ファンが支える「推し蔵」って?国内量減少の「日本酒」に新風
10月1日は「日本酒の日」。各地で酒蔵が日本酒造りを始める、「酒造元旦」とも呼ばれる記念日で、この「日本酒の日」前後を中心に10月には関西各地でも、さまざまな日本酒イベントが盛んにおこなわれている。
◆ 国内では減少傾向も…近年海外で需要増
『YOMOYAMA NAGANO(よもやま・ながの)』と題した長野県産日本酒の試飲会が、東京浅草を皮切りに、全国4か所で開催された。関西は「ウェスティンホテル大阪」(大阪市北区)で7月、長野県内から54の酒蔵が出店。そこには平日昼間の開催にもかかわらず「長野の酒箱推し」のイベントを支援するボランティアや「推し蔵」「推し杜氏」を応援する熱い日本酒ファンの姿があった。
日本酒の国内出荷量は、日本酒造組合中央会によると1973年をピークに、ほかのアルコール類との競合などにより減少傾向で推移しており、2023年は前年よりやや減少の39万キロリットル。一方、海外への輸出量は、近年の海外での日本食ブーム等を背景に増加傾向で、アメリカ、中国、韓国、台湾、香港などを中心に需要も多い状況だ。
そうした現状への危機感は作り手にも強いようで、「長野県酒造組合」副会長で「田中屋酒造店」(長野県飯山市)の田中隆太社長は、「こうしたイベントに積極的に参加する酒蔵も以前よりかなり増え、以前のイベント名『長野酒メッセ』から名称変更と、コンセプトチェンジをおこないました。長野県の四方を山に囲まれた土地を表す『四方山』と、ただ試飲するだけでなく、普段直接交流する機会が少ない来場者と酒造りを行う蔵人とがいろいろな会話で盛り上がる様子『四方山話』と2つの意味で名付けています」と話す。来場者と蔵人との交流によって長野県の酒造りを盛り上げたい気持ちが、イベント名にも強く表れている。
◆ 酒蔵数全国2位、中小の酒蔵の個性が際立つ長野の酒
長野県内には約80社の酒蔵があり、酒蔵数は新潟県に次ぐ全国第2位。今年発表された「令和5年酒造年度全国新酒鑑評会」では、純米(大)吟醸酒部門別での金賞獲得数は7品で、都道府県別で、品質としても全国トップレベルを誇る。
「全国の都道府県で4番目に広い長野県は南北に広がっており、ひと口で長野と言っても、地域ごとに日頃食べている食事の素材も、味の好みも異なる。各酒蔵は昔からその地域の食事にあう、その地域で愛される味を作り続けてきたから、飲み比べるとおもしろいですよ」と教えてれたのは大吟醸「横笛」の蔵元「伊東酒造」(長野県諏訪市)の伊藤社長。
さらに長野県内の約80の酒蔵のうち、ほとんどが50名以下の中小の酒蔵だということで、大手酒造メーカーよりも、蔵人たちの工夫や個性が酒にダイレクトに表れやすいそう。それぞれの酒蔵の醸す酒をアツく支持するファンがつくのも納得がいく。
◆ 一昔前は男性の世界、現在長野県では女性も活躍
イベントに出店していた「豊賀」「米川」の醸造元「高沢酒造」(長野県小布施町)は、高沢賀代子さんが杜氏として、専務である夫と二人三脚で酒造りを行っている「長野で最も小さな酒蔵」のひとつ。
蔵元の娘である高沢さんが東京で学んだ後、地元に戻り酒造りに携わり、杜氏としてデビューした際に誕生した際に生まれた銘柄が「豊賀」。少人数で手間暇かける手造りにより、世の中に多く流通しておらず、長野でも関西でも限られた特約店でしか手に入らない。この日のイベントで「高沢酒造」の試飲のお手伝いした大阪のボランティアスタッフも、「今回『豊賀』を初めて飲みましたが、高沢さんのお人柄が反映されたような、やわらかくやさしい酒」と評する。
高沢さんは「今回たくさんの方に喜んで飲んでいただき、好印象をもっていただけたようです。以前参加したときにも感じましたが、関西の方とは相性が良いというか、好みに合うのかもしれません。たくさん楽しくお話ができて『今年も一年頑張ろう』という元気をもらえました」と話す。日本酒ファンとの直接の交流が、酒造りのモチベーションにつながっているようだ。
聞くと長野の女性杜氏同士の交流も活発とのこと。以前は男性中心だった酒造りの世界で活躍している高沢さんのような頼もしい存在が協力し合い、長野の酒造りの層を厚くしているに違いない。
■「長野の日本酒推し」のボランティアの力も大きく貢献
紹介した「高沢酒造」同様に、今回のイベントでは、各酒蔵のブースごとにボランティアが一名お手伝いで付き、蔵人たちと協力して試飲に纏わるいろいろな作業をおこなっていた。
「長野県酒造組合」が事前に、酒蔵ブースのお手伝いをするボランティア募集をかけはじめると、定員はあっと言う間に埋まったそう。長野が好きな人、長野のお酒が好きな人たちが、関西はもちろん、遠方から駆けつけ、その日担当になった酒蔵を手伝う。
今回「北安醸造」(長野県大町市)のブースにいた奈良県の女性は「長野県のお酒の大ファンです。以前もこのイベントに参加しましたが、今回も是非と思って応募しました。担当した『北安醸造』のお酒は初めて飲みましたが、全体的に甘口でバリエーションも豊富で好きになりました。試飲も好評だったので、関西でも広まってほしい」と話す。
場内では至る所で、ボランティアが来場者に声がけし、試飲を勧めたり、会話を盛り上げたりする場面が見られた。こういった場のコミュニケーションに慣れていない蔵人もいると思うので、ボランティアが来場者と新しい蔵との出会いをサポートし、自らも新たな蔵と出会い、お酒の知識も増やすことがことができる、とても意義のある取り組みだと感じた。
◆ 熱心な日本酒ファンの「推し活」!?
イベント終盤、ひと際賑やかに盛り上がるブースを発見。こちらも女性杜氏・岡崎美都里さんが活躍する長野県上田市の「信州亀齢」の蔵元「岡崎酒造」だ。社長である夫・謙一さんとともに構えた試飲ブースには、「信州亀齢」のTシャツ、布バッグなどを持った数人が、ふたりにサインを求めている。
サインをもらった男性に声をかけると「『信州亀齢』の大ファンで、岡崎美都里さんは『推し杜氏』です。今日は関西に来ると知って、会社を休んで来ました。飲んだことないんですか?キレのある本当においしいお酒なので、絶対飲んで欲しい」と、筆者も「布教」を受けた。
別の女性は「『信州亀齢』が好きで、謙一さんのSNSも毎日チェックしていて、奥さんを大事にしていて微笑ましいな、なんて思ったり。お酒はもちろん好きですが、SNSを通じ人柄も知ることができ、より応援したいという気持ちになりました」と話す。
他にも特定の銘柄を目当てに、関西で「推し蔵」「推し杜氏」に会いたいと、駆け付けた日本酒ファンがいたようで、さながらアイドル「現場」のような光景に驚いたが、普段離れて酒造りを行う長野の蔵人に全国にいるアツいファンの声援が直接届くという、こうしたイベントならでの良さも感じる活気あふれるひと場面だった。
現在、長野の酒造りの現場では、世代交代が進んできており、40代の社長も増えている。一昔前は「イベント出店には興味がない」と消極的だった酒蔵も多かったが、現在は、今回のような日本酒ファンと交流できるイベントに積極的に参加し、消費者のダイレクトな反応などを参考にする酒蔵も増えているそう。
『YOMOYAMA NAGANO』に長野にある約80の酒蔵のうち、50を超える酒蔵が、忙しい酒造りの合間を縫って、わざわざ大阪まで来た、というのがその本気の現れ。これから新たな世代の酒造りを担う蔵人たちが、日本酒ファンの後押しを受けながら醸す酒にも注目したい。
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