何も解決しないリアルを描くタナダユキ
2012.11.15 12:00

何も解決しないリアルを描くタナダユキ

「劇場に行ってもらえたら、それが映画の一番幸せな形」(タナダユキ)

卓巳と里美だけでなく、この作品に登場するのは、誰もが「スネにキズを抱えたまま生きていく」人たちばかりだ。そして、そのキズはひとりの人間のなかに相反する感情を巻き起こしていく。けれどそれは、いたって普通の人たちの物語。心がいつもヒリヒリするけど、ひとつの社会のなかでもがきながらも生きていかなければ「しょうがない」、タナダ作品の真骨頂とも言える。が、いつもよりほんのり温度を感じるラストとなっているのは気のせいだろうか。

「分かりやすい救いじゃないし、なにひとつ問題は解決してないんだけど、自分の人生に対して覚悟ができたってことは良かったね、と思っていただけたのかな。自分ではあんまり分からないんです。でも、これまでと確実に違ったのは、現場で起こるちょっとしたことをわりと気に病むタイプだったんですけど、今回はなんかもう、お芝居を撮ることだけに集中できたんですね。もう、そっちでやってくれ、みたいな(笑)。あと、今回の撮影現場では誰も知っているスタッフがいなかったんです。昔だったら『誰も知ってる人がいない・・・やだな』って思っていたんだろうけど、『ま、いっか』って感じで。現場に対する挑み方がちょっとだけ変われたかな。なんか、今までと違う手応えはありましたね」

この『ふがいない僕は空を見た』は、オスカーの前哨戦のひとつとも言われる『第37回トロント国際映画祭』に正式出品され、日本での公開に先駆けてカナダでいち早くワールドプレミア上映された。会場は満席となり、上映後は鳴りやまない拍手がタナダ監督に贈られた。その際、こんなことを強く感じたという。

「観客の人たちが自分の指針を持っていると、すごく思ったんですね。批評家のレビューが良かったから観るとか、口コミで聞いたから行くとかじゃなく、自分が面白そうかどうか、それぞれ判断基準を持っていて、それで観に来てくれていることをすごく感じて。この先、この映画に関しても、いいよって評価もあれば、悪いっていう評価もあると思うんですけど、観る前からそういうをあまり鵜呑みにしないでもらえると、映画にとってはすごく幸せなことだなって。私は昔から、面白そうかどうかで映画館に足を運んでいたんですね。それは映画の楽しみ方のひとつで。だから、いいって言う人のこともあまり信用しないで欲しいし、悪いって言われても、ホントに? じゃあ、どこが悪いんだろう? って劇場に観に行ってもらえたら。それが映画の一番幸せな形だと、カナダに行って改めてすごく思いました」

「性」を撮って「生」を描き、どこにでもいる人たちの、どこにでもあるやりきれない生活が、生きるということを痛烈に感じさせてくれる映画『ふがいない僕は空を見た』。いいのか、悪いのか。その真偽は劇場でご判断を・・・。

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