写真家・森山大道の秘密に迫る映画「普段の佇まいを」

2021.4.29 12:35

ふと目に留まったものは次々と撮影していく森山大道。(C)『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい写真家 森山大道』フィルムパートナーズ

(写真8枚)

幻の写真集を復刻。過去が未来によみがえる

森山大道というカリスマに挑む男は、岩間監督だけではない。この映画は、1968年の写真集『にっぽん劇場写真帖』の復刻に取り組む編集者・神林豊と造本家・町口覚にも肉薄する。

2人は撮影当時の記憶と資料を可能な限り集めて、写真のモデル、撮影場所、機材、初出を調査。森山大道の記念碑的な写真集を色調や手触りまで、現代の最高の技術で再構築しようとする。半世紀以上の時をさかのぼる2人のクリエイターに、岩間監督は強い共感を持つ。

「出版の世界での物づくりに素直に驚きましたし、彼らのなかで『森山さんを残すからには絶対に超えなきゃいけない壁』みたいなものを設定して、それを徹底的にストイックに突き詰めてゆく。現場は、実に飄々としているんですけどね」。完成したその写真集は、世界最大の写真フェスティバル、パリフォトで熱狂的に受け入れられ、10分で完売した。

『にっぽん劇場写真帖』の復刻に取り組んだ編集者・神林豊(手前)、造本家・町口覚。(C)『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい写真家 森山大道』フィルムパートナーズ

本編のオープニングで、森山に撮影をしてもらった感激の経験を語る男がいる。俳優の菅田将暉。森山大道から影響を受けたことを公言する若いクリエイターは多いが、菅田も熱狂的な大道ファンだ。

「1936年生まれの横尾忠則さんと1993年生まれの菅田将暉さんが、同じひとりの表現者を世代も時代を超えてリスペクト、愛してる。しかもそれが物故作家ではなく現役の写真家。こんなことって、あんまりないだろうと思います。なので、そのシンボルとして菅田さんに参加してもらったんです」。

写真ファンなら聞き逃せない、貴重な「大道語録」

岩間監督は、「もし、自分が『こういう風に表現しよう』という意志を持って森山さんに演出のアプローチしていたら、森山さんはノーと言ったかもしれない」と振りかえる。演出をしない撮影だったからこそ、この映画には、森山大道の自然体の振る舞いが焼き付けられ、数多くの名言と証言が引き出されてもいる。それも、写真ファンにはたまらない。

現在、デジタルカメラで撮影する森山が抱く、デジタルとフィルムに対する考えや、「中平(卓馬・注1)はゴダールで、僕はフェリーニ。片方には中平(卓馬)がいて、ソフィスティケートされた写真を撮っててさ‥‥」と、若き日の中平卓馬との関わりを振りかえる発言も貴重だ。

「中平さんは、森山さんにとって、唯一無二の親友でありライバル。今でも非常にビビッドな存在として、森山さんのなかに生き続けている。それは魂の在処みたいなことに関わる話。簡単に聞いてはいけないことで 緊張したんですけども、非常にフランクに話してくださった。中平さんの写真とか、言説は極めてロジカルだった。対して、森山さんはどこまで行っても感覚的というか、官能的というか。『ゴダールとフェリーニ』の対比は、腑に落ちるものがありました」。

撮影中に森山大道が撮った岩間監督。(C)Daido Moriyama Photo Foundation

「変わらないなあ‥‥写風ってのがさ」と森山本人が自嘲気味に呟くシーンも興味深い。森山大道の変わらなさは、日本写真界最大のミステリーでもある。どうやって半世紀以上も変わらずにエッジの最先端を疾走していられるのか、そのことは聞かずにはいられない。

「『50年以上の写真人生を、この映画で俯瞰して、どういう風にお感じになりましたか?』って聞いたんですよ。そしたら、すっごい長い沈黙があって、その後に『写真っていいよな、って思った』って言うんですよ。『僕に写真というものがあってよかったな、ってそう思ったんだ』とおっしゃったんですよ」。地位や権威にこだわらず、ただただ写真とともに生きてきた。街を、時間を撮り続けてきた。それが森山大道なのだ。

(注1)中平卓馬(1938年 – 2015):写真家、写真評論家。森山大道とともに「アレ、ブレ、ボケ」の作風で知られたが、1973年発表の『なぜ、植物図鑑か』以降、情緒を排した写真で、観ることを批判的に検証した。戦後日本の写真界で森山大道と並ぶ2大アイコン。

(注2)ゴダールとフェリーニ: 対照的な作風の、映画界の巨匠。ジャン=リュック・ゴダール (1930―)はフランスの映画評論家、監督。破壊的なカメラワークと編集で映画に革命を起こした。フェデリコ・フェリーニ(1920−1993)はイタリア人映画監督、脚本家。リアリズムから出発し、祝祭的な世界観で映像の魔術師と呼ばれた。

取材・文/沢田眉香子

『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』

2021年4月30日(土)公開
出演:森山大道、神林豊、町口覚ほか
監督・撮影・編集:岩間玄
音楽:三宅一徳
配給:テレビマンユニオン

関西の上映館:京都シネマ(4月30日〜5月6日 /再映予定あり)、神戸アートビレッジセンター(8月14日〜8月27日)、シネ・リーブル梅田(6月4日〜)

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