本名は8文字…「豊臣秀吉」フルネームじゃない!?名乗ったもん勝ちの“名前事情”【豊臣兄弟】

2時間前

『豊臣兄弟!』第38回より。新しい氏を「豊臣」に決めた羽柴秀吉(池松壮亮)(C)NHK

(写真8枚)

仲野太賀主演で、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長(小一郎)が、兄とともに天下一統を果たすまでを描いていく大河ドラマ『豊臣兄弟!』(NHK)。

10月4日放送の第38回「和を以(もっ)て、大和をなす」では、秀吉が自分の名乗る新しい氏を「豊臣」に決定するところが描かれたが、これはただの改名ではなかった。その狙いを探るためにも、朝廷にまつわる大変ややこしい名前の事情を、おそるおそる解説していく。


■ 新しい「氏」を考える秀吉…第38回あらすじ

郡山城とその城下町の整備などで、小一郎たちの財政は逼迫(ひっぱく)していた。郡山で誰でも自由に商いができるようにしたものの、寺社のある奈良近隣の商人たちはそこから動くことなく、商売を独占。

小一郎は郡山を、1月で多くの人が集まる土地にすると宣言し、何も変わらなければ奈良の商人たちに従うという約束をした。小一郎は新しく来た商人に資金を貸し付けたり、同じ商いを1カ所にまとめるなどの策を考える。

『豊臣兄弟!』第38回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第38回より。屏風絵を完成させた絵師・狩野永徳(片岡鶴太郎)(C)NHK

一方、関白となった羽柴(豊臣)秀吉(池松壮亮)は、朝廷の古いしきたりから逃れるため、新しい「氏」を作ろうと思案。その結果「万民を豊かにする」という思いを込めて「豊臣」という氏に決めた。

その頃、秀吉が狩野永徳(片岡鶴太郎)に依頼した、2匹の獅子が並ぶ屏風絵が完成。永徳が使ったのは、小一郎が作らせた郡山の絵筆だった。そうとは知らず、秀吉はその絵を見ながら「小一郎は達者でやっとるかのう」とつぶやくのだった。

■ 本名は8文字…「豊臣」は名字ではない!?

『豊臣兄弟!』第38回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第38回より。新しい氏「豊臣」に込めた想いを妻・寧々たちに話す羽柴秀吉。写真左から、羽柴秀吉(池松壮亮)、寧々(浜辺美波)、初(田牧そら)、江(西川愛莉)(C)NHK

木下藤吉郎→羽柴秀吉と来て、ついに「豊臣秀吉」という最終形態に行き着いた兄者・秀吉。これからはようやく「豊臣秀吉」という、一番通じやすい名前が使えるわけだ。

そして、この改名の狙いなのだけど、これが調べれば調べるほど「姓」と「氏」の関係のややこしさなど、いろいろと難しい話がいっぱい出てくる出てくる・・・できるだけその辺りをわかる範囲で、簡単にまとめていきたいと思う。

こう言うと「えっ?!」って思う人が多いだろうけど、秀吉は「羽柴」から「豊臣」に改名したわけではない。正式な名称は「羽柴豊臣朝臣秀吉」・・・この「朝臣(あそん)」って何? という話だけど、これを説明するためには、初期の朝廷のシステムにまでさかのぼらねばならない。

かつての朝廷は、有力な豪族に「カバネ(姓)」と呼ばれる称号を、位や役割などに応じて付けていた。海外の貴族における「○○侯」とか「××伯」みたいなものと思っていただけたら。「朝臣」はそのなかでも、皇族以外ではトップのものだ。

『豊臣兄弟!』第38回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第38回より。江(西川愛莉)に団子を食べさせようとする豊臣秀吉(池松壮亮)(C)NHK

しかし、平安時代に入ると、高い地位は藤原氏の独占状態となり、次第にカバネは有名無実化。代わりに鎌倉時代に入ると、官位を持たない武士たちが、勝手に自分の「名字」を作るようになってきた。

また、家の分裂が進んだ藤原氏や、地方で武士化した源氏や平氏の貴族たちのなかにも、それぞれの住んだ場所などに合わせて「近衛」や「足利」などを名字として使用するように。そして藤原氏が、昔ほどの力を持たなくなると、カバネの制度が別の形で、再び頭をもたげてくる。

結果的に、鎌倉時代以降、朝廷で一定以上の地位につけるのは、すでに「朝臣」のカバネを持っている「源氏・平氏・藤原氏・橘氏・紀氏・伴氏・菅原氏・大江氏」に限るというルールに。

そのなかでも上位の4氏は「四姓」と呼ばれ、誰であれトップクラスの地位に着くには、必ずこの氏を名乗ることになった。そのため織田信長(小栗旬)も、平氏の末裔を自称して「織田平朝臣信長」となっている。

■ 藤原氏は嫌!秀吉が考えた“ウルトラC”は…

『豊臣兄弟!』第36回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第36回より。羽柴秀吉(写真右、池松壮亮)の前に立ち上がり、養子を承諾する近衛龍山(前久)(写真右、前野朋哉)(C)NHK

そして、実は秀吉も信長同様、最初は平氏を名乗っていた。もちろん出自は百姓だが、ここは言うたもん勝ちみたいなところだ。しかし、藤原朝臣の一族である近衛家と二条家が、関白の地位をめぐって対立し、秀吉はそれを収めるために、近衛龍山(前久/前野朋哉)の猶子となって「羽柴藤原朝臣秀吉」となった。

そこで、関白・秀吉が出した“ウルトラC”は、先の「四姓」とは別に、自分が始祖となる新しい「氏」を作るということだった。

ここで第36回を思い出してほしいのだけど、この時代の摂政・関白は、現在は名字が5つに分かれている藤原氏の一族・・・通称「五摂家」で持ち回るのが通例となっていた。

『豊臣兄弟!』第36回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第36回より。1985年7月、京・妙顕寺で関白に就任した羽柴秀吉(池松壮亮)(C)NHK

なので、秀吉も近衛家にいる以上、一定期間を過ぎたら、次の摂関家に関白の地位を譲らねばならなかったのだ。しかし、自分が藤原氏と同等の地位にある独立した氏を持てば「そんなの知ったこっちゃねえ!」と、堂々と枠組みから外れることができるのである。

そういうことで、豊臣氏の爆誕により、前述の「四姓」が「五姓」になったと考えてもらったらいい。そして、秀吉は豊臣の名前を、力のある武士たちにどんどん授けることで、豊臣氏の権威を盤石にしようとする。

そのため、徳川家康(松下洸平)や前田利家(大東駿介)などの主だった大名は、実はほぼもれなく「豊臣氏」を名乗っているのだ。しかし意外にも、秀吉に忠実な石田三成(松本怜生)は、豊臣氏を称した記録はない。

■ 「豊臣」発明でわかる“革命家”っぷり

『豊臣兄弟!』第38回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第38回より。新しい氏を何にするか悩む羽柴秀吉(池松壮亮)と妻・寧々(浜辺美波)(C)NHK

そして「羽柴の名字、どうなった?」問題だけど、これは「完全に使わなくなった」と「ちゃんと残ってた」というのが、どちらとも言えないそうだ。

しかし、この「姓」「名字」「氏」の大変ややこしい関係性を考えると「非公式な場ではこれまで通り羽柴だけど、公式には豊臣」みたいな使い分けをしていたような気もする。結婚で名字が変わった人が、混乱を避けるために、職場では旧姓で通してる・・・みたいなことが起こっていたのではないだろうか。

本当にこの「姓」「氏」「名字」がどのような役割を果たし、どの順番で記されていたのかというのは、とにかく事情が入り組みすぎていて、ちょっとここまで文章を書いても、どこまで正解なのか自信がない(笑)。

『豊臣兄弟!』第1回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第1回より。天下統一した後の主人公・豊臣秀長(仲野太賀)(C)NHK

とりあえず、今後のドラマを理解するうえで覚えておいた方がいいのは、秀吉が「豊臣」の氏を作ったことで、朝廷の仕組みをガラリと変えてしまったということ。そして、まもなく秀長も「羽柴豊臣朝臣秀長」となり、それによって大納言という高い地位を得ることになる、ということぐらいだろう。

何百年にも渡って作り上げられた朝廷の古い制度を、秀吉がわずか1年ほどですっかり塗り替えてしまったことを、この豊臣姓下賜の一件だけでも見て取れた。実は武力による天下一統よりも、こちらの事実の方が、彼が本当に新しい国造りを目指した革命家だったことを強く感じてしまう。

もし、彼にしっかりとした跡継ぎがいて、もう少し長生きしていれば、もしかしたら天皇制すら、どこかの時点で終わっていたのかも・・・とまで思える。

◇

大河ドラマ『豊臣兄弟!』はNHK総合で毎週日曜・20時から、NHKBSは18時から、BSP4Kでは12時15分からスタート。10月11日放送の第39回「茶々の本心」では、秀長が秀吉に、後継者となる実子を設けられる新たな女性を娶るように提案するところと、徳川家康が石川数正(迫田孝也)の説得を振り切って、秀吉に対抗しようとする姿が描かれる。

文/吉永美和子


【動画】本名8文字…「豊臣秀吉」のフルネーム

【コメント全文】間宮祥太朗、出演を直談判

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