【連載】春岡勇二のシネマ重箱の隅 vol.6
監督の遊び心?劇中に潜む俳優の存在
「あれ、この人は…」。以前、映画を観ていて、原作者やその映画の監督が出演しているのに気づくことがあると書いた。でも、そればかりでなく、その作品の監督ではないが、映画監督が俳優として映画に出演していることもある。普段は演出に専念しているが、ときどき友人、先輩・後輩の監督に請われて出演していい味を見せる人が多い。先日亡くなった奇才・鈴木清順監督が、大森一樹監督の『ヒポクラテスたち』(1980年)で演じた医学生たちの指導教授や、その鈴木監督の傑作『ツィゴイネルワイゼン』(1980年)で主人公の1人を演じた藤田敏八監督などは忘れがたい演技者だった。
近年の作品で印象的だったのは、「いまさら」感はあるけれど、庵野秀明監督の昨年の大ヒット作『シン・ゴジラ』(2016年)。『鉄男』(1989年)や『野火』(2015年)など自作品でも主演することが多い塚本晋也監督は、ここでも重要な科学者役でいい芝居を見せていたが、面白かったのは大杉漣扮する総理大臣から、会って時間を無駄にしたと言われるダメな学者トリオ。演じていたのが、『ゆきゆきて、神軍』(1987年)の原一男、『いつか読書する日』(2005年)の緒方明、『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)の犬童一心の3監督なのだ。ダメ学者という役に3監督と庵野監督との仲の良さが感じられて、実に微笑ましい。そして、『シン・ゴジラ』に出演している監督がもうひとり。物語全体のキーパーソンとなる、巨大生物の存在を予言していた牧博士。映画では一瞬写真が映るだけだが、その人物こそ岡本喜八監督だった。以前から岡本監督の大ファンを公言していた庵野監督が、こういう形で敬意を表したのだ。庵野監督と同様、いまだ数多い岡本監督のファンにはたまらない仕掛けだった。
また、監督や原作者でなく、普通に俳優を観ても「あれ、この人は…」と思うことも多い。 今年のアカデミー賞で作品賞を含む6部門にノミネートされ、結果、ケイシー・アフレックが主演男優賞を、監督・脚本のケネス・ロナーガンが脚本賞を受賞した『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(5月13日公開)。これに懐かしい、意外な顔を発見した。主人公の急死した兄の元妻の、いま一緒に住んでいる男性をマシュー・ブロデリックが演じていたのだ。ブロデリックと言えば、『フェリスはある朝、突然に』(1986年)などでアイドル的人気を誇っていた俳優。ほかにも、『トーチソング・トリロジー』(1988年)などいい作品もあった。現在55歳のブロデリック。太って面変わりしてはいるが、それでも再会はなんとなくうれしい。演技的には、人当たりはいいが実は底意地悪い男を的確に演じていた。
久しぶりの再会にうれしくなる女優もいる。河瀬直美監督の新作『光』(5月27日公開)には、ヒロインの母親を、日活ロマンポルノの第1作『団地妻 昼下がりの情事』(1971年)主演の白川和子が演じていた。さらに、ロマンポルノの伝説的女優のひとりである伊佐山ひろ子が、石井裕也監督の『夜空はいつでも最高密度の青空だ』(5月27日公開)で、主演の池松壮亮が食事に行く中華料理屋の、愛想の悪い従業員を演じている。ん?、伊佐山ひろ子が中華料理店の店員…と聞いて思い出す人もいるはず。そう、倉本聰脚本のドラマ『北の国から』でシリーズ中の名シーンと言われている、田中邦衛演じる主人公が、息子(吉岡秀隆)がまだ食べ終わっていないにも関わらず、ラーメンを下げようとした店員に「まだ子どもが食ってる途中でしょうがっ!」と怒鳴るシーン、あの店員を演じていたのが伊佐山だった。今回のシーンは石井監督の遊び心かな。
面白い女優さんの使い方だと思ったのを、もうひとつ。佐々部清監督が老々介護を題材にして夫婦の愛情を描き、升毅の初主演作としても話題の『八重子のハミング』(5月13日公開)で、主人公夫婦が宿泊する旅館の女将を服部妙子が演じている。かつては時代劇に娘役で多数出演したり、大家族モノの昼ドラに出演したりしていた、知る人ぞ知る美人女優だが、近年、再注目されたのがJAバンクのCMだった。シニアがリタイア後もアクティブに生きるという内容で、彼女は老舗旅館の女将を引退した直後、ホテルのプールで見事な泳ぎを披露するのだった。つまり、『八重子のハミング』ではそのCMと同じような役で出演しているのだ。偶然だとは思うけれど、これがひょっとして真面目な佐々部監督のユーモアならば楽しい。
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