もはや名人芸、深川栄洋監督の映画術

深川映画術・その3 演出の秘密
製作部があのロケーションというか、家を見つけてきてくれて、このシーンは勝ったな、と思いました(笑)。撮っていてもワクワクして、とても楽しかったですね」(深川)
深川監督がそう語るのは、夫婦役を演じる麻生久美子と上地雄輔が、揃って麻生の実家を訪ねるシーン。その家は、ダイニングから直接庭に出ることが出来るようになっていて、庭では上地が幼い甥や姪と楽しそうに遊んでいる。それをダイニングのテーブルに肘をついたまま、麻生が無表情でぼんやり見ている。母親役の左時枝が来て、麻生に『嫁としてちゃんとやってるの?』と小言のようなことを言う。麻生は表情も姿勢も変えない。そこへ上地が庭から来て、左と少し言葉を交わしてまた庭に戻ると、左ももうニ、三言麻生に声を掛けてその場を離れる。そんなワンシーン。すごいのは、そのシーンの始めから終わりまで、麻生がまったく動かないことだ。それでいながら、そのシーンで最も重要なのは麻生の心の動きなのだ。つまり、シーンの軸である麻生は表情も姿勢も微動だにせず、近くで左と上地が芝居をするだけで、麻生の心の動きを観客に感じさせるわけだ。よほど自信がなければ出来ない演出だろう。

『神様のカルテ』にはこんなシーンがあった。主要な登場人物のひとりである加賀まりこが病院で亡くなるシーン。カメラは加賀のいる病室に入らず、隣の部屋からガラス越しに撮っている。すると病室から看護師役の池脇千鶴がいたたまれないという風情で出てくる。カメラは切り返して、出てきた池脇の背中を捉える。ずっと背中を捉える続けるカメラ。そこへモニターの変化を告げる音、ビクッとする背中。つまり、深川監督は、物語のクライマックスでもある登場人物の死を、一度も本人を映すことなく、隣の部屋にいる人間の背中で見せたのだ。『洋菓子店コアンドル』にも、『半分の月がのぼる空』にも、同じような腰の据わった演出による確信犯的カメラワークで見せきってしまうシーンがある。映画ファンを驚かせ楽しませる、こういう演出こそ深川映画の真骨頂なのだ。
深川映画術・その4 脚本の秘密
「初めて原作を読んだときは、なんだか地味だけど映画になるのかなっていう感じでした。でも、篠崎さんの脚本を読んだらなるほどと思いましたね。原作は5つの話からなる短編集なんですが、そこから4つの短編が選ばれていて、それぞれの主人公4人が少しずつ年齢の違う友人同士という設定にしてあったんですね。すると独特なグルーヴ感も生まれていて面白かった。それに、プロデューサー側にロマンチック・コメディをやりたいという明確な意図があったのも頼もしかったですね。日本ではラブ・コメとよく言われるけど、それよりももう少し上の世代、大人が楽しめるコメディをやりたいということですよね。そこでさらに脚本を検討していって、削るところは削り、残すにしてもこの展開はこちらの方がいいというような作業をして、最終的には初めの脚本の7割を土台にして構成しました」(深川)

これまでの深川映画の脚本で映画ファンを唸らせたのは、『半分の月がのぼる空』だろう。これは映画のほかに、漫画、テレビアニメーション、テレビドラマにもなった、橋本紡のライトノベルを映画化したもので、脚本は『ガチ☆ボーイ』や『アフロ田中』、それにテレビドラマの『怪物くん』や『妖怪人間ベム』を手掛けた西田征史が執筆しているが、ここで深川監督は西田と共に原作に大胆な改変をほどこし、原作の趣は充分に残しながら2つの時空を結びつけるという映画的な再構成に成功している。未見の人のために詳述は避けるが、映画を楽しんだ人はぜひ、原作を読むなり、原作を元に作られたアニメやドラマを観るなりして映画との違いを知ってほしい。その脚本の巧さに舌を巻くと思うから。
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