いま必要とされるのは劇場かも、評価される「人をつなぐ活動」

神戸市長田区の増田匡区長(左)と「ArtTheater dB KOBE」の大谷燠代表
新型コロナウイルスの状況に翻弄されながらも、この時代に求められる芸術や劇場のあり方を模索し続ける関西の小劇場を紹介する本コラム。今回は、コンテンポラリー・ダンスのNPO法人「DANCE BOX(以下dB)」が運営する、「ArtTheater dB KOBE(以下劇場)」(神戸市長田区)をとり上げる。
取材・文/吉永美和子
〜dBが吸引力となって長田区へ移住〜
「dB」代表の大谷燠(いく)さんは、30年近くに渡って関西のダンスシーンを盛り上げてきた立役者。2009年に同劇場をオープンし、最先端のダンスの上演やワークショップに加え、劇場のある「新長田」という街の魅力を再考する企画を数多く発信している。
その魅力に引き寄せられて長田区に移住する人も多く、2019年から長田区長を務めている増田匡(ただす)区長もそのひとりだ。
増田区長とdBの出合いは2013年、神戸市の「長田区役所」に人事異動したのがきっかけ。公演のたびに足を運び、「ダンスを初めて観たときは『ようわからんな』と思いましたけど(笑)。dBを通じて大谷さんだけでなく、地域の人とも仲良くさせてもらった。すっかり新長田が気に入ったので、いつでも劇場に来れるようにと数年前に引っ越してきました」と、劇場が暮らしを大きく変えたそうだ。
大谷さんも、「区長はインドネシアのダンサーのワークショップを受けて、町中で踊ったこともありますよ(笑)」と、その熱心なファンぶりを語る。区長に就任したのは「自分の意思ではなく、たまたま神戸市から任命されたから」とのことだが、dBの活動の追い風になっていることは間違いない。

増田区長は、「僕以外にも、dBが吸引力となって10数人ぐらいのクリエイターが移住しているので、その動きは止めたくない。今後、このような劇場がコミュニティを維持する装置のひとつになっていく。人と人とをつないで、長田区の魅力を引き継ぐ役割になれば」と期待を込めた。
〜文化事業に振り回された歴史〜
今やすっかり長田の町に溶け込んだ同劇場だが、運営元・dBの歴史は、公立の文化事業の不条理さに振り回された歴史とも言える。
始まりは1990年代半ば、大阪の「トリイホール」(大阪市中央区/2020年閉館)のプロデューサーだった大谷さんは、空きのある日を利用してダンスの集中プログラムを実施。当時はちょうど「音楽に合わせなくてもいい」「どんな体格でもダンサーに」など、既成のダンスの概念を打ち崩す「コンテンポラリー・ダンス」が注目されはじめた頃だった。
dBの打ち出す企画は好評で、プログラムによっては「出演希望者が100組待ち」なんてこともあったそうだ。そこで法人化し、本格的な活動を開始しようとしたタイミングで、大阪市から「芸術文化アクションプラン」の声がかかった。
娯楽施設「フェスティバルゲート」(大阪市浪速区)に、現代アート系のNPOの拠点を集めて、地元の文化の活性化を目指すという計画だ。
大谷さんは、「評価が定まってない芸術を支援する専用のアートセンターを作る、という国内外から注目されるほど新しいプランでした。いわゆる公設置民営で、家賃と光熱費は市が負担するけど、それ以外はほぼ自腹というのが条件。そこで、数千万の借金をして改装し、2002年に『Art Theater dB』を立ち上げました」と振りかえる。
国際的なダンス・フェスティバルをおこない、地元の活性化事業も少しずつ進めるなど、順調に活動。しかし2007年には、大阪市が土地の売却を決めてしまったため、わずか5年で撤退を余儀なくされた。

「当時の關淳一市長は活動を評価して新しい拠点の候補地をあてがってくれたんですけど、次の平松邦夫市長に変わったら白紙になりました」と大谷さんは苦笑する。
活動の方向性を完全に見失った大谷さんに、救いの手を差し伸べたのは、「Art Theater dB」閉館をめぐるシンポジウムに熱心に通っていた、ある神戸市職員だった。彼の誘いで新長田まで見学に行ったところ、大谷さんはその街の雰囲気に、大きな可能性を感じたという。
「奄美や沖縄、朝鮮半島やベトナムなどからの移民が多いエリアなので、違う文化の人同士が共存共栄していかねばならない。そのためか、異なる立場の人たちに対する寛容性がものすごくある町なんです。コンテンポラリー・ダンスという新しいダンスをこの場所でやっていくのは、とてもいいんじゃないかと思いました」と語る。
2009年、元ライブハウスを改装して神戸版の「ArtTheater dB KOBE」をリスタート。そこで予想外だったのは、ダンスファンよりもむしろ地元の人たちが積極的に劇場を訪れ、自分たちのコミュニティにグイグイと引き入れてくれたことだ。

「あちこちに連れ回してくれて、劇場には『観に行くことが支援になるから』と来てくださって・・・。だいたい『まったくわけがわからん』と言われるんですが(笑)、それがきっかけで対話が生まれて、『地区のお祭で踊ってくれへんか?』なんて話が来たり。そうやってアーティストと地元の人がお互いに行ったり来たりできる関係は、新長田だから上手く築けた」と、最初の直感が間違ってなかったことを明かした。
〜劇場は、人の居場所を作る大きな役割〜
dBの波乱万丈の遍歴は、「大谷さんから、数限りなく聞いてきた」という増田区長。公の文化事業の朝令暮改ぶりについて、大阪市ほど極端ではなくても、日本の文化行政ではありがちなようだ。
「たとえば高齢者や子育て支援などは、トップが変わってもそんなに方針はブレません。でも芸術文化に関しては、行政がどう関与するかの振れ幅が非常に大きいのが現状。その点で日本の文化行政は、まだまだ成熟してないなあと思います」と自戒を込めて語る。

文化は「趣味」や「遊び」としか思われず、「税金を使う必要があるのか?」と問われてしまう傾向にあるのは、特に最近の関西では顕著だ。しかし大谷さんは「社会のなかに『遊び』があることが大事だ」と強調する。
「アートが社会にどういう影響を与えているかは、本当にわかりにくいんですよね。でも遊びが社会にどれだけ必要なのか? ということを、私たちは言っていかなければいけないし、それを行政がどのように位置づけることができるのかが大事」と力説した。
たとえばdBでは、世界で活躍するコンテンポラリー・ダンサーが、地元の子どもたちにダンスを教える『子どもダンス留学@神戸』というプログラムがある。一見単なる趣味や習い事のように思えるが、子どもによってはシェルターの役割も果たしているという。
大谷さんは、「劇場が居場所になっている子が何人もいるんです。コンテンポラリー・ダンスは『無理に踊らなくていい』と言える所だから、ただ遊びに来るだけでも構わない。むしろ劇場は、いろんな人たちの居場所を『どうやって作っていくのか』が大きな役割になってくるのでは」と語る。
増田さんも「そうやってダンスに触れて育った子どもたちは、大きくなったとき確実に、より豊かな人生を送れるはずなんです。文化って間違いなく世の中のためになっていると思うんですけど、その効果がすぐには現れないし、わかりやすく測定もできないから、振れ幅が大きくなるんでしょうね」と分析した。

〜アフターコロナに必要とされる劇場〜
今回のコロナ禍において、劇場の運営はどうだったのか・・・。同劇場は民営のうえ、公的な助成金にもほとんど頼っておらず、大谷さんによると「宣言中は本当に一切お金が入らなかった」という。だが却ってオンライン・ワークショップや新長田の盆踊りを製作・配信するなど、バラエティに富んだ活動ができたとも。
「僕は(公立劇場の)『神戸アートビレッジセンター(KAVC)』の館長もやっているのですが、書類を通してハンコを押して・・・みたいな制度があって、パパッとできない。でもこの劇場だと『今空いてるから、リハーサルに使っていいよ』みたいなことができる」と、小さな民間劇場ならではのフットワークの軽さが生きたという。

一方、区長として「長田区から感染者や死者を出さないことが最優先で、それ以外のことを考える余裕はない日々でした。しかし、コロナが人の生活にどういう影響を与えたか、もう少し先にならないとわからないことがたくさんあるはず」と打ち明けた増田区長。
「出歩かなくなって足腰が弱った高齢者や、引きこもりが増えているはず。交流する場がなくなると、みんな元気がどんどんなくなりますよね。コロナが落ち着いて、そういった問題が顕著になったときに、dBにどういう役割を担ってもらうか? 今は全然考えがおよびませんけど、人と人をつなぐ活動をしてきたdBの存在が、きっとそこで活きてくると思います」」と期待を寄せ、大谷さんも「やっぱりここの最大の資源は『人』だと思うし、交流や変化のプロセスを楽しみながら、一緒に発展していけたらと思います」と話した。
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