不遇の「大盤石」錦織の苦悩──無免許での英語教師は史実どおり【ばけばけ】

3時間前

『ばけばけ』第95回より。ヘブンとわかりあえないまま、失意のうちに喀血してしまった錦織(吉沢亮)(C)NHK

(写真8枚)

今週放送された連続テレビ小説『ばけばけ』(NHK総合ほか)第19週では、トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)が松江を離れ、熊本へ移ることになった。

ヘブンからの急な熊本行きの申し出に、トキはなかなか首を縦に振ることができない。しかし、いまだに巷では水面下で「ラシャメン騒動」が尾を引いており、ヘブンはそうした人々の好奇の目からトキを守るために松江を離れる決断をしたのだと知り、トキは熊本行きを決める。

第19週の週タイトル「ワカレル、シマス。」が表すとおり、「トキと松江の別れ」もさることながら、「ヘブンと錦織(吉沢亮)との別れ」も切々と描かれた。

■ 錦織は、松江を去るヘブンを見送りに行かなかった

ヘブンが松江にやってきてからというもの、彼の手となり足となり尽力してきた錦織。過去の辛い経験から、相手が誰であっても「トオリスガリ」として距離を取っていたヘブンだったが、トキと結ばれるとともに松江を安住の地と決めて、錦織のことも「リテラリー・アシスタント」「ベストフレンド」と呼ぶようになった。

ヘブンの著書『日本滞在記』の中で錦織についてふれた一節「He is my only close friend with whom I share literary tastes.(文学的にも気が合う唯一の親友である)」を嬉しげにくり返し暗誦するほどヘブンを慕い、リスペクトしている錦織。

『ばけばけ』第94回より。(C)NHK
『ばけばけ』第94回より。「サムイ」を理由に松江を離れようとするヘブンのために外套も調達した錦織(吉沢亮)(C)NHK

真意を隠して「サムイ」ことを理由に松江を離れようとするヘブンのために、薪や防寒具を調達したり、ヘブンの次の執筆テーマのために、もともと苦手なはずの鈴虫まで集めたりしていた。

しかし、ヘブンの真意を知った錦織に、彼の熊本行きを止めることはできなかった。錦織は失意と諦観のうちに、松江中学の生徒の前で自らの経歴と、無資格で英語教師をしていたことを明かし、内定していた松江中学の校長の話を辞退する。

ヘブンとトキが松江を去る日、錦織は見送りにこなかった。トキはヘブンに、錦織とちゃんとお別れをするように訴えるが、ヘブンは「ダイジョウブ。ワカレル、シマシタ」と言う。

錦織はなぜヘブンを見送りに行かなかったのか。ふたりのはっきりとした「別れ」のシーンを置かなかった理由を、制作統括の橋爪國臣さんに聞いた。

『ばけばけ』第94回より。(C)NHK
『ばけばけ』第94回より。ヘブンの執筆のヒントにと、鈴虫を集めてきた錦織(吉沢亮)(C)NHK

■ ベストフレンドのはずなのに、全てはわかりあえなかったふたり

2月13日に放送された第95回で雨の中、ヘブンが「ゴメンナサイ、ワタシノセイ」と詫びて、錦織が「そんなことじゃないんで」と言って去っていくシーンが胸に迫った。橋爪さんは、「この『理解しあえない別れ』のシーンに、ふたりのさまざまな思いが込められています」と語り、こう続けた。

「ヘブンと錦織は『ベストフレンド』のはずなのに、『本当に通じ合ってるのかな?』と心のどこかで感じているところが、お互いにあると思うんです。

お互い惹かれあって、相手のことをわかっているはずだったのに、ふと『あれ? 自分は相手のことを本当にわかっていたんだっけ?』と疑心暗鬼になったり、素直でいられなくなってしまうことって、きっと誰にも一度は経験があるのではないでしょうか。そんな人間の機微を、第19週の錦織とヘブンのエピソードで描きたいと思いました」。

『ばけばけ』第95回より。(C)NHK
『ばけばけ』第95回より。今後は…(C)NHK

■「あの雨の中の別れのあと、もう一度会いに行く気持ちには…」

弟の丈(杉田雷麟)に、ヘブンの見送りに行かないのかと問われ、体調が悪いと言って机から離れなかった錦織。喀血したあと、虚ろな目で空(くう)を見つめる吉沢亮の芝居が圧巻だった。この先ふたりは会わないままなのだろうか。橋爪さんは、

「物語としては、これが今生の別れということではありません。ただ、あの雨の中の別れのあと、錦織もヘブンも、もう一度会いに行く気持ちにはならないと思うんです。会って解決するわけでもないし。

錦織は体調不良を言い訳にしていましたが、見送りに行かなかった本当の理由はそこじゃなくて、たぶんヘブンもそれをわかっている。現時点ではお互いに『もしかして、このまま離れて終わり……?』と思っているのではないかと思います」とコメントしつつ、今後ふたりが対峙するシーンがあることも匂わせた。

『ばけばけ』第94回より。(C)NHK
『ばけばけ』第94回より。無免許のまま中学で英語を教え、松江の教育界の重要人物として葛藤を抱えていた錦織(吉沢亮)(C)NHK

■ 「無免許で英語教師」はモデル・西田千太郎の史実どおり

また、錦織が校長を辞退する理由として、実は帝大を出ていないこと、英語の教員資格免許を持っていないことを生徒たちの前で告白するが、これは、モデルである西田千太郎の経歴に準じているのだろうか。橋爪さんはこう話す。

「錦織の経歴はわりと史実に近づけています。モデルである西田千太郎は、本庄太一郎(庄田[濱正悟]の人物造形の参考にしたと思われる松江出身の教育者)と共に『文部省師範学校中学校高等女学校教員検定試験』の5教科を受験しました。

『ばけばけ』第92回より。(C)NHK
『ばけばけ』第92回より。教室で向き合い、仕事をする庄田(写真左、濱正悟)と錦織(写真右、吉沢亮)(C)NHK

西田は4教科で1位の得点をとりますが、まさかの、英語だけ不合格。一方、本庄は5教科全てに合格します。当時はまだ学校制度が混乱期にあり、数年の間ではありますが、さまざまな特例が認められていて、その試験で5教科全てに合格すると、将来的に帝大卒業と同等の資格が与えられる道がありました。

しかし、英語が不合格だった西田は結局、中学校中退に等しい学歴しかない。なので『教頭心得』『校長心得』といった代理補佐のような役割までしか務められなかったのです。

英語以外の4教科については教員資格免許がありましたが、その後学校制度が変わったことにより、それらも通用しなくなってしまった。西田はその後勉強して、最終的には教員免許を取り直すのですが、長きにわたって無免許のまま英語教師を続けていたことになります」。

『ばけばけ』第89回より。(C)NHK
『ばけばけ』第89回より。生徒たちに校長就任の挨拶をする英語教師・錦織(吉沢亮)(C)NHK

■ 錦織にとって何がいちばんの幸せなのか?「今後の物語に注目」

そうした西田千太郎の来し方を、『ばけばけ』の錦織の人物造形にも色濃く反映しているのだという。橋爪さんは、

「『英語の教員資格免許を持っていない』という不利を隠しながら、それでも圧倒的に優秀で、周囲からは『大盤石』と呼ばれた西田。あれだけの秀才だったのに、何かの掛け違いで英語1科目だけ不合格になったがために、彼の進む道は大きく変わってしまった。

そんな『不遇の天才』の苦悩を、錦織というキャラクターに反映しています。錦織は類稀な優秀さを買われて、江藤知事(佐野史郎)の裁量で特例として松江の教育界の重要人物として働いている。

しかし、自分で思い描いていた未来と、実際に進んでいる未来とのギャップに苦しんだ挙句、『自分が校長になって松江の教育を変えていくことは、これ以上できない』という失意に見舞われてしまったんだと思います」と、錦織の心境を説明した。

話をするヘブン(トミー・バストウ)と錦織(吉沢亮) (C)NHK
話をするヘブン(トミー・バストウ)と錦織(吉沢亮) (C)NHK

また、今後の錦織の物語についても橋爪さんは、「経歴問題と校長辞退、そして病。それとはまた別のところに、ヘブンとの関係もあって。錦織はヘブンと『友だち』になりたかったのか、唯一無二の『リテラシー・アシスタント』になりたかったのか。

彼はヘブンにどう認めてほしかったのか。錦織にとって何がいちばんの幸せなのか。そんなところも、このあと描かれていきますので、ぜひ注目していただければうれしいです」と語った。

次週、第20週「アンタ、ガタ、ドコサ。」からは、ヘブンとトキ、そして松野家の熊本での新生活が描かれる。

取材・文/佐野華英

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