是枝裕和監督「今までで一番大変、濃淡の度合いで悩みました」

「シネスコは、映画の嘘に向いてるサイズ」(是枝監督)
──劇中で2人がガラス越しに顔を見合わせて芝居する、接見室のシーンは何度も出てきますが、どこもすごい迫力です。
実は撮影に入る1カ月前に役所さんと福山さんで本読み(脚本)をして、そこから接見室のシーンを増やしたんです。シーン数で2、ボリュームするとおよそ1.5倍にしました。それまで映画の中心は法廷シーンと考えていたのですが、2人の本読みを聴いて、この映画は接見室の映画だなと気づいたんです。
──それは具体的に言うと?
初めは、法廷に比べて接見室は圧倒的に狭いので、絵づくりに変化がつけにくいなと思っていたんです。でも、2人の本読みで、抑揚の変化とかで探り合うようなセリフのやり取りだけで、2人の距離感とか信頼感とかどんどん変わっていくので、むしろその変化を追うべきだなと考えたということです。
──確かにそうですね。接見室のシーンと言うと、僕らはどうしても黒澤明監督の『天国と地獄』(1963年)のラストシーンを思い出してしまうのですが、あの映画は参考にされましたか?
観ました。ただ、ラストシーンを観なおしたのではなくて、参考にしたのはシネスコの使い方でした。今回、シネスコ(シネマスコープ=横縦比12:5の画面サイズ)で撮影するのでなにかを参考にしようと思い、シネスコと聞いて最初に頭に浮かんだのが『天国と地獄』だったんです(笑)。
──シネスコの画角は効いてますね。接見室で2人が向かい合うカットもそうですが、野外の雪景色にも効果を発揮しています。
ええ。シネスコというのは、「映画の嘘」に向いてるサイズだと思いました。小さめのビスタ(テレビ画面の比率に近いサイズ)だと逆に余計なものが映るけど、シネスコにはそれがない。面白かったです。

──画角の話で言うと、接見室で福山さんと役所さんはガラス越しに向き合っているのに、ガラスに反射して、2人の顔が同じ方向を向いて上下に並んで映ったり、ややもすると重なって映るカットは「おっ!」と思いました。
あのカットは、撮影監督の瀧本幹也さんが現場で見つけてくれたんです。カメラの角度と照明の角度で二重写しになって映ると。僕も「おっ!」と思いました(笑)。
──福山さん演じる弁護士が役所さん演じる被告に翻弄され、それまで求めていなかった真実を知りたがる。その心情を表すのに効果的でした。また物語の流れで言うと、裁判が開かれる前に、裁判官と検事と弁護士の三者で話し合うところも意外で、興味深ったです。
本物の弁護士さんに話を訊いたら、現実にはあの場所が一番気合いが入るって言ってました。量刑などは法廷で決定されるものの、有罪か無罪かなどの重要な判断はすでにここで話し合って決められている。なんだかすごく日本的だなと思いますね。
──法廷で検事と弁護士がやり合い、そこで新しい事実や証拠が示されて物語が一気に展開する、というのを映画やドラマでよく観ますが、ああいうのはないのですね。
これもシミュレーションとして弁護士さんに訊いたんです。「それまで殺人は認めていた被告が、もしも法廷で、それもやっていないと否認したらどうなるか」と。すると答えが「僕らが裁判官に怒られます」でした。「いちからやり直しにはならないんですか」と訊くと、「ほとんどならないですね」と言う。一考に値しない根拠のない否認とされるわけです。なるほどと思いました。
──正直、違和感を覚えます。
こういった司法のシステム的な部分や量刑の判断などは、決して私たちの手の届かないところにあるものではなく、実は私たちの側にあるものなのに、これまでそうやって感じる違和感に「見て見ぬふりをしてきた」ということがあると思うんです。それを考えてみたかった。
──劇中で被害者の娘を演じている広瀬すずが言いますね。「私は見て見ぬふりをしたくなかった」と。
そう。あれは斉藤由貴さん演じる、自分の母親について言うことですが、不特定の人間に向かって言ってることでもあるんです。
──広瀬さんは、『海街diary』のときと比べてどうでした?
あの頃もいまも、あの世代ではピカイチの女優だと思っています。今回は「夢のなかでしか笑わない少女」と役柄を伝えたら、あの少女像をつくってきた。ある一瞬、正義感だったり、母親への嫌悪だったり、被告への愛だったりする、そう見える一瞬をつくることもできる。それに声の表現力もある。20代が楽しみです。

──母親役の斉藤由貴も実は力のある、怪物的な女優だと思います。
個人的には昔から大ファンだったので、出てもらってうれしかったです(笑)。確かに、彼女もすごい演技者だと思います。僕はこの映画の登場人物で一番悪いのは、彼女が演じた被害者の妻ではないかと思うのですが、彼女はそんなに多くない出演シーンで、ちゃんとそのことを感じさせる芝居を残しています。
──ほかに、福山さんの若い同僚として満島真之介や検事役で市川実日子が出ています。
福山さんの弁護士事務所にはもうひとり、吉田鋼太郎さんもいて、満島くんを加えた3人のバランスがよかったと思います。実は今回こだわったのは「3」という数字。弁護士事務所の3人、検事・弁護士・裁判官という関係、被告をめぐる被害者の妻と娘の関係、そして雪原の3人など、そういうところに注目して観てもらうのもいいかなと思います。
──なるほど。「接見室の映画」「見て見ぬふり」「3」と、いろいろな観点から入っていくことのできる映画ですね。ほかにこういう観方も、というのはありますか?
いや、基本的にはこの映画は福山さんと役所さんが対決する映画と思っています。だから、西部劇のような、男と男が対決するエンタテインメント作品として観てもらえたらいいですね(笑)。
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