また史実無視?初めて見るパターンの“明智の末路”…実は、ありえなくもない!?【豊臣兄弟】

2時間前

『豊臣兄弟!』第29回より。敗戦が濃厚となり、坂本城に戻る決心をする明智光秀(要潤)(C)NHK

(写真8枚)

仲野太賀主演で、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長(小一郎)が、兄とともに天下一統を果たすまでを描いていく大河ドラマ『豊臣兄弟!』(NHK)。

7月26日放送の第29回「天下への道」では、明智光秀と秀吉が、山崎の合戦後に密会していたというこれまでにないシチュエーションを実現。そのアイディアが生まれた背景と、無事に「伊賀越えキャンセル」を果たした徳川家康のこれからについて記していく。


■ 捕らわれた明智光秀、行き先は…第29回あらすじ

有力諸将を味方に付けられないまま、山城国・山崎に陣を構えた明智光秀(要潤)だったが、織田信長(小栗旬)のように、寄せ集めの兵をまとめ上げられる者がいないので、勝ち筋はあると踏んでいた。

その頃、羽柴(豊臣)秀吉(池松壮亮)は、狭い場所に一気に攻め込むのではなく、ジワジワと追い詰める策を織田信孝(結木滉星)に提案。采配を任された秀吉は、光秀を討つのではなく生け捕りにするよう、配下の者たちに命じた。

『豊臣兄弟!』第29回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第29回より。羽柴秀吉(写真左、池松壮亮)が待つ茶室に連れて来られた明智光秀(写真右、要潤)(C)NHK

明智軍は敗退し、光秀は退却中に石田三成(松本怜生)に捕らえられる。秀吉は光秀に茶を点てながら、謀反の理由を問う。

自分が織田信澄(緒形敦)を許すよう進言したために、信長が死んだと思っている秀吉の心を察した光秀は、謀反は自分一人で決めたと断言。信長ではなく、足利義昭(尾上右近)が治める世を見たかったという光秀を、秀吉はひそかに成敗。その首は、落ち武者狩りの者に届けられたことにするよう命じた・・・。

■ 秀吉&光秀の“暗黒茶会”…ありえなくもない!?

「墨俣一夜城」は、一晩で建てた城じゃなくて一日しか使わなかった砦にするとか、中国大返しではひそかに京都にいた秀長が暗躍したとか、史実のグレーゾーンを巧みに拾い上げて、「そんなバカな!」と「いや、ありえなくもない」のギリギリのラインを攻めつづける『豊臣兄弟!』。

今回もまた、史実では敗走中にみじめな死に方をしたと言われる光秀を、実は秀吉が直接手にかけていたという超展開を実現。今度こそ史実を完全に無視した・・・と思いきや、実はこれまた、絶対にないとは言い切れない話なのだ。

『豊臣兄弟!』第29回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第29回より。明智光秀(写真左、要潤)を茶室に呼び出した羽柴秀吉(写真右、池松壮亮)(C)NHK

その前に、まず山崎の合戦についておさらい。この戦は数十年前までは、大阪と京都の境にそびえる「天王山」にちなんで「天王山の戦い」と呼ばれることが多かった。というのもその頃は、秀吉が天王山の頂上を先に取ったから、戦の勝敗が決まった・・・という風に解説されることが多かったからだ。

しかし実際は、天王寺の麓の川沿いで戦いが繰り広げられたので、今は「山崎の合戦」と呼ばれるようになっている。

『豊臣兄弟!』第29回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第29回より。明智軍との「山崎の戦い」に集まった織田家臣たちに、戦略を説明する黒田官兵衛(写真右、倉悠貴)(C)NHK

兵力に大きな差がある場合は、狭い所に敵を追い込んで機動力を著しく落としてから叩く・・・というのは、兵法の基本中の基本。しかし、その作戦を武田信玄に読まれて、逆に死にそうな目に遭ったのが「三方ヶ原の戦い」のときの徳川家康だったことは、『どうする家康』(2023年)を見ていた人なら予習済みのはず。

そして、光秀もまた、軍師・黒田官兵衛(倉悠貴)がその狙いを読み切った上で戦略を立てたため、劣勢に追い込まれてしまう。この「地形を読んだ」戦い方に、「金ヶ崎の退き口」のときの竹中半兵衛(菅田将暉)を思い出した。

『豊臣兄弟!』第29回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第29回より。石田三成が率いる軍勢に取り囲まれる明智光秀(要潤)(C)NHK

敗戦後、光秀は領地の坂本に引き返そうとしたが、その途中の京都と滋賀の境目付近で侍ではなく百姓に殺されたと言われている。身分的にはかなり格下の者に命を取られるなんて、当時の武将の感覚としては相当屈辱的だっただろうし、自分の首をいかにも身分がある人間のように扱ってほしいと、リクエストしたという話も伝わっている。

ただ、光秀が討たれたと言われている場所が、いずれも敵対勢力ではないエリアのため、この通説を疑問視する声もあるそうだ。そのわずかな可能性を突いて実現させた、秀吉と光秀の暗黒茶会。光秀の最期としては、トップクラスで印象に残るものになったのは間違いない。

■ 徳川家康、裏で泥沼へ…関ヶ原まで続く因縁

『豊臣兄弟!』第29回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第29回より。岡崎城で出陣しないことを告げる徳川家康(写真左、松下洸平)と家臣・石川数正(写真右、迫田孝也)(C)NHK

その一方、伊賀越えでひどい目に遭うことを期待した視聴者をあざ笑うかのように、どうやら平穏無事に岡崎まで逃げおおせた徳川家康(松下洸平)。秀吉が畿内まで引き返してきたという情報を入手して、さっさと仇討ちから手を引いた。

まあ今回の家康、信長のことはそんなに好きじゃなさそうな上に、天下取りもあまり眼中になさそうだから、深入りはしないだろうなあ・・・と思ってたら「じゃあ、甲斐と信濃を押さえとこうか」と考えを切り替えるのが、やっぱり狸だった(笑)。

『豊臣兄弟!』第28回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第28回より。本能寺の変を堺で知った徳川家康(松下洸平)(C)NHK

しかし、この両国がこれからとんでもない泥沼地帯となるのだから、家康は首を突っ込まない方が良かったかもしれない。武田家滅亡後の甲斐と信濃は、信長の領地となっていたが、信長の死後はあちこちで反乱が発生。

もともと戦闘民族・武田家と縁の深い領民が多いエリアだけに、織田家家臣はことごとく討ち取られたり逃げ出したりしたため、巨大な空白地帯となってしまった。そこを狙って関東の北条家と、越後の上杉家と、家康の三者が競い合う「天正壬午の乱」が勃発する。

この戦いは半年ほどで、ようやく後継問題にケリが付いた織田家+秀吉の取り成しで、北条と徳川の間で和議を結ぶことでいったんは終結した。家康は体よく甲斐と信濃をゲットできたものの、ここからしばらく好戦的な国衆たちの対応に、頭を悩ませることになる。

『豊臣兄弟!』第28回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第28回より。伊賀越えはせず、船で岡崎に帰還すると家臣たちに伝える徳川家康(写真中央、松下洸平)(C)NHK

そんな家康を、親子2代に渡ってもっとも苦しめることになる国衆が、大河ドラマ『真田丸』(2016年)で大きくフューチャーされた真田昌幸&信繁(幸村)親子だ。

昌幸は一度は家康の傘下となるものの、自分が制圧した領地をめぐって対立し、上杉家に寝返った。攻め入ってきた徳川軍をわずかな手勢で叩きのめし、そのあとの関ヶ原の合戦でも彼の息子・秀忠を撃退。そして、信繁は多くの人が御存知の通り、大阪冬の陣・夏の陣で老境の家康を容赦なく追い詰めることになる。その因縁は、すべてここから始まるのだ。

伊賀越でひどい目に遭わなかった家康に物足りなさを感じた人は、秀吉・秀長が躍進する裏で、家康が真田家にこっぴどい目に遭っていることを想像して、溜飲を下げてみてはいかがだろうか。

大河ドラマ『豊臣兄弟!』はNHK総合で毎週日曜・20時から、NHKBSは18時から、BSP4Kでは12時15分からスタート。次週の8月2日は放送休止。8月9日放送の第30回「清須会議」では、秀吉と秀長が清州城で行われる、織田家の名代を決めるための評定に参加。それぞれの思惑が入り乱れるなか、秀吉が市(宮﨑あおい)に思いがけない提案をするところが描かれる。

文/吉永美和子


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