結成50年ザ・ぼんち、再結成で交わした「3つの約束」

2022.4.1 19:15

2022年でコンビ結成から50年を迎えた、お笑いコンビ・ザ・ぼんち(左からぼんちおさむ、里見まさと)

(写真4枚)

2022年で創立110周年を迎える吉本興業。その長い歴史のなかで、お笑いコンビとして唯一、1万人越えのキャパシティをもつ「日本武道館」(東京都)で単独公演を成功させたのが、里見まさと・ぼんちおさむからなる「ザ・ぼんち」だ。今回は1972年のコンビ結成時から紆余曲折の「漫才人生」について、話を訊いた。

取材・文/田辺ユウキ

■「最初は勢い任せ、翌日から状況が一変した」(まさと)

人気が出たキッカケとなった番組『THE MANZAI』について、「あの当時、漫才をアルファベットを使ってやるなんて、誰も思いついていなかった」と振りかえったまさと

──ザ・ぼんちは1980年、『THE MANZAI』(フジテレビ系)の第1回放送で漫才を披露したことを機に、国民的な人気者になりましたよね。「奇跡の8分間」と言われていますが。

まさと「放送中は勢いに任せてやっていましたけど、翌日から世の中の状況が変わりました」

おさむ「でも漫才をやっていたあの8分間は、舞台上でも良い感触はあったんです。僕らが投げる球を、お客さんが全部打ち返してくれるような。まるで甲子園の歓声みたいでしたから」

──以降、漫才師としてはもちろんのこと、歌も発売されて大ヒット。漫才師として唯一、「日本武道館」での単独ライブを実現させています。ただ公演後の記者会見では、「ここからはコツコツと漫才やっていきます」とおっしゃったとか。

まさと「相棒(おさむ)が言ったんですが、素晴らしい言葉ですね。そうやって武道館で曲を歌わせてもらいましたけど、自分らはやっぱり漫才師という形は変えられないですから」

おさむ「武道館のときのようにお客さんが1万人だろうが、100人だろうが、1人だろうが、僕らの漫才を見て喜んでもらえたら、それが一番なんです。漫才でお客さんに笑ってもらって、日常の嫌なことをちょっとでも忘れてもらえたら、『ええことしたかも』とうれしくなるんです」

──一方で、漫才ブームは1980年から2年ほどで終えんを迎えましたね。

まさと「誰もが手探りでやっていましたからね。B&Bさんも、紳助竜介(島田紳助・松本竜介)さんも、みんな。それに先輩たちの姿も見てきたから、『漫才人気なんていつかなくなるもんや』と早くから考えていました」

おさむ「あと漫才ブームのときって、オチにいくまでにお客さんが大爆笑しちゃっていてね。何なら、舞台に出てきた瞬間からもう笑っていた。漫才って、話を何度も食っていって笑わせるもの。でもその前に笑われていた。『僕らがやりたい漫才ができなくなってきている』となりました」

まさと「自分たちでは『このネタは良くないないかもしれない』というものでも、大爆笑になったりして」

おさむ「漫才としては一番、アカンことなんですよね。でもそれがブームってこと。一過性で終わることも早くから分かっていたけど、当時は忙しすぎて、何の手も打てずに立て直せませんでした」

■「再結成の話をもらい、『ちゃんとできるかな』と不安に」(おさむ)

「舞台でウケたら、次に見せようと思ってたものをナンボでも出してしまう。そうしないと気がすまないから。お客さんに笑ってもらうのが一番うれしくて幸せですね」と語ったぼんち

──1986年、まさと師匠から伝える形でコンビ解消に。おさむさんは役者、まさとさんは解散から3年後に亀山房代さんと漫才コンビ「さとみまさと・亀山房代」を結成します。

まさと「最初におさむさんと漫才をやっていた13年、亀山さんとやった12年、そして2002年に再結成してからの20年。3つの漫才を経験しているけど、どれも違うものですね。50歳のときにザ・ぼんちを復活させて、おさむさんと漫才をやったとき「昔はこのネタはもっとウケていたのに」ということが多々ありましたから。亀山さんとやったときもそうでした。時代の変化もあるけど、相方が変わると漫才はまったく違うものになるんです」

おさむ「漫才ってそう簡単にできるわけじゃないですからね。再結成の話を相棒(まさと)からもらったときも、『ちゃんとできるかな』と悩みましたから。ただ『もう一度漫才をやるなら相棒しかおらん』とは思っていました。即興漫才ならほかの人とでもできる。でもコンビとしてずっとやっていくなら、まさとくん以外とはできない」

──でもまさとさんが、おさむさんのご自宅へ再結成の話をしに行ったとき、話が進まなかったそうですね。

おさむ「本当にできるかな、と疑心暗鬼でしたから。そういう状態で答えを出すのは失礼じゃないかなって。そして相棒が玄関を出たとき、妻と息子から『人の話は真面目に聞かなあかん。まさとさんの気持ちが分からんのか』と言われたんです。『踏ん切りがつかんのや』と答えたら、妻と息子が走って外に出て行って、まさとくんがタクシーに乗りこむ瞬間『おさむをよろしくお願いします』と伝えたんです」

まさと「おさむさんのご家族は、ほんまにいろんな協力をしてくださいました。感謝しかありません」

おさむ「まさとくんが帰ったあと、僕は家で怒られたんです。『酒に酔うてばっかりやなく、ちゃんと喋らな!』と。『そうやけど、家族も食わせてアカンから不安やったんや』と話したら、『何を言うてるの』って」

──まさとさんの著書『おおきに!漫才〜人生は何歳からでもやり直せる〜』(2013年)には、再結成のときにおさむさんと3つの約束事をしたと書いていました。「毎週決まった時間に稽古する」「ネタの決定権を半年ごとに交代する」、そしてもうひとつは「今は言えません」と。最後のひとつは何なのでしょうか。

まさと「いやぁ、つまらんことですよ。仕事先で若い営業のマネージャーさんが来ると、僕らとの年齢差もあって喋りづらいじゃないですか。しかも僕は、相棒とは普段そんなに話さない。だってコンビ解消から再結成まで16年も空いていたわけだし。今になってお互い、アレコレと言うこともないんです」

おさむ「そら、そうやな」

まさと「でも若いマネージャーさんって、僕らのそういう空気感を見るときっと気を遣うはず。若い人に、気持ち良く仕事をしてもらいたいじゃないですか。だからおさむさんには、『人前や芸人仲間がいるときは、しょうもないことでも良いから何か話をしよう』って。『最近、テレビは何を観てるん?』とかね。つまり、周りをうまく騙しましょうってこと。それが3つめなんです」

──すばらしいお話ですね。

■「僕たちは寄席小屋からスタート、これからも続けてほしい」(まさと)

インタビュー中には、「舞台にはまだまだ立ちたい」と意欲を見せた

──最後に、お2人はコンビ結成時から50年、吉本は110周年を迎えましたが、これから期待することはありますか。

まさと「吉本はすごく大きい会社になってもうたからね・・・。でも、どうなっていっても良いから寄席小屋はいつまでもやっていてほしいと、それだけです。僕らは70歳だし、いつまでも出られるわけじゃない。でも、本分はそこからスタートしたんでね」

おさむ「昔みたいにちょっとだけ隙があって、アホなことを言い合えたファミリー的な雰囲気が懐かしく思ったりはします。でも、今は今でめちゃくちゃ楽しいです。ザ・ぼんちとして何年やっていけるかは分からないけど、やっぱり「なんばグランド花月」はいつまでも憧れの舞台。アカンようになるまで、1度でも多くそこに立ちたいですね」


ザ・ぼんちも出演する、吉本興業の創業110周年を記念した特別公演『伝説の一日』まであと1日。4月2日・3日に「なんばグランド花月」(大阪市中央区)で1日4公演おこなわれるが、チケットはすべて完売しており、いずれもオンライン配信される。配信は各公演単券2400円、1日通し券9000円で発売中。

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