学芸員の企画とリサーチが光る…兵庫で「藤田嗣治✕国吉康雄」の2人展

10時間前

『藤田嗣治×国吉康雄:二人のパラレル・キャリア―百年目の再会』会場風景より

(写真8枚)

見どころたっぷりの展覧会だ。日本でとても人気が高い画家・藤田嗣治に加えて、同時期に活躍した国吉康雄を時系列に並べてみせた展覧会がスタート。両巨匠の代表作が集まっている上に、気になるトピックがふんだんに盛り込まれているのだが、これが「兵庫県立美術館」(兵庫県神戸市)の単独開催というから贅沢だ。

そもそも、会場となる「兵庫県立美術館」の林洋子館長は藤田嗣治の研究者として知られ、没後50年で開催された大規模な回顧展で監修を務めてもいる。そして、2023年から「兵庫県立美術館」館長に就任した彼女が渾身の企画として温めてきたのが本展なのだ。

ほぼ同世代にして、同時代に日本国外へ移住して制作を続けてきた作家でありながら、不仲説などもあって、過去にいちども実現しなかったという本格的な2人展。なにより、藤田嗣治に比べてそこまで日本で光が当たることの少なかった国吉康雄の作品がまとめて見られるのもうれしいかぎり。なんてったって絵がいいのよ!

■ 絶妙に交差する2人の人生

展覧会の構成は、第2章「1922年から24年:異国での成功」、第8章「1949年ニューヨーク:すれ違う二人」といった具合に、わかりやすく時系列順に(章題もドラマチックだ)、できるかぎりで2人の作品を並べて見せつつ、それぞれの画家としての人生についても触れるもの。

2人が滞在していた100年前のパリで、ニューヨークで、あるいは一時帰国した日本で、何度か出会ったりすれ違ったりしている2人だが、これまで2人には不仲説があったよう。…なのだけれど、本展に向けて徹底したリサーチが行われたことで、そのあたりの事情やそれぞれの考えなどについても、最新の研究成果を反映した形で紹介されている。

そもそも展覧会の陰には学芸員の研究やリサーチが含まれているものだが、本展覧会はそこがわかりやすく前面に押し出されていて、ひとつの見どころになっている。

1939〜40年、ほとんど同時期に描かれたふたりの静物画が並ぶ第5章。静物画にして生きたネコやシジュウカラも描きこんだ藤田嗣治《猫のいる静物》と、なんとも不思議なバランスで成立させた国吉康雄《逆さのテーブルとマスク》
右から1939〜40年、ほとんど同時期に描かれたふたりの静物画が並ぶ第5章。静物画にして生きたネコやシジュウカラも描きこんだ藤田嗣治《猫のいる静物》と、なんとも不思議なバランスで成立させた国吉康雄《逆さのテーブルとマスク》、1938年の国吉康雄《椅子の上の写真と桃》
書簡やスケッチブックなどの資料も数多く出品されて、リサーチの厚みを裏付ける。資料といっても、たとえばこちら、藤田嗣治によるいきいきとしたタッチが見もの
書簡やスケッチブックなどの資料も数多く出品されて、リサーチの厚みを裏付ける。資料といっても、たとえばこちら、藤田嗣治によるいきいきとしたタッチが見もの
国吉康雄がアメリカ中西部を旅行したときのスケッチブック。鉛筆1本でのあまりに見事な表現に、会場では他のページもスライド画像で紹介
国吉康雄がアメリカ中西部を旅行したときのスケッチブック。鉛筆1本でのあまりに見事な表現に、会場では他のページもスライド画像で紹介

■ 推し画家として国吉康雄が急浮上!?

個々の作品に目を向けると、藤田嗣治であれば、乳白色の下地による女性像、猫モチーフの絵、作戦記録画といった代表作はもちろん、近年、国立西洋美術館に寄贈されたという藤田がプライベートな折に描いた親密なタッチの《足》《犬》のような、ほぼ初展示という作品もあり。

一方、対比する国吉康雄の作品は、背景の床や地面までもが厚みのある絵肌と独特なタッチと構図で見る者を引き付けるのだが、展覧会でも紹介される国吉の人生を簡単に振り返っておこう。

16歳で労働移民として単身アメリカに渡り、季節労働などに従事する中で美術と出会い、独自の表現で評価を高めていくが、太平洋戦争が始まり、敵性外国人の立場に悩みつつ制作。戦後は、ホイットニー美術館でアメリカ人作家を差し置いて現存作家として初の個展を開催。そして、アメリカ国籍取得中の1953年に亡くなっている。

力強い作品とともに激動ともいえるその人生を知れば、国吉康雄の人気がそこまで高くないのが不思議なほど。本展はそんな国吉康雄の名を知らしめるという点でも絶好の機会になりそうだ。

左は宙に浮くような不思議な構図の国吉康雄《茄子》。右は藤田嗣治がパリのサロンに出品した《砂の上で》。国吉もそのサロンに足を運んでいる(別の画家の日記から判明)ため、国吉も目にしたはずの作品
左は宙に浮くような不思議な構図の国吉康雄《茄子》。右は藤田嗣治がパリのサロンに出品した《砂の上で》。国吉もそのサロンに足を運んでいる(別の画家の日記から判明)ため、国吉も目にしたはずの作品
右は日本に一時帰国した後に国吉が描いた《日本の張子の虎とがらくた》。左は《椅子の上のロールパン》
右は日本に一時帰国した後に国吉が描いた《日本の張子の虎とがらくた》。左は《椅子の上のロールパン》

さまざまな理由から国外へ出た「移民」については、近年、関連する書籍やレポートなどが数多く生まれいるが、美術の領域においても「移民作家」への注目は国内外で高まっているのだそう。

日本出身にして、国外で確固たる足場を築いた2人にスポットを当てる、今回の『藤田嗣治✕国吉康雄』は、そんな日系移民に目を向ける大きな一歩でもある。ただ、同じ移民といっても実はふたりのスタンスはかなり違っていて、それは絵にも表れているという話も。そのあたりは実際の展覧会会場と充実した図録で確認してほしい。

藤田の大作2点が並ぶなど、もちろん藤田嗣治ファンにとっても垂涎の展覧会
藤田の大作2点が並ぶなど、もちろん藤田嗣治ファンにとっても垂涎の展覧会
中山岩太《ポートレイト(藤田嗣治)》1926-27年 中山岩太の会蔵 © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 E5974
中山岩太《ポートレイト(藤田嗣治)》1926-27年 中山岩太の会蔵 © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 E5974

『藤田嗣治×国吉康雄:二人のパラレル・キャリア―百年目の再会』は8月17日まで。入館料は一般2000円ほか。

取材・文・写真(一部提供)/竹内厚

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