【連載】春岡勇二のシネマ重箱の隅 vol.5
大阪を舞台にした映画のハナシ
季節はもうすぐ晩夏。このころになると決まって思い出す映画がある。昨年、10年ぶりの作品『FOUJITA』を発表した小栗康平監督のデビュー作で、宮本輝の同名小説を映画化した『泥の河』(1981年)だ。
舞台は、昭和31年の大阪。中之島の西端、安治川の河口付近で大衆食堂を営む夫婦(田村高廣、藤田弓子)の幼い息子・信雄と、川に停泊していた舟で母と姉と暮らす少年との出会いと別れを描いている。天神祭の夜、舟で姉弟たちの母親の見てはいけない姿を見てしまった信雄。母親はそこで春をひさいでいたのだった。翌朝、岸を離れていく舟を信雄は追いかけるのだが…。母親を演じていたのは加賀まりこ。日本がまだ戦争の傷跡を遺していた最後のころの物語。作品全体を透明な悲しみが包み、大阪を舞台にしたすべての映画のベストワンとして挙げる人も多い名作だ。
宮本輝原作で大阪を舞台にした映画には、是枝裕和監督の長編デビュー作『幻の光』(1995年)や森崎東監督の『夢見通りの人々』(1989年)などがあるが、年上の美しい女性と青年の初々しい恋を深作欣二監督が撮った『道頓堀川』(1982年/松坂慶子・真田広之主演)というのがある。そのサイドストーリーに、真田の友人で、ビリヤードで生計をたてることを目指す佐藤浩市と、山﨑努演じる父親との確執を描いたエピソードがある。かつて伝説のハスラーだった山﨑に少女のころに助けられたことがあり、今はビリヤード場のオーナーとなっている女性を加賀が演じていた。大阪というよりミナミのまったりとした空気が主役の映画で、登場人物もみな味が濃かった。そのなかで加賀の若い頃を演じていたのが紗貴めぐみ。日活ロマンポルノで人気のあった女優で、彼女はミナミを舞台にした映画にもう1本出演している。これがわかる人はちょっとした大阪の映画通だと思う。正解は井筒和幸監督の出世作『ガキ帝国』(1981年)だ。
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