よう知らんけど日記

第135回 ここどこ? なにこれ? ここってこんなんやった?

2020.12.17 15:39

カテゴリ:未分類

9月☆日 

暑い。でも、夏らしい感じがしないままあっという間に夏が過ぎる感じ。 

9月☆日 

10月に発売になる『千の扉』文庫版の校正作業大詰め。単行本が出てからそれが文庫になるにはわたしの場合だいたい3年ぐらいが多いのですが(単行本がある程度売れると文庫になる+出版社ごとに諸事情ある、でこのあたりの期間は変わります。文庫になったら買おう、というのは文庫好きの一読者としてはめっちゃわかるのですが、単行本が売れないと文庫本にならないのが難しい&悩ましいところでありまして、単行本買ってもらえると作家は喜びます。文庫になって文庫を買ってもらえても喜びます)、そのぐらい経ってると自分が書いたものでも細部は忘れていたりするので、読み返してとても新鮮。こんなこと書いてたんやー、なるほどなー、と感心しながら読んだりします。『千の扉』は、東京の真ん中の巨大団地に住む人たちのいろんなエピソードがつながりのあるようなないような感じで出てくるのですが、あー、これを書いたから『百年と一日』みたいな書き方ができるようになってんな、と思いました。1作書くごとに、今回はこれができて、次はこうしてみよう、こういうのができる気がする、と積み重ねていくのですが、それは1作書き上げないとわからないことで、だからどうにか書いてみるってことがだいじなんですよね。 

9月☆日 

新宿駅の構内にシルバニアファミリーのポップアップショップ開催中なのに遭遇。60センチぐらいの特大シルバニアファミリーがずらっと並んでて、異常にかわいい。黒目とか顔の丸さとか、ざらざらの毛羽立ち感とか、なんやこれ、どうなんやこのあまりのかわいさ!と1人盛り上がり、いろんな角度から写真を撮りまくってしまって、だいぶ不審な人。シルバニアファミリーの発売は1985年なので、そのときはもう買うてもろて遊ぶような年齢でもなかったんやけど、百貨店のおもちゃ売り場でめっちゃ見てたなあ。もぐらの一家が発売されたときは、耳がないそのつるんとした造形が妙にかわいいっていうか不気味っていうかで好きやってんけどすぐいなくなって、でも復活してるのね。動物の種類もめっちゃ増えてるし。勢いで羊とか買いそうになってしまってんけど、この数年でそういうこまごました飾り物は片付けられなくてめっちゃ困るので買わないを肝に銘じているので(ガチャガチャ〈とわたしは呼びます〉とかフィギュア的なやつとか)、踏みとどまり、シールだけ買いました。結局買うたんかい。 

9月☆日 

打ち合わせで新宿へ。東京都の営業自粛要請期間が終わって、街の人出はちょっと戻ってきたかなあ、という感じ。それでも、普段に比べるとまだまだ少ない、というか、「普段」がどれくらいやったのか、いつのことやったのか、わからなくなりつつある。たまに人に会うと、最近どうしてますか、人に会ってますか、みたいな話になり、会社の人はだいたいもう普通に出勤してるようで、4月5月くらいに言われてたようなこのままリモートワークな世の中に、とはすぐにはならなそうな感じ。東京の通勤とか密集具合はちょっと度を超えてるので、職場に行かなくていいならそのほうがいいと思うのやけど、やっぱり出社の習慣は変わらないんかなあ。 

帰りに周辺の店をいくつかのぞいてみると、服とか雑貨とか、あと食べ物のパッケージなんかも、「東京」「2020」とかいかにも「日本」な感じの要素をモチーフにデザインしたものがたくさん目につき、オリンピックに合わせて売るはずやったんやろなあ、と切ない。 

9月☆日 

二子玉川の蔦屋家電(という名前ですが本屋さんです)で高山羽根子さんとトークイベント。イベント関係はコロナ以来オンラインで自宅からばっかりやってんけど、今回は久々に会場で、相手の人と会える。無観客で配信なのやけど、それでも実際に対面でしゃべれるのはすごくうれしい。高山羽根子さんとは去年なにかの授賞式でちらっとご挨拶したくらいで、しっかりお話しするのは今回が初めて。閉店後の店内で、本棚に囲まれたひろびろしたところで話すというのも、なんかお得感。夜に誰もいないお店に入ったら楽しいやろうな~、という子供のころの妄想がちょっと実現した感じ。 

やっぱり、対面で話すのは全然違う。オンラインの画面上ではたとえ1対1でも順番にしゃべるというかタイムラグがある感じになるというか、普段しゃべってるときは重なり合ったりずれたりしながらしゃべっててそれが会話の流れを作ってるんやなあと思う。目の前で反応を見ながらしゃべれるだけで安心感があり、関係者5、6人だけとはいえ目の前で反応を返してくれるのもしゃべる手応えみたいなのがすごくあって、オンラインはオンラインで場所とか時間の関係で今までは参加できなかった人も見られるという利点はすごくいいのやけど、しゃべる側だけでも同じ場所にいるほうがやりやすいなあと思う。 

高山さんの小説とわたしの小説とは、記憶の曖昧さとか場所の過去とか近いテーマがいろいろあるなーと思って今回お話しさせてもらったのやけど、話の中で、小説って1つの傑作が孤立してあるわけではなくて、この小説が書かれたからあの小説も書かれた、というように実際に読んだかどうかだけでなくなにか遠くで支えられているような感じがあり(科学の発展とかもそうですよね。1人の大発見が突然あるのではなく、いろんな研究の積み重ねで発展していく)、山脈みたいな感じというか、全体像が見えない山の別のルートから登っていっててときどき他の人の姿が見えて、あ、あの辺歩いてるんや、おーい、と手を振り合うみたいな、そんな感じがあるよね、とそういう話ができたのがとてもよかったです。 

9月☆日 

アニエス・ヴァルダの特集上映。 

シニカルというか、「えー!!そんな展開!?」となるあるカップルのストーリー『幸福』と、なんかめちゃめちゃ不安になってしまった、病気の検査結果を待つ若い歌手が街をさまよう『5時から7時までのクレオ』の劇映画2本と、廃品や廃棄された農産物を拾って生活する人たちの姿から所有とか経済とか考え込んでしまう『落穂拾い』と、1950年代のパリの片隅の商店街の人たちを映した『ラ・ポワント・クールト』のドキュメンタリー2本。どれもおもしろかった。 

それで、映画のおもしろさとは別に、『ラ・ポワント・クールト』のパン屋さんの場面で、お店のおばちゃんがバゲットを素手で選んでお客さんにそのまま手渡し、お客さんもむき出しのまま手で持って、あるいは鞄につっこんで帰って行くのに目が釘付けになってしまった。確かに、アメリカやヨーロッパに行ってみて、湿度が日本とあまりに違って、クッキー1週間出しっぱなしでもまったく湿気ないのに驚愕し、カビ生えるとか腐るとかもアジアとは全然違ってあんまりなさそうで、感覚が全然違うんやろうけども、コロナの世ではめちゃめちゃ気になってしまう。お肉屋さんも肉が店先にそのまま置いてあって、おっちゃんが切って紙で巻いて渡し、お客さんはそれを手で持って帰ってた。まあ、50年代やし、と思って検索してみたら、今はさすがにコロナで対策してはるけど、最近でもヨーロッパは地方によってはだいたいこんな感じやったっぽい。え、去年ドイツのパン屋でパン買うたときどないやったっけ、とそのとき撮った画像を検索してみたら、はっきりは写ってないけど、おそらく素手で袋に入れたっぽい。習慣の違いって思ったより大きいもんやなあ。 

9月☆日 

オリンピックに合わせて、みたいなこともあったと思うのやけど、この数年の東京はひたすら再開発、あっちでもこっちでも立ち退き→高層ビル、改修、改築、また再開発で、常に工事中&仮通路。どこかに行く度に、ここどこ? なにこれ? ここってこんなんやった? と茫然と混乱の連続。特にわたしの生活圏では、下北沢駅と渋谷駅が激変に次ぐ激変で、下北沢は駅から出るたびに「ここ下北とちゃう! 間違えた!」と思ってしまうし、渋谷にいたってはなるべく乗り換えたくないと避けるほど(ほんま、渋谷の計画立てた人は、渋谷に来てほしくないとしか思えない)。渋谷駅、今年の初めに銀座線のホームが移設になったときも、なんなんこれ、こんな工事の足場みたいなとこ通ってわけわからん、てなっててんけど、またもや、激変。思ってもみなかった場所に突然仮通路ができてて、それがもう「忽然」としかいいようのない感じで急に風景が変わってて(見えないところで着々と工事してはったんやけど)、なんかもうどうしていいのかわからない……。 

しかし、最初はオリンピックに合わせて工事してるんやろなと思ててんけど、競技場がある外苑前も、そこから近い渋谷も、人がようさん来るであろう銀座も、駅はまだまだ絶賛工事途中で、この状態で人いっぱい来たらどないなってたん、絶対無理ですやん、としか思えへんねんけど、どうするつもりやってんやろ。 

9月☆日 

『ホモ・サピエンスの涙』の試写に京橋へ(大阪の京橋とはイントネーションが違うのやで)。 

この数年忙しすぎていろんなとこに行けなかったのとコロナで出かけられなかったのが重なって、どこかに行く度に「ここに来たん百年ぶりやな!」と大阪のおっちゃん的ボケが脳内で聞こえます。 

『ホモ・サピエンスの涙』、スウェーデンの巨匠(らしい)ロイ・アンダーソン監督の前作『さよなら、人類』を観てすっかりファンになり、楽しみにしてました。他にない不思議な映画で、人生や歴史の一場面みたいなシュールな短いエピソードというか断片がつぎつぎ現れる。屋外に見えるシーンも全部セットで、これどうやって撮ってるん!? とびっくりするような風景が、絵画みたいな薄曇りっぽい色調で作られてます。『ホモ・サピエンスの涙』は、33シーンで、基本的に出てくる人は全員顔色が悪く、顔色の悪いおっさんが人生に絶望したり信仰を失ったりして泣いてる。延々、その繰り返し。だけどなんか妙に安らぐというか、不思議な気持ちになるんよね。わたしの『百年と一日』をおもしろく読んでくださった方は、きっと好きだと思います。偶然にもどちらも33のエピソードでできてます。

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柴崎友香(しばさき・ともか) 1973年大阪生まれ。映画化された『きょうのできごと』で作家デビュー。2007年に『その街の今は』で第57回芸術選推奨科学大臣新人賞、第23回織田作之助賞大賞、第24回咲くやこの花賞受賞。2010年に『寝ても覚めても』で第32回野間文芸新人賞受賞。2014年に『春の庭』で第151回芥川龍之介賞受賞。著書に『青空感傷ツアー』『フルタイムライフ』『また会う日まで』『星のしるし』『ドリーマーズ』『よそ見津々』『ビリジアン』『虹色と幸運』『わたしがいなかった街で』等多数。
公式サイト:http://shiba-to.com/

権田直博(ごんだ・なおひろ) 1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
キレイ:https://naohirogonda.tumblr.com/
風呂ンティア:https://frontier-spiritus.blogspot.jp/

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公式サイト:http://shiba-to.com/

権田直博(ごんだ・なおひろ) 1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
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