『ルックバック』公開控える坂東祐大、「AIでは出せない質感がある」映画音楽へのこだわり

2時間前

話題作に引っ張りだこの音楽家・坂東祐大、大阪でインタビュー

(写真2枚)

現代音楽の作曲家として活動する一方で『大豆田とわ子と三人の元夫』『竜とそばかすの姫』『怪獣8号』などの音楽を手がけ、米津玄師や宇多田ヒカルの楽曲アレンジでもマルチに才を発揮し続ける坂東祐大(ばんどう ゆうた)。

2025年末にリリースされたドラマ『火星の女王』のサントラでも新たな境地を示したが、2026年に入ってからは、カンヌ国際映画祭でも注目を集めた是枝裕和監督の『箱の中の羊』、選挙を題材としたドラマとして話題となった『銀河の一票』の音楽を手がけ、さらに9月11日には同じく是枝監督の最新作『ルックバック』の公開を控えている。

クラシック、ジャズ、エレクトロニック・ミュージック、ファンク、ロックなどのあらゆるジャンルを横断しながら、若き日のエンニオ・モリコーネばりの活躍を続ける彼にサントラ盤としてリリースされた2作品について語ってもらった。

取材・文/吉本秀純 写真/木村華子

■ 「ヤバい終わった」制作ラッシュを振り返る

──とにかく、怒涛のリリース・ペースで心配になるほどですが。

たまたまいろいろなプロジェクトが重なってしまって。昨年の10~11月は完全にお休みして新婚旅行へ行って、アメリカとヨーロッパをずっと回ってたんですけどね。で、リフレッシュしたと思ったら、怒涛の4本立ての制作が始まって。

是枝監督の『箱の中の羊』『ルックバック』と関テレの『銀河の一票』、あとは彩の国さいたま芸術劇場でやった『キメラ』という自分の公演ですね。この4本を同時に回さなきゃいけないっていうのが始まって、「ヤバい、終わった」みたいな(笑)。

──2025年末にサントラ盤がリリースされたドラマ『火星の女王』は、もう少し前からやっていたんですか?

そうです、火星は昨年の夏に進めていまして、9月には大体もう見えていたので。

■「AIでは出せない質感」を人力で追求した『箱の中の羊』

──では、まずは『箱の中の羊』の話から聞いていきますが。こちらは『火星の女王』と同じくSF的なストーリーなので共通項もあるように感じましたが。

はい。でも、『火星の女王』はもう明らかにスペースもの、惑星SFで。『箱の中の羊』はもう少し近未来というか想像できる範囲の延長みたいな感じだったので、あまりSFとは思って作ってなかったですね。

『箱の中の羊』はちょっと静謐というかストイックで、まとまった時にクラシックの素敵なアルバムとして聴けたらいいなと思いながら作ったところがありました。 なので、自分の中ではわりといつも使っている語法、ボキャブラリーで作った感じに近いです。

──そうですね。全体的にクラシカルな作風で、坂東さんの作品の中では非常に聴きやすいアルバムになっています。

楽器的にも、チェロが中心にあることを考えていて。盤として改めて聴いてみても、やっぱり伊東裕くんのチェロが本当に素晴らしいので、もうそれだけでもウットリしちゃうなぁという感じです。作っていてもエディットしていても、伊東くんのチェロはどの部分を使ってもオイシイなと思いながらやってました。

──じゃあ、音楽的にはチェロを活かしてという方向性で。

そうですね。チェロとオーケストラと、あとは声ですね。

──この人工的なのか肉声なのか判別がつかない不思議なコーラスの響きは、とりわけインパクトがありました。

声はもうひたすら面倒くさくて(笑)。声の部分は大体6声で出来ているんですけど、全部1パーツずつ1人の多重録音で録ってまして、曲がいっぱいあるので、ホントに2日間とかかけて全部録音して、一度それを全部ピッチやタイミングをエンジニアさんに完璧に直してもらい、さらにその1音ずつをもう一回切り刻むんですよ。

で、別の人でも同じことをやって。ランダムに聴こえるように、例えば一番上のソプラノのパートがあるとすると、全部単音で切り刻んでいるので、ソプラノ1のパート1、2、3、4みたいなのが1、3、2、4、2、3、1、2、4、3、2、1…と順番に出るようにしていく。みたいな作業を6パート分やっています。

──なるほど…。シンセみたいな気もするけど、やっぱり人間の声だなという印象で。どうやって作り出された響きなのかなと思っていました。

これは映画に出てくる役者さんを、そういう意図で演出されてるんですよね。桒木里夢くん演じるヒューマノイドはほぼほぼ人間みたいな感じで出てきて、ロボロボしてないというか。生身の人間っぽいけど、よく見てみたらやっぱりロボットだったみたいな。それを音楽で作らなきゃなと思って、こういうことになりました。

最近は優れたAI生成のコーラスのソフトウェアがいっぱいあるので、最初はそれを使おうかと思ったんですけど、あまり上手くいかなくて。じゃあ、人力でやるかということで、成人女性の声で4パートやって、さらには子供の声も杉並児童合唱団の4人で同じようにやりました。

──子供たちにとっては奇妙な録音だったでしょうね(笑)。

「すごい、こんなの初めてです」とポジティブに言ってくれましたけど、「ハッ、ハッだけでスケール全部ください。じゃ、ドの音で」みたいな感じで、聴力検査みたいな(笑)。何をされているんだろ?みたいな感じで録らせてもらって(笑)、それも素材でもらってたくさんバッチワークしていきました。

映画音楽の役割を語る坂東祐大
映画音楽の役割を語る坂東祐大

■「映画には省略がある」坂東祐大が考える映画音楽の役割

──でも、さっき仰ったAI音声などでも、映画の内容とは合致していた気はしますが。

まだちょっと甘いなって感じなんですよね。僕は全然AIとか否定はしてないんですけど、まだまだその第ゼロ波だと思っていて。ここからどうなっていくかは楽しみですけど、まだ自分が良い感じに使えるほどではないんですよね。もっと悪魔的な発想で創作が根幹から変わる、みたいなところにあったら面白いと思うんですが。

プラグインとかもいっぱいあって、エンジニアさんが使うEQやコンプレッサーとかもかなり開発されてきているんですけど、今回はこうやったと。やっぱ質感が狙ったモノが出ないんですよね。

──今回の映画が欲しがっている音の質感を出すには、人力でやるしかなかったと。

だから、その映画の内容を考えつつ、それを音楽にしていくというところも。結局はどうやって音楽で解釈するかだと思っていて。映画には、省略が絶対にあるんですよね。どうやってもダイジェストになる部分や描かれていない部分があるので、そこをどうやって音楽で補ってあげるかとか、奥行きを見せてあげるかとか。そういうところだと思うんですよね。

そして、それを劇場で体験してもらうので。やっぱりテレビのドラマを撮る時とは考え方が根本的に違うと僕は思っています。だから難しいんだけど、でも、そこが一番面白いというか。監督がどう見せたいかとかもあるし。その上でどうやって音楽で演出していくかみたいなところが一番面白いところかなと思います。

──それ以外にも、梅井美咲(ピアノ)、須川崇志(ベース)、石若駿(ドラム)という強力トリオで奏でられるビル・エヴァンス直系の叙情的なジャズもまた素晴らしくて。

そうなんです(笑)。ただのME的なものは普段はあんまり入れないんですけどね。10曲目の「喫茶店にて」というのは、ホントにただの喫茶店のBGMでかかってる感じで弾いてって言ったら、素晴らしいプレイだったんで、コレは入れざるを得ないだろうと。

18曲目の「鎌倉にて」をすごく良いテイクで演奏しているのは、完全にサントラ用です。本編では30秒しか流れないんですけどね。ちょっとこのテーマで普通にプレイしてみてもらいたいんだけどと言ったら素晴らしかったので、このトラックも入れちゃおうと。

──このトリオだけでかなり高品質なユーロ・ジャズ系アルバムが1枚作れそうです(笑)。

ありがとうございます(笑)。11曲目の「おもちゃ屋にて」も、アイリッシュ・フルートとギターでまるで無印良品でかかっていそうな曲なんですけど、これもうまく録れたから入れました。

でも、映画の中にアンドロイドを作っている悪のテック企業みたいのが出てくるんですけど、そこで流れているピラティスみたいな曲はどうにもアンビエント過ぎてサントラ盤だと流れに合わなかったので、逆に入れてなかったりもしますね。

■ 90年代ドラマの熱量を目指した『銀河の一票』

──で、もう一方の『銀河の一票』なんですが。こちらも選挙を題材としたTVドラマということで異色の内容でしたが(ギャラクシー賞6月度月間賞を受賞)。

そうですね。佐野亜裕美さんという『大豆田~』の時から一緒にさせてもらっている素晴らしいプロデューサーから、次は選挙ドラマを作ると聞いていて。最初は「誰か(いい音楽家は)いないですかね?」と言われて僕も半年くらい探したんですけど、どう考えたっていないだろうと。

佐野さんと組んで、その方向性をリアリゼーションできる方はもちろんいらっしゃると思うんですけど、そのコミュニケーションが“あ、うん”になるまでには相当時間がかかると思い。

──ま、それはそうでしょうね。

で、もう僕がやるっきゃないと思ったんですよね。そして、佐野さんと最初に話してたのは90年代的な、景気の良かった頃のフジテレビのドラマみたいなトーンがいいんじゃないかということで。実際に90年代が景気が良かったかどうかは世代的に僕にはわからないですけど、『古畑任三郎』や『HERO』みたいなトーンにしたいと。

今はあまりないじゃないですか? ああいう景気がいい感じいうか、元気が出るような音楽って。じゃあ、それを考えますみたいなところから始まった感じです。

■ 浜野謙太×後藤真希の異色デュオが実現「素晴らしかった」

──主題歌の「おーへい(feat. 黒木華&野呂佳代)」がハマケンこと浜野謙太と後藤真希という異色の双頭ボーカルによるファンク・チューンで、それにまずは驚きました。

最初にメインテーマができて。主題歌も本当に紆余曲折があったんですけど。何回も佐野さんと話していて「このドラマに一番合うのはファンクだと思う」と仰った時に、「おお、なるほど!」と思ったんですよね。

で、ファンクとなったらということでいろんな方の知恵をお借りして、その中で出てきたのが、ファンクでは作詞が一番大事だからハマケンさんはどうかなと。

──JB的なシャウトがキメられて作詞もできる人となると、彼しかいないでしょうね。

で、オファーしてご快諾いただいて。ハマケンさんは政治にもご関心が強くて、番組の趣旨にもすごく共感してくださったんですよね。それから、どうやって曲を作るかとなった時に、最初は僕は劇中の音楽だけで主題歌まで作るはずじゃなかったんですけど、何も話が進まないから、もう自分で作るしかないとなって(笑)。

結局それで、評判が良かったメインテーマのリフを使いながらファンクを作ってみるかと、いろいろやり取りしてできたのがこの「おーへい」です。

──ハマケンのデュオ相手に後藤真希という人選もかなり斬新でしたが。

後藤真希さんは“異色デュエット”ということで、このドラマ自体がスナックのママと幹事長の娘がタッグを組んでという異色コンビものなので。主題歌も異色のコンビがいいだろうといろんな人から候補を挙げてもらって、後藤真希がいいと。ハマケンとゴマキ、誰も考えないだろうみたいなところで、みんなで決めていきました。

後藤さんは全然ハマケンさんに引けを取らないというか、やっぱりあの時代のハロプロでやっていただけはある感じでしたね。ピッチも完璧で、ニュアンスはこういう感じでと伝えたらもう完璧にやってくださったし、とにかく素敵で素晴らしかった。

あと、僕が一番すごいなと思ったのはマーティ・ホロベックのベース音ですね。日本在住のベーシストであのファンク・ベースが弾ける人はそんなにいないと思うので。本当に楽しい録音でした。

──ただ、最初は坂東さんとファンクがあまり結びつかなくて、意外でしたよ。

そうですよね。全然イメージないですもんね。でも、僕はファンク大好きなんですよ。あまり今まで作ってなかっただけで、普段もブラック・ミュージックの話ばかりしているし(笑)。

──ファンクはどのあたりがお好きなんですか?

厳密にはファンクではないんですが、僕は熱狂的なディアンジェロのファンなんですよ。それにプリンスもずっと大好きで、あとはJBをひたすら掘ったり。P-ファンクをひと通り聴いて…。ジョージ・クリントンは何回もライブを観れたし。自伝本の『ファンクはつらいよ』も超面白かったです。だから、自分の中ではそんなに突飛なことやったわけじゃなかったし、曲は本格的なファンクです、ただ、歌は日本語なので。

これが英語詞だったらもっとかっこいいブラスのリフとかも作れたんですけど。そこはローカライズしています。「おーへい」は基本的になんか応援歌みたいな、誰かをポジティブに鼓舞してあげるような曲を作らないといけない、というのが大きなテーマとしてある感じでしたね。

──なるほど。そう言われると、劇伴のインストにもシンセ・ファンク的な曲がありますし、メインテーマの重厚なブラス・アンサンブルやファンファーレも、単に華やかで景気が良さそうなだけではなく、聴く者を鼓舞するような感じがあります。

最初にも言いましたけど、昨年の10~11月はずっと海外を旅行していて、最初はアメリカを4都市くらい回ったんですよ。ロサンゼルス、ラスベガス、フロリダ、最後ちょっとだけニューヨークみたいな感じだったんですけど、米国にはやたらとテーマパークがあって(笑)。特にフロリダは狂ったようにテーマパークがあったし、そのせいで他の博物館とかも全部テーマパーク色が乗ってるんです(笑)。

──なるほど、なんとなく想像できます(笑)。

NASAのケネディ宇宙センターにもツアーで行ったんですけど、本当にテーマパークなんです。で、そういう場所ではずっと宇宙飛行士を讃えるファンファーレが流れているんですよ(笑)。ユニバーサル・スタジオなどに行ってもやっぱりファンファーレが鳴っているし、なんか染まっちゃった感じがして(笑)。この人たちの英雄感みたいなものはブラスなんだなとも改めて思いました。

──ファンクとファンファーレ。よく考えるとどちらも非常に米国的なモノかもしれないですね。

なんか鼓舞してる感じですよね。でも、アメリカにいる時は忙しかったんであまり書けていなかったんですけど、その後にヨーロッパへ移動した時に、喫茶店で曲のスケッチをずっと書いていました。

■ ルックバックは「クラシックの名盤を作る意気込み」

──そんな対照的ともいえる作風の2作品を立て続けにリリースし終えたところで、9月には再び是枝監督作品の音楽を手がけた『ルックバック』の公開が控えているわけですが…。

まだ、どこまで喋っていいのかわからない状態ですけど。今言える情報としては、これまでやったことないぐらいのテイク数を録って、とにかくクラシックの名盤を作るぞ、みたいな意気込みで作っています。

『箱の中の羊』とはちょっと二卵性双生児みたいなところがありますけど、ストーリーに沿って音楽演出としてもかなり凝ったことをやっているので、『箱の中の羊』を踏まえてさらにまた別の新しい深度のアプローチができている感じです。原作ファンの方も、アニメファンの方も、もちろん是枝作品のファンの方も楽しみにしていただけたらと思っています。

【坂東祐大(ばんどう・ゆうた)】
作曲家/音楽家。1991年生まれ。多様なスタイルを横断し、異化や脱構築による刺激と知覚の可能性などをテーマに、幅広い創作活動をおこなう。作品はオーケストラ、室内楽から立体音響を駆使したサウンドデザイン、シアター・パフォーマンスなど多岐に渡る。東京藝術大学作曲科及び同大学院修了。第25回芥川作曲賞受賞(2015年)。2022年、初の作品集「TRANCE/花火」を日本コロムビアよりリリース。

また上記のメインワークに加え、ジャンルを横断した活動も多方面に展開する。『報道ステーション』メインテーマを始め、映像作品の音楽に、ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(坂元裕二 脚本)、映画『竜とそばかすの姫』(細田守監督、音楽:岩崎太整、Ludvig Forssellと共に)等。米津玄師との共同編曲、宇多田ヒカルの編曲及び指揮、嵐 「カイト」オーケストラアレンジメント等。令和5年度「咲くやこの花賞」音楽部門受賞。

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