大阪松竹座が5月閉館へ、片岡仁左衛門「考えられなかった」…道頓堀の劇場再建に期待

2時間前

人間国宝の歌舞伎俳優・十五代目片岡仁左衛門(3月2日 Lmaga.jp撮影)

(写真3枚)

NHKのドキュメンタリー『プロフェッショナル 仕事の流儀』の出演が大きな反響を呼んだばかりの、人間国宝の歌舞伎俳優・十五代目片岡仁左衛門。「大阪松竹座」(大阪市中央区)が5月末で閉館することについて、「とにかく残念」と胸中を明かした。

1949年に、当時道頓堀にあった劇場「中座」で初舞台を踏んで以来、上方歌舞伎を代表する俳優として、歌舞伎人気を牽引してきた仁左衛門。

大阪市内でおこなわれた会見に登壇した仁左衛門は、今回の閉館について「道頓堀は、私が初舞台を踏んだ土地。劇場を潰さなあかんようには考えられなかったし、とにかく残念」と率直に述べ、特に1998年の大阪松竹座での襲名披露公演について「その時点での新しい仁左衛門を、大阪で2カ月に渡って披露させていただいたのは喜びで、ある意味自慢という部分はあります」と、懐かしそうに語った。

1997年に、大阪松竹座が芝居小屋として再出発したときは「中座は駅から遠くて立地が不便。(当時は映画館だった)松竹座で歌舞伎が打てるようになったらいいのにと思っていたから、実現したときは喜びました」と語る。リニューアル期間には、楽屋や客席の設備について、かなり意見を寄せたそうだ。

人間国宝の歌舞伎俳優・十五代目片岡仁左衛門(3月2日 Lmaga.jp撮影)
人間国宝の歌舞伎俳優・十五代目片岡仁左衛門(3月2日 Lmaga.jp撮影)

「とにかく働く者には働きやすく、(お客様に)見やすい劇場にしてほしかった。当初は幹部(俳優)の部屋に窓があったけど、1人の専有面積が狭い人たちの部屋を、窓のある方に持っていってもらいました。男性用のお手洗いが、ドアを開けたら便器が見える構造だったので、(劇場が)できてから反対側にさせたり(笑)。それなりに、働きやすい劇場になっていましたね」と、細やかな心配りを明かす。

「今は歌舞伎に限らず東京一極集中しているけど、歌舞伎が生まれたのは関西。ほそぼそとではあっても、大阪で生まれた文化を大阪で守っていきたいなあというのが、演者としての希望」と、上方の人間らしい矜持を見せ「どういう形にしろ、もう一度道頓堀で歌舞伎を打てる劇場を再建できるようがんばりたい」と、劇場復活への祈りを込めたコメントを寄せた。

最後の2カ月の公演についても意欲をみせ、誰に観てもらいたいか? と聞かれると「あらゆる方です!」と力強い声で返答。「特に、それまで歌舞伎をご覧になったことがない方の心を逃がしたくはない。『やっぱり歌舞伎はつまらんなあ』と思われないように勤めたいと思います」と、最後の公演に向けて、静かな気合を見せていた。

仁左衛門以外には、中村鴈治郎、中村扇雀、中村歌六、松本幸四郎(4月のみ)、片岡愛之助(5月のみ)などが出演。『御名残四月大歌舞伎』は4月3日〜26日、『御名残五月大歌舞伎』は5月2日〜26日に上演。両公演とも一等席2万6000円、二等席1万3000円、三等席7000円。チケットは現在発売中。

閉館する「大阪松竹座」
閉館する「大阪松竹座」

取材・文・写真/吉永美和子

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