両方が大事な者を喪失…蔦重と定信の痛み分け【べらぼう】

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第36回より。絶版の通達を受ける重三郎(写真中央、横浜流星)(C)NHK
江戸時代のポップカルチャーを牽引した天才プロデューサー・蔦屋重三郎の劇的な人生を、横浜流星主演で描く大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK)。9月21日の第36回「鸚鵡のけりは鴨(おうむのけりはかも)」では、政が思ったように回らない松平定信の苛立ちが、大ファンの作家・恋川春町に思わぬ運命を与えることに。重三郎だけでなく、定信にとっても大きなダメージとなった。
■ 松平定信の改革が空回り…第36回あらすじ
松平定信(井上祐貴)は政が多忙で、蔦屋の新作の黄表紙を読む暇さえなかった。本多忠籌(矢島健一)から、定信の空回りを風刺する『鸚鵡返文武二道』の存在を知らされた定信は、蔦屋の新作3本を絶版処分にする。その頃蝦夷では、松前道廣(えなりかずき)の圧政に対する反乱が起き、定信は蝦夷を天領にしようとする。しかし一橋治済(生田斗真)は、それは彼が嫌悪する田沼意次(渡辺謙)のやり方と同じだと指摘した。

定信は春町の書いた『悦贔屓蝦夷押領』が、自分の蝦夷政策を批判するようなものと感じ、病気を偽る春町と直接会おうとするが、春町は周囲の迷惑を恐れて自害を選択。春町が仕える松平信義(林家正蔵)は、定信に春町の死とともに「たわければ腹を切られねばならぬ世とは、一体誰を幸せにするのか」という重三郎の言葉を定信に伝える。信義が去ってから、定信は一人で部屋にこもって号泣するのだった。
■ 松平定信「お前も田沼病」の言葉にグサリ
ドラマのなかの年は、ちょうど寛政元年。ということは松平定信の「寛政の改革」のエンジンが、いよいよかかってきたということだ。歴史の教科書を見る限りでは、老中が意次から定信に変わった瞬間に、パキッと社会が切り替わったかのように錯覚していたけど、意次が起こした大きな改革の波は簡単に止められるものではなかった。歴史的な革新という向かい風を受けながら、古き良き(と定信が思う)時代に逆行させるのは、やはり簡単なことではなかったのだと、この第36回で実感した。

実際最近の研究では、寛政の改革では意次の政策が結構引き継がれていたことがわかっている。治済が「お前も田沼病やないかい」という、定信の最も聞きたくない言葉のなかで言っていた「勘定所御用達」は、幕府が選んだ豪商たちに経済政策に協力してもらうという、いわば民間人材のようなもの。確かに徳川治貞(高橋英樹)が補足したように、定信政権になって新たにできたポストだけど、商人の協力で幕府の資金を増やすという考え方は、意次と似たりよったりだと言える。

さらに治済のみならず、SNSからも「それ、田沼様がやったことやないかーい!」と総ツッコミが入ったのが、蝦夷の上知計画だ。ただ意次の場合が、松前藩の弱みを必死に探ったり、色仕掛けでだましたり(ドラマの話です)と苦労したのに対し、定信の場合は折よく「クナシリメナシの戦い」が勃発。松前藩は統治ができないという大義名分で、天領にしようとしたのだ。またドラマ中で定信が言っていた通り、外国からの国防も本格的に考えねばならない時期に入っていたという事情もある。
このように、いつくかの政策は憎き田沼のものを引き継がざるをえなかった定信。その矛盾を突いて定信の怒りを誘って冷静さを失わせ、引き続き蝦夷地を支配したい松前道廣のアシストを果たすとか、治済のヴィランぶりはなおも健在だった。
■ たわけたら罰せられる時代…出版冬の時代へ
そんな風に、完全に頭に血が上った状態で春町の『悦贔屓蝦夷押領』を読んだ定信。「定信は意次を批判しながら、手柄を横取りしようとしている」とうがった(というかそれが正解)定信は、春町に申し開きを命じ、病気で出てこれないと知ると、自分の方から出向くとまで言い出した。追い詰められた春町は腹を切ることになるのだが、重三郎が第34回であやぶんでいた「たわけたら罰せられる時代」が到来した瞬間だった。

重三郎にとっては、蔦屋の稼ぎ頭だった人気作家を失うと同時に、これからは判断をあやまると、作家や絵師に最悪の結果をもたらせてしまうという、その現実を突きつけられることになった。でも春町がただただ切腹しただけなら、重三郎はひるんだかもしれないが、春町は「豆腐の角に頭をぶつけて死ぬ」というオチで、戯作者のプライドを見せた。自分は死ぬけれど、重三郎たちはこれに負けないぐらいにたわけて、ふんどしの守に抵抗してくれよ・・・という、大きなメッセージと受け取っただろう。

■ 「神」と崇めた作家の死に、松平定信が慟哭
ただ一方の定信、春町の死を聞いた彼の反応は、自分をバカにした下級武士ではなく、推し作家の強火担のそれだった。定信を演じる井上祐貴も「大切な存在を自分の政策で命まで絶たせてしまった」ということが、頭のなかをめぐっていたという。もしかしたら定信は春町を詰問するのではなく、重三郎が願っていたように、春町自身の口から意見を聞こうとしたのかもしれない。そこまで思わなくても、単純に「神」と崇める作家に、これを口実に直接会えるという期待は、間違いなくあったはずだ。

自分が愛するものを、自分の手で葬ってしまったことの痛みは、まさに想像を絶する。しかも定信は、黄表紙マニアということを周囲に隠していた。重三郎たちと違って、この大きな喪失感を誰とも共有できず、一人孤独に抱え込まなければならないという事実が、そのやるせなさを増幅させる。誰もいない布団部屋にこもって慟哭する姿は、自業自得とは思っても同情せずにはいられなかった。

重三郎VS定信の第2ラウンドは、どちらにとっても大事な「恋川春町」を失うという痛み分けとなった。次は両者とも、この失敗を繰り返さない策を練ったうえで戦いに挑むはずだ。次回その板ばさみに遭うのは、春町と違ってライトに生きている北尾政演こと山東京伝(古川雄大)。厄介ごとは避けて通りたいと思っているであろう彼を、重三郎がどのように口説き落とし、定信がどんないちゃもんを付けてくるのか。ここまで来たら毒を喰らわば皿までと、逆に楽しんでしまおうではないか。
◇
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』はNHK総合で毎週日曜・夜8時から、NHKBSは夕方6時から、BSP4Kでは昼12時15分からスタート。9月28日の第37回「地獄に京伝」では、数多くの戯作者が去っていくなかで、重三郎が山東京伝に新作を依頼するところと、定信が幕府の改革をますます進めていくところが描かれる。
文/吉永美和子
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