ゲスな登場人物ばかり、白石和彌監督「共感する映画、楽しい?」

「日本映画の匂いが入れられるといいかなと」(白石監督)
──あのシーンがあるから、黒崎のシーンが過去という感じが全体的にしない。もちろん十和子の中で黒崎は過去になってない、まだ未だに現在なわけなので。その地続きな感じがあの歌舞伎的というかテント芝居的というか、あの屋台崩しで出たような気がしますね。
陣治とのときは、乗客がいるのに電車でふたりっきりにさせたりとか。それぞれちょっとずつギミックを入れたほうが、十和子の混乱した世界観が見やすくなるんじゃないかと思って。
──十和子の狂気みたいなのが発動したときには、画面に縦のオレンジの筋を入れてみたり。
最近はあまりないけれど、ATG(アート・シアター・ギルド)とか、あの頃の映画で僕たちは育っているので、そういう日本映画の匂いが少しでも入れられるといいかな、と。

──ラストの高台のベンチのシーンですが、わざわざ「夕陽ヶ丘」って標識を出すじゃないですか。原作では場所が明記されてませんけど、夕陽丘に設定したのは何か意味がありますか?
水島が刺される階段のところは夕陽丘、寺町のラブホテル街なんです。原作に「寺とラブホテルが混在している街」とあって、そういうの本当にあるのって訊いたら「あります」と。で、原作はその高台を上っていったところにベンチがあるってことなんだけど、それは無いと。
それで、神戸にいい場所があったのでそこで撮ったんです。あれに大阪市街をCGで入れ込もうかなとも思ったんですが、薄暮から日没間近まで撮って。それ自体は上手くいったので、あんまりいじりすぎてもどうかな、と。
──川島雄三監督作品に『貸間あり』(井伏鱒二原作)って映画があるじゃないですか? あの舞台が夕陽丘の高台にある摩訶不思議な間借り住宅なんです。ラスト、通天閣が望めるその高台から桂小金治が、眼下に向けて小便して終わるんですよ。だから、あれを意識されたのかなと思って。
いやいや、そこまでは考えが及んでいませんでした。当時は崖だったんでしょうね。でも今は多少そんな感じになっているくらいで。もしかしたら、まほかるさんは見てるのかも知れないですね。

──そのラストにも関わるタイトルなんですけど、原作を読んでもいまひとつ意味がわからない。あれこれ想像はできるのですが。
僕らもこの本を映像にするなら、まずそれを謎解きしてからやりなさい、と言われてる感じがしたので、どうしたもんかと悩みました。で、まず思ったのは、この2人はたぶんどこにも行けない男女だから、一緒に暮らしているマンションは鳥籠なんだな、と思ったんです。でも、映画を作りはじめると、「鳥」っていうのは特に十和子にとっての愛の象徴なんじゃないか、と。
そう思ったとき、原作の最後では鳥が数羽飛んでいる、という風になっていたんですけれど、可能な限り多くの鳥を飛ばした方が効くんじゃないかって。あれは高槻の椋鳥なんですけれど。だから、「彼女が知らない鳥たち」っていうのは十和子が知らない陣治の愛、であると。
──「鳥たち」と複数になっているから、それは十和子の黒崎への愛だったり、水島への愛だったり、もちろん陣治への愛だったりするのかな、とも思ったのですが。
それは僕は考えなかった。陣治の十和子に対する愛が、単純に複数なんであるという風に解釈しました。それが一番シンプルで腑に落ちるかなと思ったので。
──最後の陣治のポーズも、まさに鳥を思わせますね。
まほかるさんは仏教の僧侶だから、原作は座ったままコトッ、て感じなんですけれども。ただ、阿部サダヲさんもこうやって落ちたいって言うし、そりゃそうだよね、と。でもね、キリスト教系の人がこれを観て、「陣治はキリストである」と。
──ほほぉ~、それは面白い。確かにポーズ的にも。
倒れ方もそうだし、愛の与え方がそうだと。キリストこそが全ての愛を与えてくれたんだからと言われて、「なるほどぉ!」と膝を叩きましたよ。
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