余白で表現する伊藤ちひろ監督「答えが無いものに魅了される」
行定勲監督の大ヒット映画『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)のほか、「堀泉杏」名義で『ナラタージュ』(2017年)、『窮鼠はチーズの夢を見る』(2020年)などを手がけてきた脚本家・伊藤ちひろ。行定監督の右腕として業界内では知られた存在だが、そんな彼女が映画監督としてデビューを果たした。
King Gnu・井口理を主演に迎えた映画『ひとりぼっちじゃない(2023年)がこの春公開されたばかりだが、第2作目となる坂口健太郎主演の『サイド バイ サイド 隣にいる人』が早くも完成。来阪した伊藤ちひろ監督と行定勲プロデューサーに、評論家・ミルクマン斉藤が話を訊いた。
取材・文/ミルクマン斉藤
◆「行間を読み取るような物語が好き」(伊藤監督)
──今回の『サイド バイ サイド 隣にいる人』ですが、前作の『ひとりぼっちじゃない』と比べても、より伊藤監督の作家性が表れたように感じました。最初は霊というか念というか、不思議な能力をもつ青年・未山(坂口健太郎)の物語として話が進んでいきますよね。でも、いつしかまったく違うストーリーになっていきます。
伊藤:たしかに、途中から人間の話になりますよね。
──こういう物語の転がし方って、脚本家としての伊藤さんにはあまり無かったと思うんですが、この発想はどこから来たんですか?
伊藤:書いてたら自然にそうなっちゃったんですよね。主人公・未山は坂口健太郎さんで撮ると決めていたんで、彼のもってる特殊な雰囲気を活かせるキャラクターってどんなのかな? と考えているうちに、だんだん欲のない人間になっていきました。
──未山は、その不思議な力でなにかしら悩みをもっている人やトラウマを抱えた人を癒やしていくわけですね。
伊藤:そうです。他者の欲はとても敏感に感じるので、全部吸い付けちゃう人だったらどうなるかなと。そんな人間を描いていたら、生きてる人も死んでる人もくっついてくるキャラクターになっちゃったんです。
──なるほど、だから生き霊も自然に出てくるわけですね。本作は説明を意図的に排除しているように感じましたが、実際のところどうだったんですか?
伊藤:たとえば未山のキャラクターにしても、人と向き合いきれずに逃げてしまったということが大事で。あまりに未山を細かく説明していくと、未山という人間性がポコンと出ちゃって、この映画の世界観も崩れちゃうんです。
──莉子の食事のプレートはなぜ、白と別のものに分けられるのか。偏食家という俗な考え方もできるけど、どうもそればかりではない感じもする。そういったように、本作を観てるといろんなことを想像させられるというか。
伊藤:そうですね、全体的に衣装とか美術もそうですけど、光の使い方とか、全体をデフォルメしてる映画だと思っているので。あれに関しては私、ちゃんと莉子の背景を齊藤飛鳥さんに話してるんですよ。なんで白いものしか食べないのかもですし、劇中で明かされてないことも伝えてます。
──公式サイトでは「マジックリアリズム」(日常と非日常が融合する芸術表現)と書かれています。この言葉からは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスとかフリオ・コルタサルといった作家の、リアルとファンタジーが混在する南米の小説群を想起させます。
伊藤:ちょっと寓話的で余白があって、行間を読み取るような物語が好きなんですよね。今回も最初のイメージではオスカー・ワイルド(アイルランドの詩人、作家)の『幸福な王子』のような絵本的なキャラクターを最初はイメージしていました。
──ああ、なるほど。
伊藤:物語も人物を掘っていくのではなく、人との繋がりだったり、漂うものたちと共存していくみたいな「距離感」をテーマにしたかったんです。その加減が難しくて、急に生々しくなっちゃうと、神秘性とか世界観が失われちゃうと思って。
──いわゆる、観た人に判断を委ねる「余白」ですよね。でも、今の日本の映画は、説明的なセリフ、シーンが多い傾向にあります。テレビのテロップもそうです。その過剰な説明は、個人的にはどうかなぁと思うんですが、今は明確な答えのない映画に戸惑われる人も多いかもしれません。
伊藤:それは、『ひとりぼっちじゃない』のキャンペーンをやっていたときにすごく感じました。日本の観客って答えを欲しがるし、自分のなかでちゃんと整理がつくものが好きですよね。思っていた以上にみなさんそうなんだなぁと。私はそういった映画より、映画を観た人たちと「あれはそう、これはどう?」って話し合う時間も含めて楽しむ、というのが根底にあるんで。
映画『サイド バイ サイド 隣にいる人』
2023年4月14日公開
監督:伊藤ちひろ
出演:坂口健太郎、齋藤飛鳥、浅香航大、磯村アメリ、市川実日子
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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