前田敦子「求められる女優になりたい」
川端康成の傑作短編をモチーフに、樋口尚文監督がメガホンをとった群像コメディ映画『葬式の名人』。同作で、地元の町工場で働きながら、ひとり息子を育てるシングルマザーを演じるのが、前田敦子だ。AKB48を国民的アイドルグループに押し上げた功労者でありながら、映画女優としても廣木隆一、黒沢清、堤幸彦、中田秀夫、熊切和嘉、山下敦弘ら、数々の有名監督の姿を間近に見てきた彼女。活躍めざましい映画女優・前田敦子に、評論家・田辺ユウキが迫った。
取材/田辺ユウキ 写真/木村正史
「どう見られているか、それを知る怖さもある」(前田敦子)
──先日、樋口監督にインタビューをする機会があったのですが、前田さんについて「以前から面識があり、信頼感があった」とおっしゃっていました。樋口監督とはどのようなきっかけで知り合ったんですか?
私は名画座へ行くのが好きで、女優の柳英里紗ちゃんや、樋口真嗣監督とご一緒することが多かったんです。ある日、真嗣監督に「銀座シネパトス」(2013年閉館)に連れて行ってもらったのですが、そこで出会ったのが樋口尚文監督でした。樋口監督のシネパトスを舞台にした映画『インターミッション』をそのとき観に行ったのですが、斬新でおもしろくくて、そのあともツイッターで親交を持つようになりました。
──樋口監督はレビューなどでも前田さんの実力を高く評価されていましたよね。
ありがたいことです。そんな方に主演として声をかけてもらえるのは、この仕事をやっている上での醍醐味のひとつ。喜んで出演させていただきました。
──前田さんは樋口監督に、「事前に観ておいた方が良い映画があるか」と尋ねたそうですね。そこで挙がったのが、有馬稲子さんの『充たされた生活』(1962年)と大島渚監督の『夏の妹』(1972年)だったとか。
樋口監督がどのような雰囲気、世界観の映画を作ろうとしているのか知りたくて。私はよく、監督さんに「何かおすすめの映画はありますか?」と聞くようにしています。きっかけは、山下敦弘監督の『苦役列車』(2012年)に出演をしたとき。当時、私はAKB48に所属していて、役者として不慣れな部分が多く、山下監督はどうやって私に分かりやすく、作ろうとしている映画の世界観を教えるか迷っていたらしいんです。そこで「この映画を観ておいてほしい」と。
──そのとき、山下監督はどんなタイトルを挙げられたんですか。
ヴィターリー・カネフスキー監督の『動くな、死ね、甦れ!』(1989年)でした。「そこに登場する女の子をイメージしてほしい」と言われたのですが、作品を観たら、監督が伝えたい世界観がすごく分かりやすく感じたんです。「こういう風にして、作品の世界観を教えてもらうのはアリだな」と思って、それ以来、よく監督に聞くようにしています。インディペンデント系の映画のように監督の主導権が強い作品に関しては、特にそうしていますね。
──樋口監督は、「前田さんがそうやって世界観を掴んで現場に来てくれたから、ほとんど何も言うことはなかった」とおっしゃっていました。ただ前田さんは、芝居をやる上で監督から細かく演出をしてほしいタイプですか。それとも自分で動くタイプですか。
樋口監督はそこまで言うタイプではありませんでした。だけど、『葬式の名人』は独特なお話なので、「とりあえず自分でやってみよう」とはいかない。疑問点について、共演の高良健吾さんも熱を込めて一緒に向き合ってくれて、「監督にこういうことを提案してみよう」と2人で話し合ったりしました。そういうことは今回が初めて。すごい熱量で撮影に没頭していたので、何を話したかとは覚えていませんが(苦笑)。
──現場での出来事を覚えていないくらい入り込むことは、なかなかないことでは?
そうですね。そこはやはり監督のやり方によります。それが決して良い、悪いという話ではありませんが。たとえば『町田くんの世界』(2019年)は、石井裕也監督が私たち以上に熱量がすごかったので(笑)。こちらに対しても何も躊躇なく踏み込んでくるんです。「あ、前田さん。いい感じに肩にチカラが入ってるね!」とか(笑)。
──石井監督は言いそうですよね(笑)。
もちろんそれって、石井監督ならではの距離感の詰め方だし、私も「なるほど。石井監督というのは、こういう感じの人か」と思って。そこからは監督の熱量に引っ張ってもらいました。石井監督のように牽引力のある方は、役者としては気が楽かもしれません。お芝居に対しても、「今ので良いとは思うけど、それを正解にしてもいいですか? どうですか?」と突っ込んでくる。そうなると、こちらも少し食い気味で「じゃあ、もっと違うことをやりましょうか?」と応じる。お互い、納得できるまでやりあう。石井監督への対抗心のようなものを感じながらお芝居をやったりもします。
──ハハハ(笑)。ある種、バトルですね。
それはそれでおもしろいので、現場のことを不思議といろいろと覚えています。現場に気持ちが入り込んでいるのには変わりないのですが、監督との距離感の違いでいろいろ受け取り方が変わります。映画の現場はすべて違うので、どれもおもしろいです。
──逆に樋口監督は普段から穏やかだし、激しくツッコミをいれる感じではないですよね。
むしろ、こちらから強めに突っつくようにしました。でも、監督はまったく崩れなかった。それはそれで、すごいこと。後でそれは意図的にやっていたと聞き、俯瞰で私たちのことを見て、あえて私たちを熱くさせていたらしいんです。樋口監督からしたら、してやったりですよね。新しい演出を受けていた感覚が今はあります。
──前田さんはそうやって監督の演出、特性をちゃんと見ていますよね。そういえば何年か前から、「前田敦子が映画監督たちに愛される理由」といった特集記事が年に1回は出ている気がします。そういう記事は読んだりしますか。
自分についての記事は深くは読み込まないようにしているんです。もちろん、そうやって書いていただいたり、分析してくださるのはすごくうれしいです。だけど、自分が人にどう見られているか、それを知る怖さもあるんです。知ってしまうと、「それ以上のことをやらなきゃいけない」と意識してしまうから。だから、「前田敦子特集」というタイトルを聞いて、サラッと読んで、うれしい気持ちだけで終わらせるようにしています。
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