血ではなく知恵を残す…意次を守った家治の異例の決断【べらぼう】

11時間前

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回より。服毒自殺を図った側室・知保の方(高梨臨)の元へ駆けつけた将軍・徳川家治(眞島秀和)(C)NHK

(写真7枚)

江戸時代のポップカルチャーを牽引した天才プロデューサー・蔦屋重三郎の劇的な人生を、横浜流星主演で描く大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK)。5月18日の第19回「鱗の置き土産」では、知保の方の自殺未遂をきっかけに、将軍・徳川家治がある決断を下すことに。歴代将軍のなかでは正直影の薄い家治の思わぬ男気に、眞島秀和の演技力込みで視聴者は圧倒された。

■ 家治の言葉に意次動揺…第19回あらすじ

徳川家治(眞島秀和)の側室・知保の方(高梨臨)は服毒自殺をはかったが、一命はとりとめた。家治が新しい側室を迎えたことに心を痛めていたのが原因だと知り、家治は自分の血を引いた後継者を作るのはあきらめると、田沼意次(渡辺謙)に告げる。今の自分にできることは2つあり、1つはほかの徳川家から養子を迎えることで、病弱な血を宗家にした今の将軍家の因縁を断ち切ることだと言う。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回より。耕書堂の本が高評価を得たことを喜ぶ重三郎たち。写真左から、戯作者・恋川春町(岡山天音)、戯作者・朋誠堂喜三二(尾美としのり)、重三郎(横浜流星)(C)NHK

もう1つは、自分が守るべきは血ではなく、周囲から得た「知恵」や「考え」であり、そのためには意次の政治的な地位を守り抜くということだった。強い覚悟を込めた家治の言葉を聞き、意次は涙を流す。その頃市中では、人気狂歌師・大田南畝(桐谷健太)が記した青本の番付で、朋誠堂喜三二(尾美としのり)が耕書堂から出した『見徳一炊夢』が極上上吉に選ばれ、重三郎たちが大喜びしているところだった。

■ 自殺未遂騒動が今後を予感…一橋治済の計略

第17回で知保の方が、家治が新しい側室を迎えたことで孤独に陥るという描写につづけて、一橋治済(生田斗真)が「一人ぼっちは、さびしいのう・・・」と意味ありげにつぶやくというシーンがあった。ここまでの治済のやりたい放題ぶりを見て、多分大多数の視聴者が「絶対同情じゃない! なんかある!」と臨戦体制に入ったと思うが、その判断が間違ってなかったことが、これほど早く判明するとは・・・。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回より。毒に苦しむ側室・知保の方(高梨臨)(C)NHK

第18回のラストで伝えられた、知保の方の服毒自殺未遂というショッキングなニュース。「もう私なんて用無しでしょ」という当てつけのような文を残して、家治が子作りを理由に、ほかの女性の元に行くという気持ちを打ち砕くことに成功した。知保の方、嫉妬が理由だったの? と思っていたら、その毒は死なない程度の強さのものを、女中・大崎(映美くらら)に処方されたと、宝蓮院(花總まり)に打ち明けるというシーンが・・・。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回より。側室・知保の方に付き添う大崎(映美くらら)(C)NHK

この大崎、『べらぼう』では治済の長男(のちの11代将軍・家斉)の乳母という設定になっている。ということは、治済の息がどっぷりとかかっている存在なわけで・・・家治に実子が生まれれば、自分の息子を将軍にする望みはそこで途絶えてしまう。それを防ぐためにも、知保の方にはこの狂言に付き合ってもらう必要があった。そこで大崎が、家治の新しい女性の存在を知保にいち早く知らせて精神を不安定にし、さらに安全な毒の存在を教えることで、狂言自殺をするように仕向ける役目を果たしたとしか考えられないのだ。

このあと知保の方は、家斉の治世となっても大奥を追い出されることなく、むしろ将軍の生母ではない側室としては異例の優遇を受けて生涯を終えている。その史実すら、実は彼女が治済の野望実現の、最大の「隠れ功労者」だったからではないか・・・とすら思えてくる。

■ 決断の背景に8代将軍・吉宗から続く「報い」

将軍家後継者のスペアとなる家が5つ(田安家はこの時点で断絶状態)もありながら、一橋家以外は適当な男子が誰もいないという異常事態は、治済の思惑通り完成した。家治はこの状況をいぶかしんではいるけど、治済の謀略ということまでは気づいてないように見えた。この世界を外側から見ている私たちは治済の怪物ぶりをつぶさに見ているが、ドラマのなかでは意次が幾人かの人間の不審死を、誰かの仕業と考えているという段階にとどまっているのだから。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回より。宴に参加する一橋治済(生田斗真)(C)NHK

では家治の「これは果たして偶然なのか」という言葉の意味は? ドラマでもちょっと説明があったけど、8代将軍吉宗は「徳川宗家は長男が相続」という原則を守り、病気の長男・家重をあえて9代将軍に。優秀な弟たちは「御三卿」としてスペアだけの役割を与えられ、今に至っている。その結果、病弱の血を受け継いだ宗家はどんなにがんばっても子孫を維持できず、健康だった一橋家では十分過ぎるほど子どもがあふれている。

となると、この状況は吉宗の決断の報いであり、ここでほかの家の血を入れる方が、この後の将軍家のためになる・・・と家治が考えるのも妥当だろう。直系の血筋を残すのが重要な義務の一つと言われる武家の人間が、この結論に至るのは相当な覚悟がいるはず。しかし家治は、将軍家には自分の血ではなく「知恵」を残すという、別の役割があることに気づいた。つまり幕政を大きく変えることができるような切れ者に政治を任せ、そこで得られた知識や考え方を後の世代に伝えていく・・・ということだ。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回より。将軍・徳川家治と話す老中・田沼意次(渡辺謙)(C)NHK

将棋にうつつを抜かして意次に政治を丸投げにしたため、幕府に賄賂がはびこる原因を作った・・・という悪評を持つ家治。彼自身が覚悟した通り、のちの歴史は彼のことを凡庸、下手すれば「暗君」とまで評した。しかし田沼意次の類まれなる政治的な才能は、少し時代がズレていたら、ここまで大きく振るうことはできなかったはず。時代の先の先を読む力と、それを実行する力を両方そなえた逸材を、家柄にこだわらずに重用したその慧眼は、確かに高く評価されてしかるべきものだ。

■ 眞島秀和のフルスロットルの説得に圧倒

政治に積極的には関わらないけれど、現在起こっていることには注意を怠らず、そこで自分がどういう行動を取れば将軍家を・・・いや、日の本を守っていけるのかを、実はしっかりと考えている。これまで大河ドラマでは描かれる機会がなかった10代将軍・家治だが、近年は主役を張る機会も多い眞島秀和が「この瞬間の主役は俺だ!」とばかりにそのキャラを立たせ、フルスロットルで存在感を高めて意次を説得する姿に圧倒された。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回より。将軍・徳川家治(写真左、眞島秀和)の熱意に涙する老中・田沼意次(写真右、渡辺謙)(C)NHK

そして子孫をあきらめることで、自分の立場を守ってくれた主君に応えようとばかりに、意次はここからどんどん革新的な政策に乗り出していく。そしてスペシャル番組で流された予告を見る限りは、重三郎もそれに関わる機会が出てくるようで・・・自由な気風の意次の治世によって、板元として大きく羽ばたくことができた重三郎。彼がこの時代に存分に活躍することができたのもまた、家治の間接的な功績の一つだったのかもしれない。

大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』はNHK総合で毎週日曜・夜8時から、NHKBSは夕方6時から、BSP4Kでは昼12時15分からスタート。5月25日の第20回「寝惚けて候」では、重三郎が大田南畝を通じて狂歌の世界に出会うところと、将軍家後継問題にまつわる様々な思惑が描かれていく。

文/吉永美和子

  • LINE

関連記事関連記事

あなたにオススメあなたにオススメ

コラボPR

合わせて読みたい合わせて読みたい

関連記事関連記事

コラム

ピックアップ

エルマガジン社の本