蔦重依存とトラウマを断ち切る結婚…歌麿を確立した、意外な人物とは

2時間前

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第35回より。耳が聞こえないことを伝えるきよ(藤間爽子)(C)NHK

(写真7枚)

江戸時代のポップカルチャーを牽引した天才プロデューサー・蔦屋重三郎の劇的な人生を、横浜流星主演で描く大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK)。9月14日の第35回「間違凧文武二道(まちがいだこぶんぶのふたみち)」では、重三郎に激重感情を抱えつづけた喜多川歌麿に大きな変化が。その扉を開いたのは、思いがけない境遇の女性だった。

■ 歌麿の師匠・鳥山石燕の死…第35回あらすじ

喜多川歌麿(染谷将太)は蔦屋からの帰り道に、かつて「自分らしい絵」を探しているときに事件に巻き込んでしまった女・きよ(藤間爽子)と偶然再会。耳と口が不自由で、洗濯女をして日銭を稼いでいるきよに惹かれるものを感じた歌麿は、彼女の日常の姿を描くようになる。その頃、重三郎の恩人だった田沼意次(渡辺謙)が逝去。ほどなくして、歌麿の師・鳥山石燕(片岡鶴太郎)も、嵐の夜に見た雷獣の絵を遺して亡くなった。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第35回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第35回より。雷雨の中に雷獣を見出す絵師・鳥山石燕(片岡鶴太郎)(C)NHK

歌麿は重三郎に石燕の死を伝えるとともに、きよと所帯を持つと報告。石燕の庵を借りる資金を作るために、かつて重三郎が依頼した「笑い絵」の買い取りを願い出る。歌麿が「幸せじゃなかった」と思えていたことが幸せそうに描かれた絵を見て、重三郎は歌麿を変えてくれたきよに、一生そばにいて欲しいと礼を言う。歌麿の変化を涙ぐみながら喜ぶ重三郎に、女将・てい(橋本愛)は、代金の百両を取り戻せるよう念を押すのだった。

■ 後年の美人画に繋がる「キーウーマン」きよとの結婚

狂歌絵本『画本虫撰』で、待望の絵師デビューを果たした喜多川歌麿。ただこの段階では、その技術が高く評価はされたものの、それで絵画の世界を揺るがすというレベルではなかった。彼が美人画の常識を大きくくつがえす「大首絵」を発表するのは、まだここから数年後。しかしこの第35回では、彼がその作風の糸口をつかむとともに、ようやく重三郎への精神依存を断ち切るという、大きな転機が描かれた。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第34回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第34回より。できあがった錦絵を眺める鳥山石燕(片岡鶴太郎)(C)NHK

それまでの美人画は女性の全身を描くのが常識で(この際呉服屋とタイアップするという商法を発明したのが重三郎というのは、視聴者も記憶しているはず)、顔つきなどはさほど重視されていなかった。しかし歌麿は、ちょっとした描き方の違いでモデルの感情の変化まで伝えるという、繊細な表情の描き分けに成功。美人画の幅を大きく押し広げ、重三郎の元で革命を起こすことになる。

しかし歌麿はどうやって、そのテクニックを会得するに至ったのか? そこでキーになったのが、聾唖の洗濯女・きよだ。彼女は耳が聞こえず、しゃべることができないため(そして読み書きもできない模様)、なにを考えているのかを知ることができない。凡人ならば意思の疎通をあきらめるところだが、歌麿は花や虫のスケッチによって、物事の細かい違いを見極める「絵師の眼」を持っていた。それゆえに、表情や仕草だけで精一杯自分を表現しようとするきよの存在に、画家としての本能を動かされたのだろう。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第35回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第35回より。絵師・喜多川歌麿に絵を描かれながら、洗濯をする妻・きよ(藤間爽子)(C)NHK

その本能通り、きよの些細な変化から感情を読み取り、それを記録するように絵にしていく作業は、歌麿の技術を高めることになった。歌麿にとってはまさにミューズといったところだが、きよにとっても自分の障碍が誰かの助けになるとは、思いがけない喜びとなったはず。きよを演じる藤間爽子は、日本舞踊の家元の顔も持つ。言葉ではなく、動きや表情で人物の感情や背景まで繊細に伝える舞踊の名手の彼女が、きよに選ばれた理由が大いに納得できた。

■ 蔦重依存から脱却、性へのトラウマも打ち砕く

そうして互いが互いを高め合う存在となったわけだから、2人が夫婦になるというのは実に自然な流れだ。これは同時に歌麿の精神依存が、おていさんに嫉妬心を抱いてしまうほどにベッタベタだった重三郎から、少なからずきよに移行したことになる。そして重三郎にはできなかったのに、きよが成功させた大きな手柄は、歌麿の性に関するトラウマを打ち砕いたことだ。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第35回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第35回より。結婚の報告に来た絵師・喜多川歌麿(染谷将太)と妻・きよ(藤間爽子)(C)NHK

母親は夜鷹で、自分自身も陰間にさせられていた歌麿。自分が見聞きし、そして体験してきた男と女(男と男)の関係は、無理強いとか割り切りとか修羅場とか、ろくでもないものばかりだったに違いない。それゆえに笑い絵(春画)を描くことを重三郎に提案されたときには、鳥山石燕いわく「妖(あやかし)が塗り込められた」ような風景しか浮かばず、自家中毒のような状態となっていた。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第35回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第35回より。絵師・喜多川歌麿が描いた「笑い絵」(C)NHK

しかし今回歌麿が持ってきた笑い絵には、エロスの奥に人間の生きる喜びがあふれている、見違えるほど明るい世界が描かれていた。おそらくはきよといることで、本来の「秘め事」とはこういうことなのだ・・・という発見をしたことがうかがえる。この点でも、きよは歌麿に新しい世界と画風を与えることになったのだから、重三郎じゃなくても「ありがた山でございます!」と頭を下げたくなってくる。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第20回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第20回より。喜多川歌麿(写真左、染谷将太)と肩を組む重三郎(写真右、横浜流星)(C)NHK

物語の冒頭では、重三郎とただの仕事関係となっていたことに不満を述べていたのに、ほんの数十分できよという人生の伴侶を見つけることができた歌麿。今後は「版元」対「絵師」という対等な関係で、遠慮なくお互いを高めていく、仕事上の良きバディとなっていくことだろう。

その前に来週あたり、重三郎に一波乱が起きそうではあるが・・・とりあえずおていさんには、歌麿はこれから百両の元を完全に取るような仕事をするので、あまり重三郎を責めないでくだせえ、と言っておこう。

大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』はNHK総合で毎週日曜・夜8時から、NHKBSは夕方6時から、BSP4Kでは昼12時15分からスタート。恋川春町(岡山天音)の新作が松平定信(井上祐貴)の怒りを買って絶版処分になり、朋誠堂喜三二(尾美としのり)ら武士の作家たちに岐路が訪れるところが描かれる。

文/吉永美和子

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