史実と異なる「写楽像」…脚本家・森下佳子は、ラストをどう描く?【べらぼう】

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第45回より。重三郎の企画に盛り上がる戯作者たち。写真左から、朋誠堂喜三二(尾美としのり)、大田南畝(桐谷健太)、唐来三和(山口森広)、宿屋飯盛(又吉直樹)(C)NHK
江戸時代のポップカルチャーを牽引した天才プロデューサー・蔦屋重三郎の劇的な人生を、横浜流星主演で描く大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK)。11月23日の第45回「その名は写楽」では、写楽=蔦屋に出入りする作家たちによるプロジェクトという設定に。写楽の有力候補と言われている、史実上の人物との兼ね合いがどうなるのかという楽しみと同時に、喜多川歌麿の葛藤にも注目が集まっていた。
■ 写楽の画風が決まらず、険悪に…第45回あらすじ
松平定信(井上祐貴)の指示で、平賀源内(安田顕)が生きているという騒ぎを起こすことになった重三郎は、まるで源内が描いたかのような、西洋風の写実的な役者絵を発表するというアイディアを思いついた。
蔦屋に関わった絵師たちと戯作者たちが話し合うなかで、朋誠堂喜三二(尾美としのり)が「しゃらくさい」をもじった「しゃらく」という画号を思いつき、さらに重三郎が「この世の楽を写す」という意味を込めて「写楽」と漢字を当てた。

しかし肝心の絵の方は、多くの絵師たちが考えても良い案が浮かばず、険悪なムードになってしまう。かつて喜多川歌麿(染谷将太)が描いた絵にヒントがあると、重三郎が考えていることを知った重三郎の妻・てい(橋本愛)は、歌麿に重三郎の元に戻るよう懇願。
歌麿の重三郎への恋心を知ったうえで「二人の男の業と情、因果の果てに生み出される絵というものを見てみたく存じます」と言うていに心を動かされ、歌麿は蔦屋に戻ることになった。
■ 脚本家・森下佳子は「写楽の正体」をどう描く?
わずか1年の活動期間でセンセーショナルな役者絵を多数生み出し、その人物像もわからないまま歴史のなかに消えていった絵師・東洲斎写楽。その正体をめぐっては研究者たちがいろんな説を唱え、作家たちは想像の翼を広げまくった。
かなり以前のコラムで「写楽は老中引退後の松平定信」という珍説を紹介したことがあるが、本人が描かないまでも、誕生に大きく関わることになるとは思いもよらなかった。むしろ森下佳子は、そういう説があることを踏まえてこの展開を考えたのかもしれない。

ちなみに、東洲斎写楽の正体は、阿波徳島藩お抱えの能役者・斎藤十郎兵衛という説が最有力とされている。これは写楽デビューから約50年後に記された資料本に、当時を知る絵師から「写楽は斎藤十郎兵衛」という証言が記されていたことと、写楽の活動期間と十郎兵衛が江戸に滞在していた期間が一致するためで、研究者の間では斎藤十郎兵衛でほぼ一本化されているとも聞く。
とはいえ、歴史研究とフィクションは別物。その説をストレートに使うことはないだろうとは思っていたが、外部から蔦屋に発注+複数作家制を採用することで、今現在推測されている写楽の人物像の大半をミックスしてしまうとは、なかなかの力技だ。

次回からは、長年「写楽」の正体と言われてきた、喜多川歌麿と葛飾北斎(くっきー!)もプロジェクトに加わることで、一気にアイディアが形になっていく模様。しかし、歌麿が『婦人相学十躰』制作中「ここまでリアルな表情を描かなくていい」と、重三郎から没にされた下絵が、写楽の写実的なタッチとなって回収されることになるとは思わなかった。
美術史を動かすほどの絵画が生まれるきっかけなんて、今回の蔦屋の絵師たちのように「さあ、作るぞ」とウンウンうなるのではなく、日頃なんとなく描いたスケッチみたいなところから、案外生まれてくるのかもしれない。
■ 三谷幸喜も悩む…「ダメ出し」の重要性
その歌麿は、愛憎入り混じる感情を抱く重三郎と距離を置いていたところだったけど、よりを戻すきっかけとなったのが、「誰も絵の指図をしてくれない」ということだった。
この展開を見て、以前脚本家・三谷幸喜に取材をしたときに、「なんでも自由になったらやりにくい。自分のなかで『検閲官』を作って、自分で出した無理難題を自分に課すこともある」と、ベテランになったがゆえに若いプロデューサーからダメ出しを受けないことを、寂しがるような話をしていたのを思い出した。

『べらぼう』を見ていると、クリエイターには様々なタイプがいることに改めて気付かされる。流行りとか関係なく自分がやりたいことしかできない恋川春町(岡山天音)のような人もいれば、プロデューサーの指図を柔軟に反映する山東京伝(北尾政演/古川雄大)のような人もいる。
北尾重政(橋本淳)のように後進の育成にも才能を発揮する人がいれば、滝沢瑣吉(曲亭馬琴/津田健次郎)のような空気を読まない一匹狼タイプも、その性格ゆえに独創的なものを生み出せたのだろうと察しが付く。

それで言うと歌麿は、意外と三谷幸喜と同じように、ダメ出しがないと張り合いが持てないタイプだった模様。確かに母親に愛されることなく育った歌麿は、もともと自己肯定感がかなり低いので、いろいろと頑張った末に「うん、これでいいよ!」と肩を叩かれないと、前に進めないというのはなんとなくわかる気がする。
そういう意味では、歌麿のポテンシャルをひたすらに信じぬき、千本ノックのように課題を与え、「一番好きな絵師」と言ってくれる蔦屋重三郎は、これ以上はないほど理想的なパートナーだったのだろう。

だから、歌麿が重三郎に「人生のパートナー」としての愛情を求めることがなかったら、安定したパートナーシップを長期に渡って築いていたはず。実際蔦屋以外の歌麿の仕事は、クオリティにバラつきがあると言われている。
もしかしたら、史実の歌麿もプロデューサーの指図に左右され、なかでも重三郎の元で一番力を発揮できる人だったのかもなあと想像するし、それを見越したうえで、『べらぼう』版歌麿のバイセクシャルなキャラが設定されたのかもしれない。
■ 歌麿の蔦屋復帰で、写楽の誕生が近づく
ただ、まあこの「ダメなところをバンバン言ってほしい」という態度、重三郎と歌麿の関係を考えると、ちょっと「モラハラ気味な元恋人を忘れられない」みたいな闇を感じてしまうところもあるのだけど・・・(笑)。

とはいえ、どんなダメ出しにもへこたれない人が一人チームに入ると、それが他のメンバーの刺激になって、チーム自体の成績が上がっていくのは、いろんなジャンルに例がある。歌麿が編み出した写楽の雛形となるタッチ、重三郎のしつこい指図に食らいつけるガッツ、なによりも周囲の絵師たちの熱い信頼によって、後年世界にも衝撃を与える「写楽」の誕生がいよいよ近づいた。

さて、こうなると気になるのが、本物の東洲斎写楽と言われる斎藤十郎兵衛の存在だ。ここまでの『べらぼう』の史実の扱い方を見ていると、これほど有力な説を完全に無視することは考えにくい。
写楽を作ったのはチーム蔦屋なのに、なぜ「斎藤十郎兵衛」という特定の人物の仕事だと「記録」に残ることになったのか? その謎が解けたときは、オール視聴者が「そうきたかー!」とガッツポーズしそうな気がするし、文章化・書籍化されたものがすべてだと思うなよ! という教訓を得ることになりそうな予想も、勝手にしている。
◇
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』はNHK総合で毎週日曜・夜8時から、NHKBSは夕方6時から、BSP4Kでは昼12時15分からスタート。11月30日の第46回「曽我祭の変」では、歌麿が仲間に加わったことで「写楽」の絵が完成し、ついに「曽我祭」で売り出されるところが描かれる。
文/吉永美和子
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