「幸せな国」ブータンの現状描く「自分の国の美しさ忘れてしまった」

左が瞳が印象的なペン・ザム。本名もペン・ザムだ。(C)2019 ALL RIGHTS RESERVED
「世界一幸せの国」と言われているブータン王国。しかし、昔ながらの生活を送る自然豊かな地域と、携帯電話の普及など近代化が進む都会では、人々の考えに大きな差が生じはじめている。
そんな現状を描いたのが、パオ・チョニン・ドルジ監督による映画『ブータン 山の教室』だ。主人公は、ミュージシャンを夢見る都会に住む教師・ウゲン。あまりにも熱意が足らずに、標高4800メートルの地にあるルナナを新たな赴任先として告げられてしまう。
電気もなければ、勉強道具も満足にない、そんな村に辟易とするウゲン。一方で、今の生活から脱却するための「教育」に真剣な親と子どもたち。そんな彼らと向かい合うことで、少しずつウゲンは変化していく。今回、初の長編作に挑戦したドルジ監督に、自身の話、出演者、美しい音楽などについてリモートで訊いた(一部ネタバレあり)。
取材・文/ミルクマン斉藤
「数年したら映画の光景は見られないかもしれません」
──リモートの画面ではわからないですけど、今、監督はどちらにいらっしゃるんですか?
妻と子どもたちが住んでいる台湾にいます。ブータンに滞在する時間がいちばん長いのですが、コロナのパンデミックを受けて、家族と長い間離されるのは嫌だと思って慌てて台湾に戻り、今のところ8カ月ずっといます。
──奥さまは今回の作品のプロデューサーだそうですね。
そうです。元々は舞台のパフォーマーなんですね。演技の経験があるので、舞台となった村・ルナナに住む演技未経験の役者さんたちのコーチもしてくれました。
──奥さまはエドワード・ヤンの『牯嶺街少年殺人事件』に出演されていることにもとても驚いたのですが、この『ブータン 山の教室』のサウンド・ディレクターは台湾の杜篤之(=ドゥ・ドゥーチ。エドワード・ヤン、ホウ・シャオシェンら台湾ニュー・ウェイヴの作家はじめ、アジア映画界をまたぐ音響監督の巨匠)さんですよね。
この映画はブータンの映画なんですけれども、50%は台湾の映画だと私は言っているんです。撮影が終わったあと編集はほとんど台湾でやりましたし、おっしゃるとおり音響は杜篤之さんにやっていただきました。いろんな映画作家と仕事をしている彼が、映画作りの経験がほとんどないチームの小さい映画にも関わってくれて本当にありがたいことです。
──今回、これが初監督作品ですが、2017年の『大阪アジアン映画祭』で、ドルジさんがプロデュースされたケンツェ・ノルブ監督の『ヘマヘマ:待っているときに歌を』を拝見しています。都会の若者がブータンの奥深い森のエロティックな仮面の秘儀に参加するというプロットは、テイストは違いますけど共通するものがあると思います。なんでも監督はノルブ監督のアシスタントディレクターから映画の世界に入られたということですけれども。
ノルブさんは私の仏教の師だったんですけれども、彼がフィルムメイカーだということもあって、彼に映画作りも教えてもらいました。『ヘマヘマ』で来日して『大阪アジアン映画祭』に参加させていただいたのはすごく良い思い出です。今回は残念ながらコロナで伺えませんでしたが・・・。
──『ヘマヘマ』はとてもインターナショナルなキャスティングとスタッフでちょっとびっくりしたんですけれども。例えば今回アソシエート・プロデューサーと俳優を兼任してられるツェリン・ドルジさんが主演で、香港のトニー・レオンや中国のジョウ・シュンという大スターも参加してる。しかも、何故かエグゼクティヴ・プロデューサーがジェレミー・トーマス(ベルトルッチやスコリモフスキ、大島渚や三池崇史らを世界に紹介してきた名プロデューサー)で、編集が中国の名監督・田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)だというのをエンド・クレジットで知ってのけぞりました(笑)。
ケンツェ・ノルブはとても経験豊かな映画作家ですし、世界的に有名な仏教の師でもあるわけなんですね。ジェレミーとノルブが出会ったのはベルトルッチ監督の『リトル・ブッダ』です。
あのときにノルブさんがアドヴァイザーとして雇われたというところから始まっています。『ヘマヘマ』でジェレミー・トーマスが招かれたのは、今までいろいろ助けてくれてありがとう、という感謝を示す行為でもあったんですね。

──今回の映画を観ると、まず撮影がとても大変だったろうなというのが分かりました。映画では最寄りのバス停から6日間山道を歩かなければいけないと。まず、そういうところであれだけ美しい映画を撮るというのは驚きですし、ロケハンを含めると膨大な労力がかかったんじゃないでしょうか。
とても大変でした。ものすごく山登りの上手な人で6日間、慣れない者が歩くと14日間かかります。日夜歩き通して3日で着いたという人は、靴がボロボロに壊れてしまったと聞きました。
電気がないので、太陽電池で撮影しなきゃいけませんし。準備の段階でいちばん私たちが労力を使ったのは、まずルナナで撮影ができるようにすることなんですね。
──じゃあ何日もかけて、何度もあの村へ。
1年間使って、のべ65頭の馬を使って往復させて、いろんなものを持っていきました。太陽電池はもちろん、食料だとか。電気は無駄遣いできないから冷蔵庫が使えないので、食料といっても乾燥野菜とか乾燥肉とかお米とか、そういったものですね。
大変ではあったんですが、ルナナという地があったからこそ、この映画は撮れたと思っています。それに地球温暖化の影響で氷河がどんどん溶けていっているので、数年したら今の光景は見られないかもしれません。
──物語のなかにもそのエピソードが出てきますよね。
まさに地球温暖化がこの場所で起きているんです。今は谷に見えてる風景はもともと氷河だったんですよ。ルナナの人たちは「地球温暖化」という言葉を知りませんが、彼らならではの考えがあって、美しい神話的な動物である「雪の獅子」の家が無くなってきていると言うんです。
象徴的な意味で、「雪の獅子」というのは悟りの心だと思います。つまりルナナの人たちは外の世界が消費主義に傾き、物質的なものに傾きすぎて悟りの心がなくなってしまった、と捉えているわけですね。それはとても美しい考えであると思ったので、あのシーンを入れました。
『ブータン 山の教室』
監督:パオ・チョニン・ドルジ
出演:シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・へンドゥップ、 ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム、ほか
配給:ドマ
関西の上映館:シネ・リーブル梅田(6月11日公開)、シネ・リーブル神戸(6月11日公開)
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