映画の「宝」受け継ぐミュージアム、名監督の学生時代の作品も
今や、京都の映画芸術研究の貴重な施設のひとつとなった「おもちゃ映画ミュージアム」(京都市中京区)。歴史的に重要な映像だけでなく、今では有名監督となった者も多い「大阪芸術大学」卒業生たちの作品を上映するなど、映画ファンにぜひ注目してほしい場所となっている。
大阪芸術大学で長い間教鞭を執っていた太田米男氏と、学芸員の資格を持つ奥さまの文代さんによって2015年5月に開館。在職中、古いフィルムの補修・保存の研究をしていたとき、1920年代から30年代に「おもちゃ映画」として売られていた貴重なフィルムの存在を知り、「これを埋もれたままにしていてはあまりにもったいない、ましてこのまま消滅させてはならない」と収集を始めた。
「おもちゃ映画」と聞くと、ナントカ鑑定団に出てくる古い児童用の玩具だったり、キャラメルのおまけみたいなものを想像してしまうけれど、このミュージアムに集められているのはそういったものとは違う、かつて街の映画館でほんとうに上映されていた映画フィルムの断片なのだ。
「1930年代、昭和の始め頃に映画が無声映画(サイレント)からトーキーに変わって、それまでの無声映画時代のフィルムが必要でなくなったんです。そこで、そんな要らなくなった映画のなかから人気のありそうなところ、有名スターが映っているパートとか、時代劇の動きのあるチャンバラ・シーンだとかの部分を切り取って、それを家庭用「おもちゃ映画」と呼んで売っていたんです」と太田氏は説明する。
そのフィルムとともに、当時の裕福な家庭はブリキで出来た「おもちゃの映写機」を一緒に購入し、1回分20秒~30秒程度のフィルムを映して家族や友人たちで楽しんでいたのだそう。
太田氏が集めたのは、大河内伝次郎に阪東妻三郎、市川右太衛門、澤田正二郎といった名高いチャンバラ映画の名優たち、チャップリン・キートン・ロイドら外国の喜劇スターたちが登場する映画に加え、関東大震災の当日・翌日に東京の惨状を捉えたニュース映像やアニメーションも。なかには、日本初の時代劇スター・尾上松之助主演の『実録忠臣蔵』や小津安二郎監督の『突貫小僧』など、家庭用の9.5ミリフィルムにコピーされてはいるが、完全版の発見自体が大きな話題になった作品も含めて900本以上収蔵している。
元は友禅の染物工場だったという建物を活かし、入り口からの通路脇の部屋には、「おもちゃ映画」用のブリキ製映写機のほか、1920年代から現在まで使われている映写機や映像カメラが、壁一面の棚に収められて展示。こちらの収蔵数は200を超えるとのこと。
また、映画の原理をわかりやすく教示するゾートロープなどの器具も置いてあり、映画・映像の歴史に興味のある人にはたまらない。通路を抜けると広めの土間があり、この空間を使ってこれまで上映会やイベントなど、熱心な研究の成果を示す催しがおこなわれてきた。
そして、今年からはじまったのが『FIRST PICTURES show 1971-2020』。太田氏が長い間学生を指導してきた、大阪芸術大学映像学科の出身者たちが学生時代に撮っていた作品を連日午前10時30分から上映している。
同学科出身者といえば、『天外者』が現在公開中の田中光敏監督、『松ケ根乱射事件』(07年)『味園ユニバース』(15年)の山下敦弘監督、『海炭市叙景』(10年)『夏の終り』(13年)の熊切和嘉監督、『そこのみにて光輝く』(14年)『きみはいい子』(15年)の呉美保監督、『舟を編む』(13年)『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17年)の石井裕也監督など、映画史に残る作品を撮った監督たちを多数輩出してきているが、そんな彼らの学生時代の作品が一堂に集められているのだ。
もちろん監督になった者ばかりではない、脚本家になった者、俳優になった者、イラストレーターになった者、いまでは映像や美術の世界から離れていった者の作品もある。ただ、そんな彼らのひとりひとりが、間違いなく純粋に映画に向き合っていた情熱の結晶がここにある。
「50年前から20年前までの作品で技術や表現は稚拙でも、どの作品にも強い思いがこもっていて、確かな才能を感じさせるものがたくさんあります。映画業界に行けず挫折した人の作品もありますが、いま観ると、そんな人たちの作品に光っているものがたくさん感じられます。なぜ、この才能を発揮する場がなかったのか。ほんとうに悔しく思うし、それは日本の映画産業をめぐる問題にも行き着きます。20世紀の後半、若々しい情熱と才能を燃やして映画に取り組んだ人たちの作品を、この機会にぜひ観てもらいたいです」と太田氏は語る。
今月25日からは、熊切和嘉監督作品や黒沢清監督の『岸辺の旅』(15年)の脚本家・宇治田隆史の監督作品『龍子』が、12月16日からは石井裕也監督の卒業制作で、07年のぴあフィルムフェスティバルでグランプリを受賞した『剥き出しにっぽん』も上映される。
ほかにも、サイレント映画のピアノ伴奏者として活動する天宮遥さんを招いて、チャップリン、キートン、ロイドの喜劇映画の上映と、チャップリン研究家・河田隆史さんの講演を同時に行う『天宮遥ピアノシアターin京都2』が、チャップリンの命日の翌日にあたる12月26日に、来年1月6日からは『活動写真弁士の世界~日本映画興行の始まり~』も予定。また、今後は貸館としての活動も検討している。
未だ続くコロナ禍にあって「おもちゃ映画ミュージアム」自体も厳しい状況におかれている。日本各地はもとより、外国の研究者も訪れ、日本の映画文化の一端を確実に担っている、小さいけれど重要なミュージアムの存続を切に願いたい。
取材・文・写真/春岡勇二
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