【連載】春岡勇二のシネマ重箱の隅 vol.3

2016.4.11 20:00

映画『蜜のあわれ』© 2015「蜜のあわれ」製作委員会

(写真1枚)

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劇中のポスターに潜む、監督の意図

「街角のポスターに 過ぎ去った昔が あざやかに蘇る」と歌ったのはユーミンだが(「いちご白書」をもう一度)、映画ファンなら、劇中にポスターが出てくると、ついつい気になってしまう。なぜなら、ポスターが写っていることは意図的であり、そこには作り手たちの思いやメッセージが込められているからだ。前回紹介した『家族はつらいよ』には、吉行和子が通う小説執筆教室にもポスターがあった。それは、その作品のベースである、山田洋次監督の前作『東京家族』のもので、2作の関係を思い出してくださいね、という念押しだったりする。

5月7日公開の『64(ロクヨン)前編』(瀬々敬久監督)でも、主演の佐藤浩市が部下を待つシーンで、巨匠・今井正監督の1955年の作品『ここに泉あり』のポスターが貼ってあった。映画自体は2003年の物語だから、ずいぶんと古い。おそらく『ここに泉あり』が、群馬県高崎市の市民楽団を題材にした、高崎市の市民映画とも言うべき名作だからだと思う。『64(ロクヨン)』の舞台は原作でも映画でも「D県」となっているが、登場する新聞社・放送局に群馬日報、群馬中央テレビがある。あと考えられるのは、今井監督が冤罪事件を描いた『真昼の暗黒』(1956年)などを撮った社会派の巨匠であることへの敬意か。機会があれば瀬々監督に尋ねてみたい。映画に出てくるポスターは、なんらかの意図があるのだ。

さて、現在公開中の映画『蜜のあわれ』にも映画のポスター、ではなくて看板が出てくる。原作は、作家で詩人の室生犀星が亡くなる3年前の70歳で発表した幻想文学。老作家と人間の少女の姿をした赤い金魚との秘めた恋を描いている。これを『ユメノ銀河』(1997年)、『生きてるものはいないのか』(2011年)、『シャニダールの花』(2013年)などの石井岳龍監督が映画化した。

劇中、大杉漣扮する老作家が、二階堂ふみ演じる金魚の少女に「映画を観てくる」と嘘をついて愛人に会いに行くシーン。老作家は映画館の前から脇を通り抜けていくのだが、その映画館に掲げられている看板が、鈴木清順監督の『踏みはずした春』だ(予告編の1:02)。主演は小林旭、浅丘ルリ子、左幸子。公開は1958年の6月29日。『蜜のあわれ』の舞台は、原作が発表された1959年に想定されているのでタイミングは合っている。石井監督に尋ねたら、室生犀星は実際に大森の駅前の名画館に通っていて、あのシーンはそのイメージらしい。『踏みはずした春』を選んだ理由は、タイミングと鈴木監督へのリスペクト、それに秘めた恋を題材にしている作品から選んだとのこと。実は原作の『蜜のあわれ』は、1956年のフランス映画『赤い風船』にインスパイアされて書いたことを犀星自身が記しているし、文中には1957年のフランス・イタリア映画『殿方ご免遊ばせ』の題名も出てくるが、そういう作品でなく、鈴木監督の作品を選んだところが渋い。

さらに気になるのが、同時上映あるいは次回作として掲げられている『女の先生』とか『女がわからない』などの看板。知らない映画だと思ったら、これらは美術スタッフによる架空の作品だった。その条件は題名に「女」が入っていること。なぜ? 「種明かしになっちゃうけど、これは、生涯、女性の愛を希求し続けた老作家の心象なんです」と監督が教えてくれた。「実は作家の講演会のシーン以外、出てくるエキストラはどのシーンでもすべて女性です」とも。これも同じ狙いで統一したのだそう。すごい。正直これには気づかなかったけれど、もうひとつ映画館に貼られたポスターには気づいた。そこには同時公開作品として、「箱女」と文字だけで書かれたポスターがあった。箱女・・・、石井映画のファンならもう解ったはず。「箱女」とはつまり「箱男」のことであり、それは石井監督が映画化を切望しながらなかなか実現しない安部公房の原作小説だ。「美術部の遊びですよ」と監督は苦笑するが、そこには映画化実現を願うスタッフからのエールが込められている気がする。

ところで、先に書いた『64(ロクヨン)』には、『蜜のあわれ』にも出演している永瀬正敏も出ていて佐藤浩市と共演しているが、資料には「かつて共演予定だった映画がクランクイン直前に流れたため、2人はこれが初共演」と記されている。このクランクイン直前で流れた作品というのが『箱男』だったのではないか、とも思うけど、それはまた別のお話ということで。

文/春岡勇二

映画『蜜のあわれ』

2016年4月1日(金)公開
監督:石井岳龍
出演:二階堂ふみ、大杉漣、真木よう子、高良健吾、永瀬正敏、ほか
配給:ファントム・フィルム
梅田ブルク7ほかで上映

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