谷垣健治監督「ドニー・イェンには、最高か最悪しかない」
「ドニーは、上司としては最悪ですけど、クリエイターとしては強い」
──今回の作品は、ずいぶん時間も手間もかかってますね。
2017年の終わりから撮りだして、2018年の5月になって工場の試験場が空くのを待って最初のカーアクションを撮って、それからいろんな追撮をして、それで8月くらいにはお金が無くなってて。
最後は僕と助監督ともう一人のスタッフで、同じウォン・ジン(王晶、本作のプロデューサーであり長年にわたり香港映画のヒットメイカーであり続ける監督)の会社の現場があったんで、そこに行って撮りました(笑)。
──ある意味、ウォン・ジンの現場とは思えない(笑)。
竹中直人さんが轢かれるところがあるでしょ。撮ったのはそのカットなんですけど、あれ3つのレイヤーから出来てて、まずは新橋の背景、そしてバンが横切るカット、そして竹中さんが吹っ飛ぶカットの3つです。
坊主の助監督が竹中さんにそっくりだったんで、コート着させてもう一人がバンに見立てたグリーンのマットをバーンってぶつける。それで僕がその瞬間に助監督がつけてるカツラを釣り糸で引っ張ってポーンと外すっていう(笑)。それを合成します。結局ね、どれだけスケールがデカかろうが、最後は数人の作業なわけです(笑)。
──それでもすごいなぁ。いつもそんなに贅沢ですか? 香港映画の現場って。
ドニーがいるとそうなります。彼は作る欲求に忠実というか、「それ要るやろ」ってことになると、いろんな事情はあっても自分が撮りたいものの理想に近づけようとしますよ。だから、というわけでもないですけど彼は毎日言うことが変わるんですよ。
今日撮って「これが最高や!」ってなっても次の日に「あれは最悪や!撮り直さなアカン」となって(笑)。白か黒かなんですよ。最高か最悪かしかないんで、あんだけ昨日素晴らしいって言ってたやつが、彼の中で今日は全否定になって全部やり直しとか。上司としては最悪ですけど、クリエイターとしては強いなと思いますね。僕が同じことやったら即クビでしょうけど(笑)。
──なるほど、それで今回もエンドクレジットで作品中にないシーンが山ほどあるんですね。あれはまさに気が変わるドニーのなれの果てですか?
なれの果てです(笑)。
──例えばドニーがダンスしてたり。
あれは銀行強盗をやっつける妄想のシーンがあったでしょう? やっつけたあとでドニーがダンスがしたいって言い出して。きっと前の晩に『ラ・ラ・ランド』とか見たんですよ(笑)。
で、みんなが銀行強盗やっつけてワーッとなって、ドニーが「イェ~イ」となって踊り出す。それはそれで面白かったんだけど妄想としては長すぎる(笑)。このためにドニーは1日ダンスを練習したんですけどね。でもそれはそれで景気の良いハッピーなシーンなんで、最後に入れておこうかなと。ほかにも撮ってはいたんだけれどもカットしたのはいっぱいあります。
──そういう流動的な映画作りが香港映画の魅力でもあるんだろうけど大変ですね(笑)。
これほど特殊な例は香港でもそうそうないですけどね。あ、でもそれと同じような感じがウォン・カーウァイ(王家衛)とやったときもありましたね。彼も監督としてあれだけの経験値がありながら、それを全く活かさない。それを良しとしない。あんだけ作品を作ってて、あんだけ経験あったら、「ここはこう撮ればいいんだよ」と言えるところを、今日仕事始めたのか?ってくらいの一生懸命さでやるんですよ。
4年ぐらい前かな、トニー・レオンと金城武で撮った映画で僕がアクション監督をしたのがあるんですよ(註:『擺渡人』2016年)。ウォン・カーワイは監督ではなくプロデューサーで、だけども「ここのシーンは監督よりも俺が撮った方がいい」って言い出して、突然演出しだしたんです。
金城さんが「やー!」ってテーブルに足を突っ込んで折れるってシーンなんですけど、ダミーの足がどうやったら面白くなるかってああでもないこうでもないって必死にやってるんですよ。あのウォン・カーワイが(笑)。だから、ドニーとウォン・カーワイは割とそういう感じが似てますね。そこがすごく面白いところでもあるし大変なところでもある。
──いい意味でも、迷惑な意味でも(笑)アマチュアリズムを残しているというか。
ウォン・ジンは今回、役者としても出てますけど、かなりドニーがコントロールしてくれましたね。ウォン・ジンってちょっと下品なコメディが好きじゃないですか。それは彼のいいところでもあるんですけど、彼がちょっとでもそんな演技すると「今回はそういう映画じゃないから、それはいらない」って。
「ウォン・ジンさん、今回はあなたはシリアスにすればするほど好感度が上がる。あなたのスタイルは30年前ならそれで良かったかもしれないけど、今は古いから。お客がそれを見たら笑うどころか幻滅するんで止めておいた方がいい」と。僕が言いにくいことを全部言ってシャットアウトしてましたね。
──あんな大ベテランによくそこまで(笑)。でも今回は役者として活きてますもんね。
髭生やしたりして、ちょっとウォン・ジンらしくない誠実な感じを出してね。それに奥さん役のテレサ・モウ(毛舜筠)が素晴らしかった。
「ウォン・ジン相手に私はどう芝居したら良いのか分からない」って言ってましたけど。彼女は真面目でね。すごく質問してくるんで、僕もそこまで考えてないときは適当に答えましたけど(笑)。でも楽しんで演ってもらって正解に近いことが多かったし、感情の引き出し方もすごかったですね。
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