稲垣と二階堂の『ばるぼら』、「リアルではなく摩訶不思議に」
「ドイルさんは、普通やらないようなことをへっちゃらでやる」
──美術の磯見俊裕さんとか、音楽の橋本一子さんとかは常連ですもんね。そんななかでドイルさんは今回初参加なんですけど、彼はいかがでしたか?
もちろん僕は彼の現場をずっと知っているわけじゃないんですけど、ひとつには国際的な見方でちゃんと現場をやれる人なんですね。逆に言うと、日本のやり方がここは違うんじゃないかということも指摘してくれるんですよ。確かにそこは変えた方がいいね、ということもあるんです。
もうひとつには彼はアーティストで、自分なりのやり方というのがあるんですよ。これは世界のどこにも通用しない彼のやり方なんです。その両方を持ち込んでくる。スタッフと衝突することはあったんですけれども、結果的には彼に任せておけば大丈夫だという感じですね。
──彼の撮影には個性があるけど、割とそれぞれの監督のクセに合わせた撮り方してますもんね。
そうです。監督にすごく合わせるようですね。でも海外でいろいろ話を聞いてみたら「ドイルは気が合わない監督だと2日目でいなくなるからね」って。
今回一緒にやっているドイツ人のプロデューサーも一回ドイルさんと組んだことがあるけど、その時も2日目で現場にいなかったって。それはすごく短い作品で、3日間で撮影するという話だったのに3日も耐えられなかったそうで(笑)。
──あはは、いかにもな彼らしいエピソードですが。
でも案外、監督の言うことをちゃんと聞いているんです。ただ聞いてないフリをしている(笑)。そこが面白くて、僕は部分的に絵コンテを描いたんですね、ここはこういう風に撮りたいって。でも手にも取らずに「ああ、ああ」みたいな感じでほとんど見ないんですよ。
で、まったく違うことをバ~って言う。彼の茶目っ気なのかどうか判らないけど、到底そんなことをやったらぶち壊しになるようなアイデアも言うんです。で「世界のクリストファー・ドイルがそう言っているんだから」って真に受けたスタッフがそのセッティングを始めると「おいおい、今のは冗談だ」って、現場ではコンテ通りにやってくれる(笑)。
「監督が言うことが一番正しいんだ」って。でも、そうやっていろいろブレストしているんですね、おそらく。「ちょっとでも監督がインスピレーションを得て良いアイデアを思いつけるんだったら、そのために僕はいくらでもしゃべりますから」と。
──そういうところから彼なりの自由な空気が画面に表れるんですかね。
でも根は真面目なんですね。準備段階の脚本を送ってあったんですけれども、東京に映画祭で来ていたとき、一度お会いしましょうと。で、ホテルのロビーでお会いしたら、その脚本を元にした撮影メモのファイルをひとつ作っていらっしゃって。
5センチくらいの厚みがあるのをドンって置いて「いま検証しているんだけど」と。見ると全部の場所に赤線が引いてある。「ここはどうしよう。いくつか君に質問したいことがある」と。いや、これまだ出演者も決まってないし、作るって決定したわけでもないんで、今そこまで細かい話をされても絶対に台本も変わると思います、って言ったら「あ、そうなの」って感じで。
もうそんなに勉強されたんですね、って言ったら「いやいや、気にしなくていいよ」って。真面目なんですね。その真面目さと勉強の量というのは撮影を始めてからも判ったんですけれども。ほとんど寝ないんです、撮影中は。食べ物も食べないです。
何を食べてるの?って聞いたら「チーズ」って。だからすごい痩せてるんですよね。食べてる途中でもアイデアが浮かんだらぱーっとどこかに行っちゃうんですよね。最後まで食べようとしないんですよ。
──すごいなぁ(笑)。
すごいんですよ。
──共同カメラマンとして蔡高比(ツォイ・コービー)って名前がありますが。
あれはドイルさんが一緒によくやっている女性のカメラマンで。助手というよりもパートナーみたいな感じですかね。彼女も優秀で、ドイルさんが違うものを撮っている時はコービーさんが撮ったりとか。
ほとんどは常に2台のカメラで撮っていて、2台目は彼女が担当していた。でもやっぱりね、画を見るとドイルさんの方がセンスが良いんですよ。彼はやっぱり特別ですね。
普通はやらないようなことをへっちゃらでやるんですね。例えば、ナイトシーンでわざとカメラに写るところに照明を置くんです。それ映っちゃうんじゃないかなと思って画面を見たら、照明機材に見えないんですよ。とうぜん照明にカメラを向けるとフレアが入ってくるんですけれども、それも全部活かすのですごく綺麗な映像になってくるんですね。よく分かってるな、あの人。
街を撮る時でも、いいところにビルがなかったりすると、「その辺に照明立てておいて」って。で、その照明を入れると何かそこに建物があるように見えるとかね。なんかそういうマジックをいっぱい見ましたね。日本のスタッフはみんな「は~」ってなって。
──やっぱりほかの撮影者にはない、独自のテクニックを習得してるんですね。
最初に出てくる地下道は蛍光灯なんですけど、日本の撮影監督さんだったらその蛍光灯をどう活かして撮るかって話になるんだけど、ドイルさんは「その蛍光灯、全部はずして消してくれ」と。真っ暗な状態にして、外から強いライト1灯をポーンと突っ込んで、これでOKって。
すごい大胆なんだけど、でも美しいんですよ。いちばん彼が実力を発揮するのはロケですね。セットはセットとして普通のカメラマンらしく撮るんですけど、風景はいろいろ撮影しにくい条件があるじゃないですか? それのクリアの仕方がすごいですね。
──でもとてもフィクショナルな秘密結社的の結婚式のシーンも、彼らしいライティングと色彩で。ちょっとキューブリックの『アイズ ワイド シャット』を思い出しましたが(笑)。
あ~、そうですね。みなさんにそう言われるんですけれども、そこは原作通りなんですよ。まあドイルさんは自分に何を求められているのかがよく分かっているから、そういう映像は撮ってやるよって感じですね。余裕ですね、そういうところが。
『ばるぼら』
2020年11月20日(金)公開
監督:手塚眞
原作:手塚治虫『ばるぼら』
撮影監督:クリストファー・ドイル
出演:稲垣吾郎、二階堂ふみ、渋川清彦、石橋静、美波、渡辺えりほか
関西の上映劇場:シネ・リーブル梅田、シネマート心斎橋、なんばパークスシネマ、京都シネマ、MOVIXあまがさき、ほか
©2019『ばるぼら』製作委員会
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