2020年下半期に見逃していない? 観るべき邦画の評論家鼎談

大伴恭一演じる大倉忠義、今ヶ瀬渉を演じる成田凌。©水城せとな・小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会
斉藤「『罪の声』は土井監督の映画史みたいなところもあるよね」
斉藤「『劇場』は恋愛映画といえば恋愛映画だけど、どちらかと言うと依存関係。恋愛映画的なのは『窮鼠』ですよ。僕は間違いなく今年のナンバーワン。あんな映画、世界的に見ても今までにないんじゃないか。LGBTQでもない。そこがおもしろいところ。大倉忠義演じる大伴はヘテロですよね。でも今ヶ瀬(成田凌)に愛撫されたら不覚にも反応してしまった、という(笑)」
田辺「『自分はそうじゃない』と抵抗をすることも頭をよぎるけど、身体を貪られて、今ヶ瀬に流れていく」
斉藤「彼にのめり込んで、なんとなく愛情も湧いてきて。でも今ヶ瀬が自分の家から出て行っちゃったとき、ゲイバーに行っちゃう。あそこからの内容は水城せとなの漫画原作にはなくてオリジナルの話になるんだけど、そこからが行定映画らしい地獄の展開になるよね」
春岡「あのくだりがすごく良かった。結局、なじめずに出てきてしまって『つらい、つらい。悲しい』って感じで。大倉の芝居が素晴らしかった」
田辺「大伴を取り囲む女性陣も打算的で良いですよね。夏生(さとうほなみ)は呑んだあと、酔っ払ったノリを演じて、大伴の家に入り込もうとする。『もう、何やってんのよ』とか本当に白々しいんだけど、さらに上手(うわて)なのが今ヶ瀬で、『ありがとうございます』と部屋から出てくる。あのカットが見事。狭い廊下の空間のなかで感情の交錯を完璧な形で映し出している。大伴に対して、みんなが女性目線で『え?女の私の方に来ないの? 相手は男だよ?』みたいな考え方があって、それが重すぎることなく描かれている」
斉藤「あの話のオチは言ってみれば大伴が、『どうせ何があっても今ヶ瀬は俺のもとに帰ってくるだろうな』という雰囲気を匂わせながら、今ヶ瀬の止まり木にひとりで止まって幸せそうにしていること。そんなとき、今ヶ瀬は別の男に抱かれて泣いているんだから。ものすごーく酷い話なんだよ(笑)」
春岡「ただ、やはり映画の画として大倉忠義、成田凌というきれいな男ふたりの絡み合いは見惚れたね。あの美しいベッドシーンは、今後、ネットフリックスなんかで世界配信されたとき、誰もが『美しい』となるんじゃないか」
斉藤「っていうかさ、Lmaga.jpのインタビューにも載せたんだけど、途中でネコとタチが逆転するところがあるやん? なぜ変わるのかという意味を案外分からない人が多いのよね。前半は大伴はヘテロなんだから、欲情しようがないやん? そのあと、やっと恋愛に目覚める。だからタチになる。インタビューを読んで『やっと理解しました』という声があった」
(編集部注:ネコはセックスで受け身側、タチはその攻め手側)
春岡「あれが終わった後の翌日の朝、裸で台所まで歩いて行ったりとか、あの自然な感じがまた良かった。ちょっとガニ股になるんだけど、イヤらしくはないんだよね。こうなっちゃうんだね、と。成田凌の今ヶ瀬も、「満足、満足。ついにやっちゃったし」みたいな顔してね。何年か越しでずっと想っていたからさ。あの成田の芝居はお見事」
田辺「大伴、今ヶ瀬、夏生の食事のシーンも、頼んだビールの銘柄が同じかどうかでマウントを取り合うとか。そういう些細な競争こそ、恋する心情ですよね」
斉藤「僕はどのベストテン投票でもトップは『窮鼠』にしてるんですけどね。ただ、メジャー系も良いものが多くて、その筆頭は『罪の声』かな」

春岡「面白いんだけど、最後の最後がちょっと弱い。詳しくは言えないけどさ、事件の首謀者はキレ者であるにも関わらず、事件に関わったある家族だけは助けようとしたけど逃しきれなかった。『俺はやることはやった』と言うと、小栗旬が『お前のそんな甘い計画のために、あの子はこういう生活を送ったんだぞ』って。そこが甘い。『あんたに思想があったことは分かるが、結局はこういうことじゃないか』という風に、論が向かっていくようになっている。結局、上手くいってないことを体制的に見て、『そうだよね』と言わせるようになっている。あれが惜しいんだよな」
斉藤「それは確かに甘いっちゃあ甘いんだけど、しゃべるごとに首謀者の自己弁護になっていくのも面白いんだよね。だけど、もうひとりいるやん。そんなの覆すような、ものすごいキャスティングが」
田辺「ミルクマンさんがインタビュー記事を書いていらっしゃった、あの人ですよね。子どもの頃、事件に勝手に巻き込まれて、それを引きずりながら地獄のような生活を送っていた様は、あの人じゃないとあらわせない」
斉藤「うん。TOHOシネマズの大きなスクリーンで彼が全部を持っていく映画って、初めてじゃないか。みんなにとって、いつかどこかで見た顔の人だと思うのよ。そんな役者がついにここまできた」
田辺「『罪の声』のような題材って大友啓史監督あたりにまわってきそうな企画じゃないですか。土井裕泰監督と聞いて『イメージになかった』と思ったんですけど、観てみたら実に見事。小栗旬、星野源が同時に事件をリサーチする構成なんかも、ぎりぎりのラインでスリムに見やすくして、ちゃんと話にのめりこませていく」
斉藤「分かる、分かる。テクニック的にもすごくうまい。脚色にあたっては原作からだいぶ時系列を変えていて、中盤で小栗、星野のバディものになってくんですよね。原作にはそういう部分はないから、映画としてエンタテインメント性が増している。証言で話がつながっていくところは大林宣彦監督の『理由』みたいだし」
春岡「その証言者たちも土井監督の映画史みたい。証言者のひとりが劇団☆新感線の橋本じゅんで、彼が務める割烹料理屋の女将が宮下順子。これがまた、頭の良いずるい女ですごいのよ。『余計なこと言っちゃダメよ』とか言いながら、裏で橋本じゅんが口を滑らせているところとか」
斉藤「土井監督は我々と同世代だから、彼の映画史みたいなところもあるよね。日活ロマンポルノ世代。趣味じゃなければ出さないような人ばっかり出しているんだよね」
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