黒沢清監督「奪われた側は自由になれる」
「それを重要なキーワードとして設けていました」(黒沢監督)
──バカげているような台詞といえば、記者の桜井(長谷川博己)が、行動を共にする宇宙人の少年たちに「(人間と宇宙人は)共存できないのか」と問うじゃないですか。これって宇宙人の侵略モノにはお決まりの台詞で、なおかつ大事な交渉材料なのに、深刻なようで全然深刻に聞こえない。
なかなかおもしろい指摘ですね。実はそのあたり、原作にはなくて僕が考えました。「共存できないのか?」って台詞はものすごく重要で、人間側からすれば覚悟を持った言葉です。でも、宇宙人からしたら「それがなに?」と意に介しません。これは今、指摘されて初めて言うのですが、SF小説家のスタニスワフ・レム(註:20世紀のSF最高の作家のひとりと称される)の作品で、人類が地球外生命体とコンタクトをとろうとするけどまったく通じない話があります。僕は大好きで、初コンタクトとはそういうことだなと実感します。別に宇宙人ではなくても、例えば、僕くらいの年齢(62歳)と女子中学生がそうであるように、全然理解し合えない関係というのは、現実にいくらでもあります。未知なものと遭遇したとき、「うわ、これが通じないとなると困ったな」となるのがリアルだということでしょう。
──たしかに、原作は2005年当時の時代背景としてイラク戦争や9・11を想起できますし、この映画も移民問題などが浮かびますけど、もっと普通に年齢差とか身近なことに当てはまるテーマですよね。
そう。自分とは別の原理で生きている人って、実はかなり身近な存在なんです。しかも現代は、そういうことが昔以上に複雑に入り組んで存在しているはずで。僕も、「これは理解できない」ということが多々あります。初めて行くような海外の映画祭で、そこの国の人とすごく通じ合えたときは、隣に住んでいる中学生より全然気が合うなとか(笑)。あと、僕はスマホを持っていないので、みんなが熱心にLINEをやっている姿を見て、「ダメだ、通じない」となる。僕の方がもはや絶滅危惧種、と笑ってるうちは平和だけど、何かの拍子でそういう物事がものすごい対立を生むことだって充分ありうる。
──この映画で宇宙人がやっていることって、つまりは監督が若者から「スマホ」の概念を奪うってことなんですよね。
そう。そして、奪われた側は意外と自由になれる。
──そこがこの映画『散歩する侵略者』のキモですよね。
そう、そこなんです。こればかりは空想をするしかなかったけど、それを重要なキーワードとして設けていました。自分がこだわっているもの(=概念)が、ある瞬間に無くなってしまったら、多くの場合、すごく楽になるんじゃないかなって。もちろん、周りは迷惑でしょうし、社会的には使い物にならなくなる。それでも本人は、「なぜこんなものにこだわっていたんだろう」と解放され、しかもまったく不幸や喪失を感じさせないんです。
──もっとも分かりやすいのが、満島真之介さんが演じたニートの青年。自分の家という所有の概念を奪われて、ニートを脱却するという(笑)。
この映画の「概念」の話のなかでは、それがもっとも象徴的なエピソードです。所有の概念を奪われた彼は行動的になる。これは極端な話ですが、僕らは年齢とともに様々なことを学習していきますが、でも多くの場合、元を辿れば先生や親に押し付けられて嫌々やっているうちに、いろいろ身につけていき、そのなかから生きがいなどを見つけていきます。そうやって植えつけられた概念を奪われた瞬間、自分本来の姿に戻り、新しい幸せを得られるのではないでしょうか。
──あとひとつ気になったのが、ニートの青年は家から街へ出て行くわけですが、街の構造にも監督はこだわられていますよね。長谷川さん演じる桜井が少年・少女の宇宙人を乗せて車を走らせるシーンがありますが、そのリアガラスの向こうに見えるのが、風車がずらっと建ち並ぶ道。風景として、かなりいびつな気がしますけど。
そこから何か特別な意味を受け取ってもらいたいわけではありませんが、狙ったこととして、舞台となったこの街は自衛隊、米軍の基地があって、海に近い場所です。千葉県の海岸沿いに風車が建ち並んでいる風景が実際にあって、そこをモチーフにしています。この街は海のそばにあり、吹きさらしで、何かがフッと入り込んでくるかもしれないし、逆にサッと出て行けそうな雰囲気にしています。
──そうやって吹きさらしの状況なのに、いまいち人々の危機感は欠けていますよね。
海の向こうからゴジラなんかが来たら大変なパニックが起きるでしょうけど、自衛隊が道路を封鎖しているくらいなら、確かに驚きはするけど、それでも「これじゃあ夕飯が作れない」とか考えるくらいかも知れない。それくらい日常とは強固なもの。そう簡単に、人は日常を手放さないんです。
──出勤が遅れちゃうとか、そんなことばかり考えますね。
もちろん、あるレベルを超えて都市が機能しなくなれば別ですけど、そうでもならない限り、人々が過ごしている日常というのは壊れないんです。いや、危機が迫っていると分かっていても動けないのかも知れない。どうやって逃げようかとか、何ら具体的なイメージって浮かばないですよね。だけど、みんなが強固に守ってきた日常は、意外と崩れ易くもある。もう、足元から崩れているかも。それに気付いたとき、僕たちは何にすがって生きるのか。壊れかかっている日常のなかにも、最後の希望やかけがえのないものが、探せば見つかるはずなんです。それが、この映画に託した僕の想いですね。
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