塚本晋也「嫌悪感を喚起するものに」
戦後の文壇で活躍した大岡昇平による戦争文学小説『野火』が、鬼才・塚本晋也監督の手によって2度目の映画化を果たした。最初は1959年。日本が誇る名匠・市川崑によるものだったが、それから50余年を経て、今また、この国が戦争へ向かおうとしているという危機感に、作らずにはいられなかったという。
「初めて原作を読んだのは高校生の頃。生に満ちたフィリピンの鮮やかな原生林の中で、人間だけが泥土にまみれてボロボロになって死んでいく・・・その強烈なコントラストに打ちのめされた。その後も何度も何度も読み返し、映画にしたい!と動き始めたのが20年くらい前」。
しかし、莫大な制作費と、戦争という繊細なテーマゆえに、出資の話が出ては消え出ては消えと、実現には至らなかった。
「戦争経験者がほとんど居なくなってしまった近年、『戦争はしちゃいけない』というのは、すでに世の常識ではなくなってしまってて、急速に『戦争』に向かっているのを肌で感じた。今作らなかったら、この映画は永遠に必要とされなくなってしまう! という恐怖。自己資金でもいいからとにかく作らなければと思いましたね」。
一時期は、時間は掛かっても自分さえ頑張れば豊かに仕上げられる「アニメーション版」や、監督も撮影も役者もすべて自分でやる「自撮り版」も考えたという。
「でも、僕しか出てないんじゃ誰も見てくれないから作る意味がない。結果的には自主制作で作ったけれど、今となっては正解だったと思う。出資を受けてたら、表現のうえでもっと制約があったかもしれないよね。自分の人生設計では、誰も口出しできない大巨匠になってる予定だったんだけど、そうはならなかったからさ(笑)」。
映画『野火』予告編
塚本作品といえば、もとより血肉が飛び散るシーンも珍しくないが、『野火』には、まるで観客自身が戦場に取り残されてしまったようなリアルな痛みと、凄みがある。
「これまでは『ファンタジーとしての一場面』だったけど、今回は『ただ嫌悪感を喚起するもの』にしたかった。この塊を浴びて何を感じるのかは人それぞれだし、特定の結末に誘導するつもりもないけれど、この疑似体験を通して、『戦場に行きたくない』と思ってもらえたらいいかな」。
飢え、幻覚、貪りあう人間、ウジが湧く屍体・・・。凄惨で狂った現実のただ中に放り込まれる恐怖を、スクリーンで目撃し、語り合って欲しい作品。公開初日となる8月1日、「シネ・リーブル梅田」「シネリーブル神戸」では監督の舞台挨拶もおこなわれる。
取材・写真・文/hime
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