おおたにが奮闘、消滅してゆく神戸の隠れ名物「野球カステラ」

2024.1.1 14:00

神戸の隠れ名物「野球カステラ」、明治時代から続く老舗「おおたに」のカステラは小ぶりなのが特徴

(写真14枚)

グローブやバット、ボールなどの形をした神戸名物「野球カステラ」をご存知だろうか? 昨今のレトロブームにあいまって「可愛い」と注目を浴びる一方、野球カステラを焼く店舗は数を減らし、現在は市内に10軒だけになっている。そのなかの1軒、100年近く野球カステラを作り続ける「手焼き煎餅 おおたに」(神戸市中央区)を取材した。

■ 当時は100軒→10軒にまで激減

大正時代に野球が普及し始めたころに、神戸名産の「瓦煎餅」を焼く店が野球カステラも焼くようになった。一時は卸しをしている店も含めて100軒以上あったそうだが、阪神淡路大震災で店が閉店してしまったり、後継者がいなかったりして急激に数を減らしている。

「手焼き煎餅 おおたに」の店構えは、オープン当時から変わっていない

数少なくなった手焼きを守る「おおたに」は、約100年前に現在の店主・大谷芳弘さんの祖父が始めた。現在の地に移転してから70年以上営業を続けていて、入り口の木製ガラスの引き戸がレトロで雰囲気がよいと、購入したカステラを手にお店の前で写真を撮る人も多いそう。

「おおたに」の野球カステラの型は小さめで、むっちりした食感が特徴だ。材料は、小麦粉と卵、牛乳、砂糖、炭酸、はちみつだけで、「小さな子も安心して食べられるように」という大谷さんの母の思いを引き継いでいる。また、バットやボールが入っていなくて悲しんだり喧嘩したりすることがないように、全アイテムが入るように丁寧に袋詰めしている。

「野球カステラ」は300円、低い価格設定は子どもが買えるようにとの思いから

「はちみつが多めなので、ちょっと茶色が濃いんです。炭酸の量で膨らみ方が違うし、天候にもよるし、型に生地を入れる量を見ながら焼かないといけない。冬は気温が低いからタネも冷たくて、夏場の方が焼きやすいね」と大谷さん。

カステラを焼く大谷さん、ひとつ2〜3kgほどある型を軽々持ち上げる

■ 「弟子」との出会いで店を続けることに

野球カステラの型や、「ジープ君」「キャッチャー君」などの珍しい大きな焼き型は、祖父が使っていたものを引き継ぎ大切に使う。バターがたっぷり入った「BATA」は、クッキーのようなちょっぴりリッチな味わいで、愛らしい型のデザインも相まって隠れた人気商品になっている。

「おおたに」でしか買えない商品、焼き印はすべてオリジナルで先代から受け継がれたもの

祖父の型を使いこなして、当たり前のように煎餅を焼く大谷さんだが、18歳で家を出て会社員となり、店を継ぐ気はなかったという。煎餅屋を継いだ父が亡くなったとき、店を閉めて母を北区の自宅に連れて帰る予定でいたと言う。ところが「知っている人もおらへんし、ここにおらして。あんた、煎餅焼いて!」と母に頼まれたそう。

煎餅の焼き方などまったく知らなかった大谷さんは、祖父の弟子が焼くところをビデオに撮り、それを見ながら焼き方を習得した。そして仕事は定年まで続けて、母と煎餅屋を守った。

「手焼き煎餅 おおたに」は、阪急春日野道駅から徒歩1分ほど

そんなある日、弟子にしてほしいというひとりの女性が現れる。1週間後に焼くから見においでと告げた4日後に、95歳で母が亡くなった。母のために店を続けていた大谷さんが、今度は弟子のために店を続けることになる。

後継者が少ない手焼き煎餅でも、実際は職人の世界で弟子はなかなか取ってもらえない。焼き型は1丁が2キロほどと重く、バランスを崩せば大火傷になりかねないこともあって女性には特に狭き門だ。ところが、大谷さんの元には次々と女性の弟子が集まった。

現在大谷さんのもとで修行をする和田絵三子さん、女性のせんべい職人は稀だという

最初の弟子は独立して高知県で手焼き煎餅屋「べるりん」を営んでいる。2人目はスポーツで怪我していた肘が痛むようになり続けられなかった。そして現在、修行をしている3人目の弟子・和田絵三子さんは2024年2月に兵庫区で「手焼き煎餅 えみり堂」を開業する予定だ。

お店を継ぐ気がなかった大谷さんが、今は野球カステラをつないでいる。「教えるのはえみちゃんが最後。もうやめ時かな〜」とぼやきながら、75歳の大谷さんは今日も野球カステラを焼く。

(左から)弟子の和田絵三子さん、大谷芳弘さん

「手焼き煎餅 おおたに」は1月4日から営業。営業時間は朝10時〜夕方5時(月・火曜定休)。

取材・文・写真/太田浩子

手焼き煎餅「おおたに」

住所:兵庫県神戸市中央区割塚通7-2-17
営業:10:00〜17:00(月・火曜定休)

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