、前のこと、それが普通やったことを意外なほどあっという間に忘れてしまう。
12月☆日
年末はだいたい12月の半ばに野間文芸賞・文芸新人賞の授賞パーティーがあって、それがなんとなく忘年会代わりになってたので、それがない今年はやっぱり区切りなくさらーっと日付だけが過ぎていく感じ。普段から連絡取って会う関係の人はこの1年もそれなりに交流することがあったけど、こういう、あの場所やあの集まりに行くと会う人枠の人にはほんまに会う機会がなくなってしまった。さらに、仕事の用事とかどうしても伝えたいことみたいのではなく、「今度会うたら言おう」みたいなことって、たとえば、その人と共通して好きな映画とか小説のこととか、もっとちょっとしたこととか、全然話す機会がなくて、わざわざ連絡するほどのことでもないし時期を逸して自然消滅的に消えていって、それがとってももったいないというかさびしい気がする。感傷的なことでもあるけど、そこから今度そのイベント行こうとか、仕事の企画につながったりすることもあるしね。そういうの、今年いっぱいあったんやろなあ。
12月☆日
読売新聞の書評委員の初会合。全部で20人くらいいて、作家やライターの方から歴史学や経済学の専門の方までいろんなジャンル、世代、お仕事の人がいる。読売新聞の担当の人も数人。
勝手がわからなくて、きょろきょろおろおろしながら、書評する本を決める会議に参加してたのやけど、突然、長い間の夢から覚めて我に返ったみたいな感覚になった。
急に自分の輪郭が意識されるというか、長いこと人と会ってなくて、もしくは「ほら、あれやん」「ああ、それな」で通じる親しい人とだけいると、なんとなく自分の境界がぼんやりするというか、自分しか見えない=自分が客観的に見れてないみたいな状況になってたんやろな、と思う。
普段接しない、自分とは環境や属性がだいぶ違う人とコミュニケーションを持つのは緊張するし、しかも前に出て一言挨拶したりとか苦手ではあるねんけど、こういう場所に時々行かないと、感覚が鈍るというか、いろんなことがようわからん&そのことに気づかんようになる気がする。
12月☆日
はたと気づいたら今年あと1週間やん! 年末年始の準備的なやつなんもしてへんやん! いや、毎年たいしてやらんけども、それでもなんもやってないのにもう大晦日来るやん! て感じになっている。『よう知らんけど日記』でも何回も書いてますが、東京にいると丸餅の確保が重要任務で、全国量産型じゃないタイプのお気に入りの丸餅があるスーパーがちょっと遠くてまだ行けてない。近所の和菓子屋には「1升のし餅あります」て書いてあって興味あるんやけど、1升ののし餅ってどのくらいの大きさ? それって自分で切って食べるん?と謎だらけ。
角餅も食べるようにはなったのやけど、でも、お正月のお雑煮に入れるのだけは丸いやつじゃないとなー。
ところでわたしは大阪に住んでたとき角餅を見たことなかってんけど(昭和の小学生の定番年賀状、角餅が膨らんだ絵に「もち食べすぎるなヨ!」て書いてるあれも、この四角いのはなんでなんやろか??と思ってた)、東京で丸餅入手するのと、東日本の人が西日本で角餅を確保するのとどっちが難易度高いのやろ?
プロフィール
柴崎友香(しばさき・ともか)
1973年大阪生まれ。映画化された『きょうのできごと』で作家デビュー。2007年に『その街の今は』で第57回芸術選推奨科学大臣新人賞、第23回織田作之助賞大賞、第24回咲くやこの花賞受賞。2010年に『寝ても覚めても』で第32回野間文芸新人賞受賞。2014年に『春の庭』で第151回芥川龍之介賞受賞。著書に『青空感傷ツアー』『フルタイムライフ』『また会う日まで』『星のしるし』『ドリーマーズ』『よそ見津々』『ビリジアン』『虹色と幸運』『わたしがいなかった街で』等多数。
公式サイト:http://shiba-to.com/
権田直博(ごんだ・なおひろ)
1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
キレイ:https://naohirogonda.tumblr.com/
風呂ンティア:https://frontier-spiritus.blogspot.jp/
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