林業でエンタメした矢口史靖監督
『ウォーターボーイズ』、『スウィングガールズ』など、ユニークな題材をユーモアに満ちたタッチで撮り上げる奇才・矢口史靖監督が、新作の題材に選んだのは林業(!)だった。三浦しをんの『神去なあなあ日常』を原作に、染谷将太、伊藤英明、長澤まさみといった日本映画界を代表するキャストを得て放つノンストップ大木エンタテイメント。来阪した矢口監督に話を訊きました。
取材・文/春岡勇二 写真/本郷淳三
「いまやCGを使わない方が贅沢なんです」(矢口監督)
──まず、三浦しをんさんの原作のどこに惹かれたのか教えてください?
強く惹かれたのは2点です。ひとつはやはり林業のシーン。今まで自分が見たこともない世界が展開されていて、しかもその描写がとても面白くて興味深い。自分だったらこれをワクワクするような映像にできるぞっていう思いを抱きました。もうひとつは最後に出てくるお祭りです。これをリアルに、そして壮大で大迫力の映像にしたいという欲求がわいてきたんです。林業とお祭り、この2点をCGや吹き替えを使わずリアルに表現できれば絶対に面白くなると思いました。
──確かに、多くの人が林業ってこういうものなんだろうっていうイメージは持っていても、それはけっこう曖昧で、実際のところはよくわかってないですものね。
僕も最初は、緑豊かな環境で森林浴のできる仕事なんていう、幻想的なイメージしか持っていませんでした。それが取材していくうちに、とても危険で厳しい環境のなか、男たちが泥にまみれて汗だくで働く仕事だというのがわかってきた。また作業そのものはハードなんだけど、木の上で作業を行うその高さとか、木を切ったときの重量感とか、映像で表現するのに向いているなという思いも取材してより強くなりました。
──取材期間はどれぐらいですか?
撮影は三重県津市美杉町で行ったのですが、その前に9カ月間、何度も行き来しながら取材しました。僕も林業についてはまったくの素人で初めて知ることばかりだったのですが、それは染谷将太くんが演じてくれた主人公の平野勇気という青年も同じわけで、取材中の僕の視点や体験はそのまま勇気に重ねられています。また、それはこの映画で初めて林業というものにふれる多くの人も同じだと思うので、勇気と一緒に疑似体験ができるわけです。
──取材中に大変な目に遭われたそうですが・・・。
マダニに股間を刺されました(笑)。今だから笑えますが、マダニを連れたまま一週間ほど旅をしました。東京に戻ってから医者に行って取ってもらったのですが、そのときマダニが媒介する感染症で何人か亡くなっていると聞いて、血液検査までしました。幸い無事でしたが。
──命がけでしたね。そういう苦労までして知ったことが脚本に織り込まれているわけですね。
どんどん取り込んでいきました。おかげで、原作小説を脚本化するのは初めてだったのですが、これまでと同様にオリジナルでやる感覚で書き上げることができました。ただ、原作者の三浦さんに脚本を見せたときなんて言われるのか怖かったのですが、「全部面白いのでこのままやってください」と言ってもらってホッとしました。
──監督がマダニに刺された経験が、劇中では勇気くんがヒルにお尻を吸われる描写になっているんですね。
そうです(笑)。あそこはまあユーモアとして取り込んだのですが、ただ、森林や山をなめてはいけないという思いもあります。いま里山ブームもあって、森林や村を誰でもウェルカムな場所のように思っている人も多くて、この映画でもそういう風に見せようと思えば出来たわけですが、それは逆に失礼だなと感じたんです。レジャーで行くのならとても楽しいところだけれども、そこで働く、暮らすというのは全然違うものなんだってことは見せたかったんです。
──監督がもうひとつ見せたいと思われた最後のお祭。大迫力のシーンになってますね。
予算の大半をあのシーンにつぎ込みましたから(笑)。CGは使っていません。俳優さんたちも、延べ1600人近くのエキストラの人たちも本当にあの場所に集まってもらって、あのとんでもない祭りを撮影しました。CGを使うとどうしてもファンタジーのようになってしまって、山で働く男たちの力が、筋肉が、生命力が躍動する本物の迫力が出ないんです。だから、お金も手間もかかるけれども、愚直なまでに、あの山のあの場所で男たちに御神木を曳いてもらい、御神木を山から降ろす巨大なレールも作って撮影したんです。昔はCGを使うことが贅沢だったんですが、いまやCGを使わない方が贅沢なんです。
──確かに。表現者側も、本物の力というものを再認識すべき時代ですね。神事と言えば、あの御神木と御神体はかなりエロティックですが。
祭りというのは本来、どこかバカバカしくもあり、とてもエロティックでもあるという、日本独特のおおらかな儀式だと思います。あれを中途半端にやるとかえってイヤらしいけれども、あそこまで巨大なスケールでやると笑うしかないし、ある意味畏れおおくもある。だから、ともかくおもいっきりやることを心がけました。
映画『WOOD JOB ! ~神去なあなあ日常~』
2014年5月10日(土)公開
監督:矢口史靖
出演:染谷将太、長澤まさみ、伊藤英明、優香、西田尚美、柄本 明、ほか
配給:東宝
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