行定勲監督も絶賛「松本潤が映画を広げてくれる」(後篇)

「結構マニアックにいろんなことをやっている」(行定監督)
──そうした立ち位置において、過去に作られた映画のなかで、究極の位置にあるのが成瀬の『浮雲』であり、トリュフォーの『隣の女』であるわけですからね。
小野の造形性でいうと、原作にはないんだけど、「学校を辞めて靴職人になる」って急に言い出すでしょ? 前からやりたいと思っていたことを実現しようとする。つまり小野は自信を持って逸脱できる人間なんですよ。それに対して葉山は逸脱できないんですよ、奥さんに囚われているから。
──でも人生を平気で逸脱できるような人間が、恋愛において、モラリズムとか複雑怪奇なものから逸脱できるかというと、そうとは限らない。
堀泉の言うことが面白くてね。「靴を買いに行って、いろいろ試し履きして歩いてみますよね。で、『ピッタリ!』と買って帰ったものに限って、絶対に靴擦れするでしょ。あのときは本当にピッタリだったのに。まさに恋愛じゃないですか」。なるほどなぁって。「それでもその靴を履きたければ、絆創膏を貼ってでも努力して履くんですよ。だけど、やがてキツくなって脱ぐよね」と。

──たしかに。
その話にカメラマンがヒントを得て、とにかく泉の足を撮ってるんです。だから、彼女はずっと(小野の作ってくれた靴で)靴擦れしてたのに、最後に葉山と結ばれてベッドを降りるときの足は綺麗なんです(笑)。そういうのを考えて僕らは撮ってるから。カメラマンはカメラマンの視点で、結構マニアックにいろんなことをやっている。
──小野は泉の足のサイズを訊く前に、目算でだいたい何センチか見当つけてるじゃないですか。つまり彼女を、自分が推し量れるサイズに嵌めこもうとしているところがありますよね。で、成り行きみたいに小野の型に嵌められてしまった自分から、泉がようやく抜け出す決心を固めるのが、あの土下座のシーンだと思うんです。実際に小野の作ってくれた靴を脱いで裸足になることで。残酷だけれども、原作以上に美しく思えるんですよ。
やっぱり裸足で彼のところへ走って行くって、なんかヌーディなねぇ。自分は裸になってあなたのもとに来ました、っていうのを足だけで表現できるのかと思ったらワクワクしましたけどね。これは映画ならではのシーンだなと。
──また今回は、いつにも増して撮影・福本淳+照明・市川徳充のコンビが素晴らしいですよね。ちょっと冷たいカラリングが施されて。
結構なところ現場で処理してるんですよ。今回は特に「雨」ですね。散水車呼ばないといけないから、なんでこんなに雨降らせるんだってプロデューサーには言われましたけど、「雨が絶対必要だ」と。何故かというと、この2人を阻むものでもあり、道を阻むものにもなり、2人を閉じ込めるものでもあるのが「雨」だから。例えば、車内では視界も悪くて閉じ込められるって感じがあるでしょ?
──それに「もはやどこにも行くことのできない2人」の精神的な閉鎖性を息苦しいほどに感じさせるんです。車内シーンの雨はリアプロジェクションですか? 昔の映画を思わせて感興をそそらせますが。
ほとんどそうです。合成です。止めた車のなかで芝居は撮ってるんですが、あえてそうしたんです。動かせて撮るよりも、2人を密室に閉じこめて集中して演ってもらおうというのもありましたね。

──雨は、先生と小野くんとの想い出にも事あるごとに関わってきますよね。
そのたび、(照明で)雨に色を映すってことをしてましたね。背景の町並みはモノトーンの街を探したんです。それで富山に行ったんですよ。すごく黒瓦で、天気が悪い、基本的には晴れない。みんなグレートーンで素晴らしいと。それに衣装をやってくれた伊藤佐智子さんが、あの街の風景を見たとき「私の考えているのに似てる」と言って、ブルー・茶・グレーで衣装を全部揃えてきたんですよ。原色なんて入ってないです。
──燃え上がりたいのに燃え上がれない恋愛の話ですからね。ずっと熾火のようにくすぶりつづける感情が、温度の低い画面に表れている。
で、モノトーンなのに雨で車が止まるときのテールランプが赤くなってたり、信号の光とかが入って顔が赤く染められたり。滲ませるっていうか、非常にそういうところに気を配って撮影はしてました。あと、湿度を高くしたかった。なんといっても主人公のひとりが少女でしょ。「少女が雨に濡れる」っていうのはやっぱりエロティックだし(笑)。これはすごく重要なことで、湿度の高さで汗ばんでしまったりとか、温度は冷たいんだけど湿度は高いとか、その加減も雨で補完されるわけです。
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