どう考えてもおかしい…“スピード帰還”なぜ可能に?秀吉が噂した、3人目の謀反人【豊臣兄弟】

2時間前

『豊臣兄弟!』第28回より。家臣を率いて、京に急ぎ戻る羽柴秀吉(池松壮亮)(C)NHK

(写真7枚)

仲野太賀主演で、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長(小一郎)が、兄とともに天下一統を果たすまでを描いていく大河ドラマ『豊臣兄弟!』(NHK)。

7月19日放送の第28回「急げ! 秀吉」では、秀吉の「中国大返し」の成功は、秀長が秘密裏に動いていたという解釈に。また「アフター本能寺」の明暗を分ける重要人物となった、細川“幽斎”藤孝にもスポットを当てた。


■ 秀吉帰還のため、小一郎が暗躍…第28回あらすじ

本能寺で織田信長(小栗旬)を討った明智光秀(要潤)だが、その首は行方知れずとなった。森乱(市川團子)は寺を脱出し、その場に駆けつけた小一郎に信長の死を知らせて事切れた。

小一郎は吉祥(鶴田真由)の遊女屋に潜伏し、「信長は生きている」という偽情報を世間に流して、ほかの武将たちが光秀になびくことを阻止。と同時に、羽柴(豊臣)秀吉(池松壮亮)にも、あえて信長の生死を曖昧にした文を送る。

『豊臣兄弟!』第28回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第28回より。燃え盛る本能寺から脱出し、小一郎(写真右、仲野太賀)に織田信長の死を伝えて息絶える森乱(写真左、市川團子)(C)NHK

信長の生存を信じた秀吉は、即座に毛利軍と和睦を結んで京に引き返す。小一郎が信長出陣に向けて各地で軍隊を迎える準備をさせていたこともあり、わずか2日で姫路に到着した。

秀吉と合流した小一郎は、信長が死んだ真実を告げる。泣きながら取っ組み合う兄弟に、長浜から駆けつけた羽柴与一郎(大西利空)は、かつて信長が兄弟に送った一組の草履を手渡す。それを懐に入れた兄弟は、一緒に光秀を討つことを誓いあった。

■ 実際の秀吉「柴田勝家は謀反人」と噂?

明智光秀が信長を裏切った動機など、今もなおはっきりとした原因がわかっていない歴史のミステリーは数多いが、意外にもこの第28回で描かれた「中国大返し」も、なぜこんなにスムーズに秀吉が畿内まで戻ることができたのか? というのが大きな謎とされている。

あまりにもこの大移動が上手く行き過ぎたがために、「本能寺の変・秀吉黒幕説」が未だにつきまとっているほどだ。

『豊臣兄弟!』第28回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第28回より。羽柴軍との和睦交渉に応じる安国寺恵瓊(立川談春)(C)NHK

6月2日に本能寺の変が起こり、備中高松城の水攻めを行っていた秀吉がそれを知ったのは、3日の深夜頃と言われている。そこから猛スピードで、毛利方の使者・安国寺恵瓊(立川談春)と和睦の話し合いを進め、4日の午前中には城主・清水宗治が切腹して和睦成立。そこからすぐに、秀吉軍は大移動を開始した。

秀吉がラッキーだったのは、この時点で毛利方が、備中高松城を見限る方針になっていたこと。「まだあきらめないもん!」モードのままだったら、こんなにすぐに動くことはできなかっただろう。

また、もう一つのラッキーは、秀吉を妨害するような勢力がなく、むしろ協力的な人たちが多かったということだ。

ドラマでも、秀長が織田信長の宿泊準備のために、各地に前金を置いていたおかげで、食料や代わりの馬などを進んで準備してくれるという描写があったし、増水した川では、近くの農民たちが人間鎖のようになって渡るのに協力したという言い伝えも残っている。また、本能寺の変を知って反旗を翻した武将も、淡路島の菅達長ぐらいしかいなかったことも幸いした。

『豊臣兄弟!』第28回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第28回より。本能寺の変を知り、今すぐ挙兵しようとし、佐々成政(写真左、白洲迅)に制止される柴田勝家(写真右、山口馬木也)(C)NHK

そんな強行軍の合間に、秀吉は各地の武将たちに、信長が生きていると吹き込むだけでなく、謀反を行ったのは明智光秀と織田信澄(緒形敦)と柴田勝家(山口馬木也)の3人だという噂も流している。

勝家が知ったら刺されそうな内容だけど、これを聞いた毛利方が、秀吉を背後から討ったとしても、つづけてこの3人を相手にしなければいけなくなるので、追撃をあきらめたと言われているから、効果はてきめんだったのだ。そして「信長生存」の偽情報によって、多くの武将が秀吉に合流することになる。

ほとんど休みの取れない過酷な移動をしながら、大量の書状をばら撒くだなんて、あまりにもタフ過ぎる秀吉。ということで『豊臣兄弟!』では、情報戦&沿線の休憩ポイントの差配は、実はひそかに京に来ていた秀長の仕事だったという流れになった。

実際の秀長は、行軍の殿(しんがり)を務めていたとも言われているが、特に目立った動きを見せていないので、今回の主人公補正ギリギリの設定が実現できたのだろう。

■ 細川藤孝がキーパーソン、明智の命運を分けた

『豊臣兄弟!』第28回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第28回より。家臣・斎藤利三(写真左、内藤剛志)の隣で、細川藤孝からの書状を読む明智光秀(写真右、要潤)(C)NHK

本能寺の変のあと、光秀がすぐに討たれたのは、秀吉のスピード帰還もあるけれど、それ以上に味方に着く武将がほとんどいなかったのが原因だ。

光秀の与力だった筒井順慶(永沼伊久也)は、いったん味方になりかけて「やっぱりやーめた」という感じで秀吉側に着くという、かなりいけずな態度を取ったそう。しかし、一番の大誤算は、細川藤孝(亀田佳明)の協力をあおげなかったことだろう。

『豊臣兄弟!』第28回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第28回より。吉祥(鶴田真由)の京の遊女屋で小一郎が目覚めるのを待っていた、丹後宮津城主・細川藤孝(亀田佳明)(C)NHK

藤孝はもともと足利義昭(尾上右近)の兄・足利義輝に仕えており、義輝暗殺後は義昭擁立のために動いていた。その過程で光秀と出合い、どちらも教養人ということもあって意気投合。

光秀の長女・玉を、藤孝の嫡男・忠興に嫁がせるなど、実に友好的な関係にあった。むしろ藤孝が協力しなかった理由がわからないぐらいなのだが、そもそもこの藤孝さん、あまりにも正解ルートを読む目が確か過ぎる、知性派の名将なのだ。

義昭が将軍になってからも幕臣として仕えていたが、義昭が信長と対立すると、義昭が京から追放される半年前に信長の家臣となった。

この時期は、義昭に味方する勢力もまだまだ多い段階ではあったけど、光秀がプツンと心が切れて本能寺を起こしたように、藤孝も「あ、この人もう無理」と見限るきっかけがなにかあったのかもしれない。しかし、義昭の元を離れるには、これ以上はないタイミングの良さだった。

『豊臣兄弟!』第28回より。(C)NHK
『豊臣兄弟!』第28回より。小一郎の熱弁を聞く細川藤孝(亀田佳明)(C)NHK

そして、今回も光秀側に付かず、かといって秀吉軍に加わるでもなく、中立の立場を選んだというのも判断がナイス過ぎる。さらに玉を実家に返さずに幽閉すると決めたことで、彼女は明智一族殲滅(せんめつ)の嵐から逃れることができた。

強運の持ち主というよりは、教養や見識の深さをフル活用して、間違いなく正解を引くことができる人だったのだろう。

そして細川藤孝、多分出家後の「細川幽斎」という名前の方が有名だと思う。武芸だけでなく和歌や蹴鞠にも通じ、「古今伝授(古今和歌集の解釈を、秘伝として師から弟子に伝えたもの)」の資格まで有するトップクラスの文化人として、今後秀吉に重宝されることになるのだ。

関ヶ原の戦いのときは籠城戦を強いられることになるが、その才を惜しんだ朝廷が勅命で講和を結ばせたというから、まさに国宝級の扱い。ということで、藤孝の人生はむしろここからが本番なので、今後の兄弟との交流も期待したい。

◇ 

大河ドラマ『豊臣兄弟!』はNHK総合で毎週日曜・20時から、NHKBSは18時から、BSP4Kでは12時15分からスタート。7月26日放送の第29回「天下への道」では、織田信孝(結木滉星)から明智討伐を任された秀吉が、山崎で光秀と激突をする一方で、小一郎がなおも光秀に歩み寄ろうとする姿が描かれる。

文/吉永美和子


【次回予告】大規模ロケで描く“山崎の戦い”

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