第114回 ラサのジョカンと大阪の四天王寺。

2019.07.26
  • facebook
  • twitter
  • はてブ

9月☆日 

ジョカン(大昭寺)は、中庭を囲むように回廊があり、その回廊に沿って小さな部屋がいくつもある。その部屋それぞれに神像があって、順番にまわってお祈りをする。小さな部屋の中は参拝する人で身動きが取れないほどいっぱい。神像があるガラスケースの中には紙幣がたくさん積もってるのやけど、隙間からうまく入るもんやろかと不思議になる。灯明にお供えするためのバターの入った魔法瓶を持ったおじいちゃん、おばあちゃん、小さい子供を連れた若い夫婦、母娘孫の三世代、いろんな組み合わせの、おそらくは遠いところからはるばる巡礼に来た民族衣装の人たち。壁には極彩色で描かれた神々。 

見ていると、大阪の四天王寺の記憶とつながっていく。四天王寺の造立が開始されたのは6世紀の終わり。上町台地から海に夕日が沈むのが見渡せる(だから夕陽丘という地名なんやね)場所で、西に極楽浄土があるという西方浄土の思想に基づいてつくられた。その西がここなんや、と不意に実感して、涙が溢れそうになった。千年以上にわたって数え切れない人たちが祈ってきたその地に、今、自分がいる。 

混雑したお寺の中ですれ違ったおばあさんが、祖母にそっくりだった。今はその夕陽丘近くの一心寺で骨仏になっている祖母は、いつも仏壇に向かって拝んでいた。父方の祖母も、仏壇に祈りを捧げることも墓参りも毎日欠かさない人だった。 

今まであちこちのお寺で見た祈っていた人、それからわたしの祖母たち。あの人たちは何を祈ってるんやろうとずっと思ってたけれども、何かを祈ってたんとちゃう、ただひたすら祈ってたんや、と初めてわかった。今、わかった。そしてつまりは、目の前で祈ってるあの人も、今すれ違ったあの人も、みんなわたしのおばあちゃんなんや、と思った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月☆日 

狭くて急な階段を上り、二階の回廊に出ると、それはもう深い深い青色の、今まで見たこともないような青い空が広がってた。富士山に登ったこともないわたしは、飛行機を除けば、今いちばん空に近づいてるのやなあ。お土産物を見て、少し休憩。黄色と赤の鮮やかな法衣に似た衣装を着た小さな女の子がおじいちゃんに連れられて座っていた。近くの階段では猫が寝てる。動物を殺生したり邪険に扱うことはないから、特にお寺には猫も犬もたくさんいる。とても静かで、信じられないほど澄んだ美しい空で、夢の中でときどき見る場所に似てた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月☆日 

チベットの作家さん5人と座談会。座談会といっても、とても豪華な調度品の部屋で、2017年に北京のシンポジウムでご一緒した次仁羅布さんなど、みなさんそれぞれの民族衣装を着て迎えてくれました。チベットの文学(小説や詩)の歴史や現在の状況についていろいろ話を伺ったのやけど、南米のマジックリアリズムが、それまでの中国の中心的な文学とは違う、チベットの生活や歴史を書くのにとても大きな影響があったという話が興味深かった。そのあと、チベット料理のお店へ。バター茶はお茶というよりスープに近く、ほっとする味。地ビールは濁り酒っぽい、マッコリの上澄みのほうに似てて好きなタイプでした。女性作家の方々が、民謡を歌ってくださったり、忘れられない夜になりました。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月☆日 

高山病はだいじょうぶそうやけど、気温差で風邪気味で、鼻がぐずぐず。そして、頭痛もひどくはならないけどずっと治らないまま。 

この日はまずはラサ郊外、山の麓にあるセラ寺へ。1419年につくられた寺院で、お寺の手前にはここで修行をするお坊さんたちの寮が並ぶ。犬がいっぱいいて、そこらへんでごろごろ寝てた。階段を上っていき、高い壁に囲まれた建物の中の長い回廊を巡る。仏像がずらっと並ぶ部屋は、ちょっと三十三間堂を思い出した。ここで有名なのは馬頭明王金剛像ていう馬の頭の神像なのやけど、その部屋に入るとオレンジのつなぎを着た消防士さんが3人ぐらいいる(貴重な文化財なのでどのお寺も消防士さんがいました)。その消防士さんに腕を持たれて流れ作業で馬頭明王の下の布がかかったところに頭をつっこむ方式なのがおもしろかった。お寺の中の至る所でバター灯明が燃えていて、入り口近くではバターの入ったカラフルな魔法瓶が並んでた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月☆日 

セラ寺の駐車場から門までの参道には、敷物を敷いて仏具とかおもちゃとか台所用品とかいろんなものを並べて売ってて、あー、この光景めっちゃ見覚えあるわー、四天王寺さんの縁日みたいやなあ、と見ていたら、ベニヤの台に本を並べて売ってるとこが。並ぶ本は、チベット仏教のが多いけど、松本清張や東野圭吾など日本の小説も。特に東野圭吾は3冊もあった。東野圭吾、中国のどこに行ってもめっちゃ売っててものすごい人気。チベットの町外れのベニヤの台でも売られてるやなんて、ほんまの大人気作家やなあ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月☆日 

ダライ・ラマが夏の間過ごしたというノルブリンカ宮殿は、ほとんど砂漠のような地域にあってここだけ木々や花々が美しく、夢の中みたいな場所だった。宮殿の中は、ダライ・ラマがラサを離れた日のまま、その状態を維持して、毎日お茶も入れているということに胸が詰まった。そのあと、ポタラ宮へ。見上げただけで、えー、あそこまで階段で上るの!と怖じ気づいてしまうような巨大で立派な建物。体力ないのにだいじょうぶやろかと心配になったけど、階段の途中に酸素バーが用意されてたりして(結局わたしは酸素のお世話にはならなかったけど)、休み休みしながらなんとか宮殿まで上りました。 

そこはもう、天空というか天上というか、普段生活しているのとは違う世界にいる感覚。空に限りなく近く、天竺に、神々のいる場所に続くところ。眼下に広がるラサの町を見渡しながら、こんな途方もない建物をつくる力はどこから来るのやろうと思っていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月☆日 

ラサの町全体は、中国のほかの町と変わらないような感じやった。20年近く前の学生時代にバックパッカーでラサに来たことのある谷崎由依さんは、その激変ぶりに終始驚いていた。中国、このあと2019年にも行って、3年連続で訪問してるけど、その間にもどんどん変わって、北京や上海は近未来SFみたいな大都会やし、昔を知っている人はそれは仰天するような変化やろうし、住んでいる人にとってはどんな時間の流れなんやろう、と夜の町のネオンを眺めてた。