50年の逃亡生活の果てに…毎熊克哉が演じた残酷なほど普通の日常

映画『「桐島です」』で桐島聡を演じた毎熊克哉(Lmaga.jp撮影)
2024年1月、驚くべきニュースが飛び込んできた。神奈川県の病院に末期の胃がんで入院していた男性が、自らを桐島聡であると名乗ったという。桐島聡は新左翼過激派集団の東アジア反日武装戦線「さそり」班の元メンバーで、1970年代に起きた「連続企業爆破事件」の実行犯として指名手配され、その後50年近くも逃亡生活を続けていた。
全国の派出所に貼られた「手配チラシ」の中で不敵な笑みを浮かべる「あの男」の顔は、誰もが一度は目にしたことがあるのではないだろうか。彼は自らを桐島聡と名乗った4日後に、病院のベッドで息を引き取った。
この報道からわずか数カ月後、桐島聡の半生をモデルとした映画『「桐島です」』の製作がスタート。メガホンをとる高橋伴明監督たっての希望で、主人公の桐島役に毎熊克哉が起用された。今回、桐島の20歳から70歳で死去するまでの人生を演じ切った毎熊が来阪。役作りと映画にかける思いを語ってもらった。

■ 第一印象は「役作りのしようがないな」
──発覚と死去のニュースが流れてから、異例のスピードで制作された『「桐島です」』ですが、最初に出演オファーを受けたときのお気持ちはいかがでしたか。
僕がお話をいただいたのは2024年5月の終わりか6月のはじめ頃だったでしょうか。第一印象は「早いな!」でした(笑)。多分これはもう「すぐ映画にしなければ」と高橋伴明監督も、製作総指揮の長尾和宏さんも、脚本家の梶原阿貴さんも思われたんでしょうね。
梶原さんは伴明監督から「(脚本を)5日で書け」と言われたとおっしゃっていました。主人公の桐島聡役でお話をいただいて、僕としては最初はびっくりする気持ちと、うれしい気持ちと、「自分に務まるんだろうか」という不安もありました。

──約半世紀にわたって逃亡生活を送りながらも「普通の日常」を送っていた桐島聡という人物。どんなふうに役作りを?
「役作りのしようがないな」というのが最初の印象でした。情報がほぼない人物なんですよ。もちろん事件の経緯については書物を読みましたけど、桐島聡は犯行グループのリーダーでもなければ、自分から率先して何かをしたわけでもない。どういう気持ちで「さそり」班の中にいたのか、というところまではわからない。実在の人物としては材料が極端に少ないんです。
ほかの人から見た桐島の印象という、ほんの少しの欠片を集めて、点と点の間の曖昧な部分を想像しました。自分がどう感じて、この映画の中でどう生きるかを考えることに集中して。でもやっぱり、いちばん元にしたのは台本ですね。
梶原さんと伴明監督が思った桐島をどう演じていくか、台本の中での「居かた」にどれぐらいの複雑な心境や要素を入れていくかを考えるのが僕の仕事だなと。役をやりながら感じていくことが多かったです。

■「そこら辺にいそうな青年の写真みたいで」逆に強烈に印象に残った
──かの有名な「手配写真」にはどんな印象を持っていましたか?
あの写真と「桐島聡」という名前だけはよく覚えていたんですよね。何か違和感があるなと思って。同じポスターに並ぶ他の指名手配写真のなかで、桐島聡だけ馴染んでいないんですよ。そこら辺にいそうな青年の写真みたいで、逆に強烈に印象に残っています。
職業柄、人の顔はよく観察するのですが、あの写真を見て悪人顔だとは思わなかったんですよ。むしろ人相がいい、という印象。僕の勝手な物差しではありますけど、そのイメージがかなり役に反映されています。

──高橋伴明監督や脚本家の梶原阿貴さんと「桐島聡像」についてディスカッションされたりは?
してないです。「お前が感じた桐島に委ねる」「どう感じたかを見せてくれ」と、言葉で言われたわけではないですが、監督は黙って僕を見ていました。伴明監督と梶原さんの思いはもう台本に込めてあって、とにかくそれを読み取るという作業でした。
僕としても、言葉での打ち合わせって、肝心なところは分からないことが多いんだなと感じました。もちろん作品によって、役によってはたくさんディスカッションする場合もありますが、今回はほぼゼロでした。
■ 残酷なほど普通な日常。台詞では書くことのできない「何か」
──「50年も逃亡を続けた爆破事件の犯人はどんな生活をしていたのだろうか」という好奇心が、映画の中の桐島の、驚くほど普通の日常とのギャップに裏切られます。数十年間続けた、朝起きて、歯を磨いて、コーヒーを飲みながら新聞を読む、というルーティーンが印象的でした。
僕はむしろ、そこがいちばん大事だと思ったんです。前半で見せる顔は桐島聡なんですけど、後半はもうずっと「ウーヤン」「内田さん」なんですよね。ひとりのときの「居かた」に「長さ」を感じさせられたらいいなと思いながら演じていました。
数十年の間、同じアパートの一室で同じ生活を繰り返した、その淡々とした生活の中での心情の変化や、台詞には書かれていない、書くことのできない「何か」というのが、この映画での重要な部分だと感じました。

──なるほど。
桐島は特別何かを装っていたわけじゃないんです。ほかの逃亡犯の例を見ると、整形をしたり、いろんな手を使って身を隠したり逃げ回ったりしていますけど、たぶんそれを桐島がやったら逆に捕まっていたと思うんですよ。あまりにも普通に、当たり前のようにそこに居続けたから、捕まらなかったんじゃないかと。桐島の日々の生活というのは、残酷なほど普通だったと思います。
──ライブハウスで知り合ったキーナ(北香那)と淡い恋愛関係になりかけますが、どこまで感情を出したらいいのかという塩梅が難しかったのでは。
僕としては「感情を出さない」という方向でやっていました。でもたぶん、出さなくても、隠そうとすればするほど逆に感情が見えてしまう。だからこそ、わかりやすくやらないように気をつけました。観ているお客さんはもう「桐島、ちょっと好意持ってるな」とわかっている。結果として桐島はキーナから逃げますけど、そこに至るまでにいろんな葛藤があるんですよね。

「自分が桐島聡だと名乗ったら同じように好きだと言ってくれるだろうか」「捕まったとしても待っていてくれるんだろうか」とか。「いやいや、そんな思いを彼女にはさせられない」「自分のような人間と関係を深めるなんてあり得ない」とか。何気なく、さらっと進んでいくシーンのなかにも、実は桐島の中にはいろんな細かい葛藤があったと思うんです。
■ 初の老け役には「特殊メイクなし」で挑戦
──70歳の桐島も見事に演じられましたが、初めての老け役はいかがでしたか。
やっぱりヘアメイクの力が大きいですね。自分ひとりの力では難しかったです。今回、伴明監督は「特殊メイクは使わない」という方針で、ヘアメイクだけでどれだけやれるのかという挑戦をしました。でもメイクをしてもらうと、自然とその顔に合う動きになってくるもので。

──高橋伴明監督の監督術はいかがでしたか。
短い一言で、何を言いたいかが伝わる人だなと思いました。伴明監督の作品に主演で携わらせていただいて、やっぱり言葉でああだこうだいうのが演出ではないんだなと、改めて実感しました。スタッフさんも、監督が何を求めているか、いかにそれを実現できるかということにすごく集中できていた現場だったと思います。

■ 桐島の内側にある、虚しさと怒り
──一見、穏やかに歳を重ねてきたかのようにも思える桐島ですが、映画の終盤では安倍元総理の演説に怒りを露わにしたり、職場の同僚の青年が差別的な発言をしたときに激怒したりと、内なる思想が表出するシーンもありました。
やっぱり桐島を演じるうえで、「怒り」というのはすごく重要な要素だと思うんです。普段はすごく普通の、優しくて真面目な人なんだけれど、奥底に怒りは持っている。ただの「いい人」じゃないんです。職場で激怒したシーンも、青年に対してキレているわけじゃなくて、自分に向けた怒りというか。
それが正しい正義感かどうかは別として、かつては世の中が良くなることを願って活動をしてきたのに、思い描いていた理想とは程遠い未来になってしまった。その虚しさと怒り。だからあの2つのシーンはとても重要だったと思います。
職場の同僚の外国人青年に「こんな国にしてしまって、申し訳ない」と謝るシーンがありますが、あれは、桐島がそれなりに歳をとったから出てきた言葉なんだろうなと思いました。30代40代のころなら、まだそんな境地にはなれない気がします。あの年齢まで行って出た「申し訳ない」という言葉だから、切実なんですよね。だから、この映画は特に、若い世代のお客さんにも観てもらいたいと思っています。

■ 桐島聡はなぜ最後の瞬間に本名を名乗ったのか
──ニュースでも報じられ劇中にも登場した、余命いくばくもない桐島が偽名の「内田洋」ではなく本名の「桐島聡」を名乗ったシーン。なぜあそこで本名を名乗ったと、毎熊さんは思われますか?
いろんな解釈があると思うんですよね。映画の流れとしては、キーナとライブハウスで共演する幻を見て、歌い終わってから名前を聞かれて、本名を名乗るというシーン。あの(恋をしていた)時、自分が桐島聡のままでいられたら、こんな一瞬もあったのかな、という見方もできます。

演じる僕としては「本名で死にたかった」と思ってやってはいないです。本名を名乗った理由を何かひとつに限定したくないというか、あまり何かの「表現」にならないように意識しました。
「ただ単に名前を聞かれたから」「さっぱりした気持ちで言った」というのが、桐島を演じて僕が感じたことです。本当のところは、本人にしかわからないですし、なぜあそこで本名を名乗ったのかは、映画を観てくださった方が余韻のなかで考えてくれたほうがいいな、と思いました。

──毎熊さんのキャリアのなかで、この『「桐島です」』という映画はどんな存在になりそうですか?
(※インタビューをおこなった2025年5月時点では)果たしてどれだけの人に観にきていただける映画なのかというのは、まだ全然わからないんですけど、ひとりの男を追い続ける映画で高橋伴明監督とご一緒できて、僕にとってご褒美みたいな作品でした。役者になって18〜19年ですが、続けてきてよかったなという思いです。
取材・文/佐野華英 写真/Lmaga.jp編集部
【プロフィール】
毎熊克哉(まいくま・かつや)
1987年、広島県福山市出身。東京フィルムセンタースクールオブアート専門学校(現・東京俳優・映画&放送専門学校)映画監督科コースを卒業後、『TIC-TAC』(2010年)で舞台初主演。初主演長編映画『ケンとカズ』(2016)で毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞ほか数々の映画賞を受賞。以来、インディペンデント系からメジャー作品まで幅広いジャンルの映画に出演し続ける。ドラマでは連続テレビ小説『まんぷく』(2018)、大河ドラマ『光る君へ』(2024)、『相棒23』(2025)など話題作に出演。今年2月には主演映画『初級演技レッスン』が公開された。
映画『「桐島です」』
2025年7月4日(金)より全国公開中
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