エンタメは生きる力となる、誰袖が涙の復活【べらぼう】

3時間前

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回より。重三郎が読み聞かせた黄表紙により笑顔が戻った花魁・誰袖(福原遥)(C)NHK

(写真8枚)

横浜流星主演で、数多くの浮世絵や小説を世に送り出したメディア王・蔦屋重三郎の、波乱万丈の生涯を描く大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK)。8月3日の第29回「江戸生蔦屋仇討(えどうまれつたやのあだうち)」では、重三郎が手がけた大ヒット作の1つ『江戸生艶気樺焼』が爆誕。それが花魁・誰袖の笑顔を取り戻すというストーリーに、SNSは笑いと涙にあふれた。

■ 蔦重流の仇討ち「黄表紙」作りへ…第29回あらすじ

田沼意知(宮沢氷魚)を殺し、意知に身請けされた花魁・誰袖(福原遥)の笑顔を奪った佐野政言(矢本悠馬)の仇討ちとして、重三郎は誰袖を再び笑わせるための黄表紙作りに取り掛かる。北尾政演(山東京伝/古川雄大)の描いた団子鼻の男を主人公にした話を考えはじめ、本屋仲間の鶴屋喜右衛門(風間俊介)も、お抱えの政演を預ける代わりに、業界全体が盛り上がる作品を作るよう発破をかけた。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回より。戯作者たちと構想中の黄表紙のアイデアを考える重三郎(写真右から2番目、横浜流星)(C)NHK

第一稿を重三郎の妻・てい(橋本愛)や小田新之助(井之脇海)に否定された政演は、一度はこの仕事から引こうとするが、重三郎が真面目な苦労人の政言とは真逆のキャラクターを提案し、そのアイディアに乗ることに。そうして生まれた『江戸生艶気樺焼』は、大明神と祀り上げられた政言の名を霞ませるほど大ヒット。一読した田沼意次(渡辺謙)は、これが重三郎流の仇討ちだと察して微笑むのだった。

■ 鶴屋が乱入、蔦重にまさかのエール!?

「この世に正義はないのか?」みたいな重苦しいムードで終わった先週の『べらぼう』。しかしそれを一掃できるのは、書物によって世を明るくすることを使命とする蔦屋重三郎しかいない! ということでこの29回では、耕書堂のベストセラー『江戸生艶気樺焼』が、実は一人の花魁を笑顔にすることと、佐野政言を「大明神」と崇める世間のムードを一掃するために生まれたという大胆な物語が、これまた大胆過ぎる演出で展開された。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回より。重三郎にアドバイスをする地本問屋の主人・鶴屋(風間俊介)(C)NHK

まず政演の描いた「団子鼻の男」が主人公というお題でネタ出しがされている最中に、なんと鶴屋さんが乱入。でも「うちの作家を盗るんじゃねえ!」と激怒するのかと思ったら、「そっちで京伝先生のヒット作が生まれたらうちの旧作も売れるし、本屋全体が盛り上がるからそこんとこよろしく」という、まさかのエール&棚ぼた祈願。当初重三郎をあんだけ敵視していた状態から、すっかり良き商売仲間に変わってくれた。

鶴屋さんに対しては、SNSでも「一作あたると過去作も売れる。わかる、めっちゃよく見る風景」「アイディアのセンスがよく、その作品がもたらす効果まで計算するあたり、さすが老舗の本屋さん」「ライバルだった鶴屋さんが蔦重グループの本作りに協力すると頼もしさしかないな」「鶴屋さんが『お手伝いできることありますか?』なんて聞いてくれる世界線があるなんて」などの感慨深げな言葉が並んだ。

■ 心折れた北尾政演を「陰キャ春町」が説得

さらにかつての大ヒット青本『金々先生栄花夢』の二代目となるキャラクターを提案され、早速政演に書いてもらったものの、都会人に騙されるイキった若者が笑いの種になったのは、今は昔だったことが露呈。このとき「なにがおもしろいのかわからない」とストレートに言い放ったていに、「おていさんみたいに真面目な人なら、なおさら何も悪くない人が酷い目に遭う話なんか面白くないよな」「こんなクリティカル即死な感想を本人目の前にしてなかなか言えないっすよ。凄腕スナイパーかよ」と感心する人が続出した。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回より。妻・てい(橋本愛)の意見に耳を傾ける重三郎(横浜流星)(C)NHK

そうしてダメ出しの嵐を受けた政演は、この仕事から降りると宣言。そこで腰を上げたのが、意外にも以前政演の才能に打ちのめされて筆を折りそうになった戯作者・春川恋町(岡山天音)だった。女好きで常に軽いノリ、感性だけで勝負してます! という雰囲気だった政演が、実は大量の書物に埋もれて、大量の付箋を貼り付けて作品を分析する文芸オタクだったことを指摘。「お前はこちらの者だ」と抱きしめる姿に、SNSは大盛りあがり。

「陰キャ春町に論破されるパリピ京伝」「陰キャの世界へ来い!(違)」「春町先生、飄々としていたいタイプの努力家を見抜く目の持ち主だった」「京伝先生、水面下で必死に足掻くタイプでしたか」「テストで『全然勉強してなーい』っていいながらがっつり勉強して良い点とるタイプ」「京伝先生と春町先生とが意外と同類で、同類だから朋誠堂喜三二(尾美としのり)先生がどっちも好きなのすごいわかる感」などの楽しげなコメントが続いていた。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回より。戯作者・北尾政演(写真左、古川雄大)を説得する戯作者・恋川春町(写真右、岡山天音)(C)NHK

こうして政演がみずからのオタク気質を受け入れて書き上げた『江戸生艶気樺焼』は、モテ男に憧れる金持ちのボンボンが、モテ男の気分を味わおうとして周囲の人を金で動かし、それでも世間の注目が集まらないから、行動がどんどんエスカレートする・・・という、なんともバカバカしい内容。そのストーリーを、出演者総出の劇中劇で見せるというアイディアは本当にお見事だったけど、見事すぎるので別コラムでくわしく語らせてもらいたい。

■ 誰袖の「心の変化」を福原遥が表情で好演

重三郎がこの作品を真っ先に見せたのは、意知の死ですっかり人が変わった誰袖だった。最初は無表情だった誰袖も、自分が育った遊郭のパートに入ると、おそらく想像力が一気に働いたのだろう。次第に目に光を取り戻し、最後には大笑いして周囲を安心させた。この心の変化を表情のグラデーションで巧みに表現した、福原遥の演技も見ものだった。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回より。憔悴する花魁・誰袖(福原遥)に、新作の黄表紙を読み聞かせる重三郎(横浜流星)(C)NHK

そして意知の後を追わず、生きていく方に針が傾いた誰袖の背中を押したのは、吉原で「花雲助」と名乗っていた意知を忍ばせる、季節外れの桜の花びら。このなんとも粋な演出に「雲助袖の下へ帰す」「ベタといえばベタなのに、涙腺がちょっとダメでした」「笑顔を取り戻すことこそが何よりもの仇討ちとなり、秋の季節外れの桜が逢いに来る。創作が人を救う、なんと粋な物語」「お尻揉む誰袖ちゃん戻ってきて良かったよ〜」という感動の声があふれていた。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回より。季節外れの桜の花を見上げる重三郎たち。写真左から、大文字屋・志げ(山村紅葉)、花魁・誰袖(福原遥)、重三郎(横浜流星)(C)NHK

死にたいと思うほどの絶望を感じたときに、100の励ましの声よりも、1つの曲、1つの物語によって気力を取り戻したという経験をした人は少なくないだろう。エンタテインメントは決して不要不急ではなく、多くの人の命を救う可能性があるということ。それと同時に、人一人を助けるほどのエンタメを作り出すために、作り手たちはこれほどの力を振り絞っているということを改めて示す回となった。

そして笑顔を取り戻した誰袖さんの今後の幸せを、心から祈りたい・・・と締めたいところだが、土山宗次郎(栁俊太郎)の元にいることで、ちょっとやっかいなことになりそうな予感もする。誰袖にあのしたたかさが戻り、なんとか乗り越えてくれることを願おう。ちなみに完全にコメディリリーフとなってる北尾政演を演じる古川雄大、ミュージカルの舞台では本当に異形のカッコ良さなので、10月から開幕して、12月には大阪公演もある『エリザベート』を、観られるならぜひ観て欲しい。

大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』はNHK総合で毎週日曜・夜8時から、NHKBSは夕方6時から、BSP4Kでは昼12時15分からスタート。8月10日の第30回「人まね歌麿」では、喜多川歌麿(染谷将太)がほかの作家の模写から離れて、自分の絵を追求しようとする姿と、松平定信(井上祐貴)がいよいよ政の表舞台に立とうとするところが描かれる。

文/吉永美和子

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