中島哲也監督「破壊したくなる本能」
寸分の狂いもない映像編集とサウンドの調和とリズム感。反して、異様に狂いまくっている人間模様。傑作『告白』以来となる中島哲也監督の新作『渇き。』は、身近に感じるような人間的グルーヴをまったくと言って良いほど削ぎ落としており、観る者をどんどん突き放していく。しかし、映画とは「共感できる=おもしろい」ではない。大事なのは、異質なモノを感じたり嫌悪を抱いたりして、新しい価値観を生みだすこと。『渇き。』は確実に賛否両論ある作品だが、しかし挑戦的な表現の形でもある。そこで今回は中島哲也監督、そして廃れた生活を送る元刑事・藤島役の役所広司さん、関わる人間を破滅へ陥れる美しい娘・加奈子役の小松菜奈さんに、本作について話を聞きました。
──深町秋生さんの原作『果てしなき渇き』について中島監督が、「悪夢のような小説」とおっしゃっているのが印象的でした。書評もそういった感想が多いですよね。
中島「暴力、暴力、暴力・・・で血みどろ。まともな人間がひとりも出てこない。分厚い小説なのに一行たりとも感情移入できる人物や、キュンとするところがない。しかし、登場人物がみんなエネルギッシュ。負のエネルギーなのかも知れませんが、そのテンションをこのまま映画にすれば、誰も観たことのない新しい人間ドラマが描ける予感がしました。映画って、見る側も作る側も何か新しい価値観を発見できるモノですよね。もともとみんなが分かっていることを、今さら映画にしてもしょうがない。これまで正しいと思っていたことを崩して、新しい人間理解がここから生まれると思ったんです」
──映画の感想として「共感できました」ってよくありますが、でも、僕はそんなのはどうでもいいと思っていて。むしろ共感できないモノの方が、その映画を観た自分にとって重要なんですよね。最近は特に、共感できる=おもしろい作品という感覚が強まっている気がします。
中島「特にこの作品は、従来の共感の仕方はまったくできない。しかし、『ものすごく大切な部分をふとした瞬間に破壊したくなる』ような本能って、誰もが持っているはず。藤島に共感できないにしても、彼が持っている獣のような本能は、みんな持っている気がします。それを共感と呼べるのかは別ですが。誰かに言う必要はないけど、何か自分との共通点は見つけてもらえたら良いですね」
──先ほど中島監督が「映画は何かを発見するためのモノ」「この映画をきっかけに新しい人間理解が生まれたら・・・」とおっしゃっていましたが、まさにそう思います。今は映画にしても自主規制があって、たばこを吸うシーンひとつでも変なクレームがついたり。それって誰が決めたルール/常識なんだよ、と思うことばかり。イメージを具現するのが映画などのおもしろさですが、その幅がよく分からない理由で許されなくなっています。
中島「本作でも藤島の『何がルールだ、クソくらえ』という台詞がありますもんね。逆に、悪事を働いている人間が『ルールがある』と言ったりする。僕は、ルールや常識を打ち破ろうとする人たちの側にいたい。僕は映画を作るたびに『こんなのは映画じゃない』とか言われたりするんですけど(笑)、誰が『映画とはこういうモノ』と決めたんだろう・・・と思う。今まで作られてきた映画に似ていなくても映画たりうる可能性はあるわけだし、そんなに映画の可能性を小さくまとめる必要はない。それにとらわれたくない。自分の中で『コレが映画だ』というルールは決めないようにしています」
役所「映画というビジネスを成り立たせる上で、何かしらのルールは確かに必要です。しかし映画に関わる者として、ルールだけにとらわれて物事を発していくと作品がひどくなる。中島監督は今作を『自主映画でも良いからやりたい!』という気持ちで作り、映画会社がそれに応えて配給した。『渇き。』が評価的にも興行的にも良い結果を残すと、『まだまだいけるんだ』というムードが映画界全体に広がっていく。作り手にそういう意気込みがどんどん芽生えることを、我々演じ手も待ち望んでいます」
中島「小松さんはルール無用で生きているよね。映画も初めてだし、お芝居のルールも教えていない。今回のびのびとやった結果、別の現場ではいろいろと怒られたりしているんだろうけど(笑)」
小松「はい(笑)。監督からは『自由にやってみて!』と言われ、それってどうすればいいんだろうと悩み、考えていたら『考えすぎるな!』と言われて。そうは言われても考えなきゃ何もできないですから・・・いろいろ分からなくなりました。しかも、初めての演技なのに難しい役で苦労しました。それでも、途中からは少しずつ撮影を楽しめるようになりました」
中島「もうひとつ、ルールや常識という部分でお話しすると、悪意に満ちたモノ、暴力的なモノを封じこめて『見せない』とする風潮が僕は気持ち悪い。そういうものを見て、いろんな免疫をつけて欲しい。若い人は、これからヘビーな人生を強く生き抜いていかなきゃいけないんだから」
──中島監督の作品は間違いなくそれが伺えますよね。映画『告白』は顕著にそうですし、中島監督が手掛けたAKB48の『Beginner』PVや、映画の劇中歌で使用されているでんぱ組.inc『でんでんぱっしょん』など、本来はかわいくてキラキラしているはずの女の子たちの姿/楽曲が、中島哲也作品では相当サヴァイヴィングに見えたり/聴こえたりする。それこそ、小松さんが演じた加奈子像もまさにそうですが。
中島「僕は加奈子に関しては、実像を見せたくなかったんです。見た目はかわいい女の子なのに、そんな彼女がなぜ人を陥れるようになったのか。その理由を描かないようにした。そうしたとき、加奈子が観る人にどんな風に届くのか。加奈子をぼやかした存在にした一方で、全然理解できない娘をなんとか見つけ出そうと追いかける藤島や、彼女を”世界一美しい生き物”と妄想して破壊されていく少年の感情はちゃんと描こうと思った。そのためにも、加奈子は分かりやすくてはダメだと思いました」
──加奈子と、男ふたりの「断絶感」はかなりありますよね。僕も男だし、年齢を重ねるに連れて役所さん演じる藤島のまなざしで見ることがやはり多くて。それはどういうことかと言うと、若者や女子との断絶、距離をすごく実際リアルに感じるわけなんです。まったく理解できない青春のあり方、考え方が見えたりする。そこで話が最初に戻るんですけど、極端に言えばこの『渇き。』って、10代の女の子こそドンピシャでハマるんじゃないかなって。
役所「藤島という男の姿も、加奈子をはじめとする10代の女の子の目線だと『こんな親父は情けない』ときっと映る。そういう描写の数々を、その世代には感覚的に観てもらえるはず。それは中島監督も狙った部分だと思います。説明的ではなく、感覚を研ぎすませることで伝わってくるモノがたくさんある。若い世代の方が響く映画ですよね。しかし実はそういう子を持つ親の世代こそ観るべきだとも思います。そうすることで、親世代も感覚的に、今の子どもたちのあり方の理解に近づけるのではないでしょうか」
取材・文/田辺ユウキ
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